最終話 おかしな白雪姫
読んで頂いた方を 笑顔に
「ねえねえ、偉文くん、こんど小学校の文化祭で『白雪姫』の劇をやるの」
独り暮らしの僕のアパートに、従妹の胡桃ちゃんが遊びにきている。
彼女は、いつもは放課後クラブで人形劇をやっている。
今度はクラブでの人形劇ではなく、普通の劇を小学校の体育館でするそうだ。
胡桃ちゃんの学年で実施し、放課後クラブの人形劇メンバーの子もいるとか。
「お姫様役をやりたがっている女子がけっこういるの。白雪姫以外でお姫様をだせないかな。あと、男子は戦闘シーンが欲しいって」
胡桃ちゃんは、いろいろなリクエストを貰ってきたようだ。
「小人が七人いるから、何人かを女の子にするのはどう? 小人の姫にするんだ」
「どうだろ? ドレス着たりとかアクセサリーをつけたりするのを楽しみにしてるの」
「えーと…… 他の方法で姫を出せるかも。戦闘シーンって、悪役も必要だけど、できる子はいるの?」
「うん。スポーツできる男子が一人、悪役やりたいって。悪のボスみたいな感じで」
「それなら王子役も動ける人にしたほうがいいな」
僕は思いついたアイデアを紙に書きだしていった。
「あ、そうだ。偉文くん。最後はお妃様と白雪姫が仲直りできるといいんだけど」
「それじゃあ、お姫様役をやりたい女の子で、胡桃ちゃんより小さい子はいる?」
「うん。しぃちゃんだね。クラスで一番小さい子」
「じゃあ、冒頭はこんな感じで」
* * *
白雪姫のお母さんが亡くなって半年ほどたちました。
王様は新しいお妃様を迎えました。世界で一番美しいといわれる女性でした。
「あなたが白雪姫? とてもかわいらしいこと。仲良くしましょう」
「初めまして、おかあさま。とってもおきれいですね」
小さな白雪姫がお妃様に微笑みました。
* * *
「ねえ。最初は仲がよかった、ってことにするの?」
「そう。白雪姫の小さい頃っていう設定。あと、魔法の鏡はこうしよう」
僕は紙にイラストを描いた。
入手できれば銀の全身タイツ。またはアルミ箔を身体に巻いてミイラ男にみたいにする。
アルミ箔を直接身体に巻くと、破れやすいし手を切る恐れがあるか。
新聞紙か何かでチョッキをつくって、そこにアルミ箔を両面テープで貼ってもいいかな。
「『鏡の精』という悪役で、スポーツできる子になってもらおう」
「『世界で一番美しい人はだあれ?』で、鏡の精が答えるわけね」
「そう。それで白雪姫の名が出たことでお妃様が怒って、猟師を雇って白雪姫を殺そうとするわけだ」
* * *
森の中に、白雪姫と猟師がきています。猟師は白雪姫にナイフを向けました。
その時、何者かが二人の側に現れました。七色の帽子の小人たちです。
「この森で乱暴はゆるさないっ。僕は小人レッド!」
「小人ブルー!」
「小人イエロー!」
「小人ブラック!」
「小人オレンジ!」
「小人グリーン!」
「小人……茶色って、英語で何だっけ?」
全員がずっこけます。立ち直った小人レッドが猟師からナイフを奪いました。
他の小人達が猟師を押さえつけます。
なぜか白雪姫はレッドに「そのナイフを貸してください」と言って、受け取りました。
白雪姫はナイフを自分の頭の後ろにあてて、後ろの髪の毛を切り落としました。
そして猟師に向かって言いました。
「猟師さん。誰に頼まれたかわかりませんが、私が生きていたら、あなたが危なくなりますね。私の代わりにこれを持って帰ってください」
* * *
「ねえ。変なお笑いが入っているよね。で、髪の毛を切るのはどうやるの?」
「黄色のPPテープとかでカツラを作るんだよ。チアリーディングのポンポンを作る感じ。ショートカットのカツラと、後ろ髪をリボンでまとめた部分を分けて作るんだ」
「そっか、後ろの方だけ外して猟師に渡すんだね。黒髪だと、後ろの部分だけでいいかな。ねえ、髪の毛が長い子が白雪姫やるときはどうするの?」
「カツラの中で巻いておくといいよ。黒髪の場合は、ティアラをつけてごまかすとかね。このあたりは僕より奏美先生に聞いた方がいいかも」
「うん。後できいてみるね」
