25 比隣
人って、天涯孤独って言われたら、確かに天涯孤独の側面もあるかも知れない。1人1人が前世から背負っている独特なカルマ(前向きなものは善業と後向きなものは悪業)や福徳、使命。また、業の領域を超えた、超作や清遊、無為自然や幼子のような状態による神憑り。おぎゃあと裸一貫で1人で産まれ、裸一貫のまま1人で還る。待てよ、ああ、1人じゃなかった。誰しも、神様の手足や地球や宇宙の心を共有しているような気がする、これは、中二病なのだろうか……、ならば中二病バンザイ。聖霊や菩薩や天使と呼ばれる守護霊や神々までいけば守護神か?によって、手取り足取り霊的に産み落とされているとも思えてくる。
どんなに遠く離れていても、すぐ近くにいるように親しく感じる、天涯比隣という四字熟語もどうやらあるようだ。たとえ、肉体や骨が滅んだとしても、心や魂までは滅びはしない。神様は本当に必要なものまでは、決して奪わない。世の中捨てたもんじゃないんだ。
言われてみれば、こういうことを時々明確に思えるようになったのも、アンナと付き合いはじめてからだ。人は、付き合い、相互的に寄り添うと、はじめて、本来の人になれるような気がする。人は、1人じゃ生きられない。ほら、あのペルセウス座だって、ミルファク1つだけ輝いていたら、この命に内在している神秘的な悦びや一体感は成立しないじゃないか。そういう意味では、この世界には、真の意味で独立している存在は、何1つないのかも知れない。今こうして、息をしているということは、自律神経が肺を動かしてくれているところもあるけれど、大気が無いと息ができないし、そもそも、太陽や惑星が無ければ、地球は存在しないし、人間もいない。絶妙なバランスや様々な関係性、縁のなかで、世界は、脈を打っているんだ。
サトルは、少し散らかった自身の部屋のベッドで寝っ転がり、窓から望む夜空を眺めながら、こんなことを1人思っていた。




