1 コップ
献詩
象、色彩、声、息
1枚の絵
1つのコップやお皿
日常がまるで美術館のよう
陶器は極彩色で
ロマンとデフォルメ
胡蝶蘭のようにお上品に頭を垂らして
うねりのなかでカンパーナ
名前の命は今日も刻まれている
ジュゴンの雨のルルベ
音楽が凝固したモニュメント
宇宙がひとつの生き物でストロベリー
プラズマケーキテンペスト
裸のスケッチ
生と死と殉教と虚空と
裕福者の皹
少年と老婆と椅子
印象的な天気の露
調和の錬金術と虹
極小=中間=中心=極大=四大や五大元素
アスファルトやコンクリートのうえにある枯葉のトランペット
月と星辰の歴史、犬と猫と鳥と亀
心情がさわやかな太陽の楽園
青のなかにある緑や黄色、浅葱色
そこからの紫
そして青
ベッドから眺める明晰夢
鉛筆の詩のなかにもぐり込んだ
累乗のあなたとわたし
1 コップ
17歳のサトルの日常は美術館のようだった。サトルは特に、決まった画家や芸術家を追っているわけでもないが、ただテーブルの上に置いてあるコップが一点の曇りもなく美しく煌めいてみえた。
時々、これは病気なのではないかと、思ったりもしていたが、こういう類いの病気は、誰かに迷惑をかけるわけでもないし(誰かに伝染する可能性は否定できないが)、学校の友人や知人に話したところで、自分が莫迦にされるぐらいだから、まあいいかと、それについては自身を責めないでいた。
「おはよう、サトル」
「お母さん、おはよう」
「昨日は宿題終わらせてから寝たの?」
「うん、なんとか」
「はぁ、よかった。お母さん、ちょっとしたことで寝れなくなっちゃうから頼むわよ」
母親の心配性はいつものことだと思い、サトルは寝癖のついた髪の毛をさらにぐしゃぐしゃした。
「うん。お母さんをあんまり心配させないように頑張るよ」
母親が朝の水を注いでいく。一見すると、このなんの変哲もない透明なコップは朝の光を集めたり、反射させたりしている。情緒だけではなく、知性や悟性というものを働かせようと思い、このコップがなんでこんなにも美しく見えるのかを考えていたのだが、このコップにも命があるのではないだろうかとサトルは考えるようになった。そうして、コップの運命を想像しはじめたサトルは、涙が流れそうな心境になった。オレンジジュース、牛乳、水、お茶、アイスコーヒー、酒、花、塵や埃、来る者は拒まない存在の潔さや清らかさに感銘を受けたのである。
自分自身は、このコップのような器になれるのであろうか、誰かや何かのために、ひいては自分自身のためにここまで捨身のような存在になれるのであろうか。ぼくはこの透明なコップになれない、そう答えを出したときには、情けない気持ちもあり、よりいっそうにコップが尊く気高く感じ、この矛盾した心境はやがて一種の讃仰となり、サトルは不思議と晴れやかな気持ちになっていった。やはり、このコップは素敵である。このコップは美しく煌めいている。
「サトルどうしたの?ボォーっとしちゃって」
「いや、なんかコップが耀いて見えて」
あ、つい口を滑らせてしまった。
「お父さん、サトル、大丈夫かしら……」
父親は向かいの席で、新聞をいつものように読みながら、顔をこちらに向けるわけでもなく、低い声で
「ああ、いつものことだ」
サトルも詮索されずに済んだと思い、ホッとした。
「お母さん、なんでもないよ、気にしないで」
目玉焼き、ウインナー、レタス、沢庵、納豆、味噌汁、いつもの朝食という感じで、母親が手際よく並べていく。このようなささやかな日常を支えているコップこそ、知られていない芸術性の高さやディテールが深いのではないだろうか。俗に言われている極彩色のような芸術もあるが、分かりやす過ぎてしまって、なんだかそれでは趣きを感じないし、物足りない。これだ!地位や名声もなく、こんなにも頼りない高校生のぼくの日常を彩り彫ってくれている、このコップこそ至高の作品であり、影で支えている神様のような存在だ!
サトルはこの観想にも似た営みを成した後からは、よりいっそうに、コップに対してもそうであるが、日常を支えてくれている生活雑貨を愛するようになった。後になってからであるが、つい手を滑らせてしまい、憧れのコップを割ってしまったときには、もう死んでしまいそうな気持ちになった。