「猟師と小人達で軽いアクションシーンを入れてもいいかもね。パンチやキックはフリだけで、絶対に当てないようにね。で、続きはこうだ」
* * *
お妃様はリボン付の髪の切れ端をもって、少しさびしげに笑っています。
鏡の精を呼び出してました。
「鏡よ鏡、世界で一番美しい人はだあれ?」
「それは、私でーす」
「たたき壊してやろうかしら」
「それは、お妃様でーす」
お妃様はホッホッホッと笑い、両手を掲げました。
「私は美しさが認められるのが、大好きなのよっ」
鏡の精もマネをして、両手を掲げました。
「私はショートカットの娘が、大嫌いなのよっ」
「うるさいわね。用がすんだら引っ込んでなさい」
* * *
「なるほどね。髪が短くなったから、鏡の精さんからは『綺麗じゃない』と思われたのね。でも髪が伸びたらどうするの?」
「ちゃんと考えているよ。続きはこんな感じ」
* * *
白雪姫は森の中にある七人の小人と暮らしていました。
あれからずいぶんたっており、白雪姫の髪も伸びていました。
「姫、すっかり髪が元通りになってよかったね」
「ありがとう。みんなのおかげよ」
「そういえば、隣の国のお城で王子様やお姫様がパーティーやったんだって。隣の姫様たちはきれいだけど、みんな髪の毛を短くしてるって」
「その情報は古いよ。最近は伸ばし始めてるってさ」
小人たちが話をしていると「うわー」という声がしました。
茶色の帽子の小人がでてきて言いました。
「ごめん、姫の部屋を掃除してて、ベッドに水ぶちまけちゃった」
「何やってんだよー。姫が寝られないじゃないか」
大騒ぎする小人たちに、白雪姫はやさしく声をかけました。
「大丈夫ですよ。こっちの部屋に使っていないベッドがありますから」
そして次の日。場面は変わって、城の中。
「鏡よ鏡、世界で一番美しい人はだあれ?」
「それは、森の小人たちの家に住んでいる、白雪姫でーす」
「えぇっ?」
* * *
ここまでの話で、胡桃ちゃんは首をかしげる。
「ねえ。なんでベッドを替えたら鏡の精さんに見つかっちゃったの?」
「それは後で説明するよ。この後の劇は白雪姫の話を普通にすすめよう。白雪姫が毒リンゴを食べ、王子様に助けてもらったシーンまで」
「え? そこで終わりでしょ」
「隠れて様子を見ていたお妃様が現れるんだ。鏡の精をけしかけて、白雪姫を殺そうとする」
* * *
小人達の家の前で、王子と白雪姫が並んで立っています。
鏡の精が剣をもってせまりました。
王子も剣を抜き、小人たちが白雪姫の前にたちます。
「うごけなくなーれ! 鏡フラーッシュ!」
鏡の精が叫びました。
「え? 身体が動かない。どうして?」
鏡の精の魔法で、白雪姫と小人達が動けなくなりました。
王子だけは、とっさに顔をそむけていて効果を受けませんでした。
でも、鏡の精を見てしまうと動けなくなります。
王子は左手で顔をおさえて、剣を鏡の精に向けました。
小人レッドが王子に「敵は左に2メートル」「後ろに1メートル」などとアドバイスを出しました。
王子は鏡の精の剣を叩き落し、お妃様に剣をつきつけました。
みんなは動けるようになりました。
「おかあさま。どうしてこんなことを」
「王は私が世界一美しいから妃にしてくれた。そうでなくなったら、私は城にはいられないの」
小人達は「それは変だよー」「うん、おかしいよ」と口々にいった。
「お妃様より綺麗なのは、白雪姫だけじゃないよ。隣の国にも綺麗なお姫様がいっぱいいるよ? なんで白雪姫だけを狙うのさ」
小人レッドがきくと、鏡の精が両手を挙げた。
「私の魔法が届くのはー。この国の中だけでーす!」
小人レッドが王子にきいた。
「王子様、白雪姫の国と王子の国の境目って、どこ?」
「たぶん……君が立っている、その辺りだろう」
王子は、小人の家の前に立っているレッドの足元を指さす。
小人レッドは白雪姫の手を引いて、お妃様側に少し移動。
「鏡さん、世界で一番きれいな人はだれ?」
「白雪姫でーす」
もういちど、手を引いて反対側に移動。
「鏡さん、世界で一番きれいな人はだれ?」
「お妃様でーす」
全員ずっこける。[レッドと白雪姫、鏡の精を除く]
「いままで知らなかったけど、ぼくらの家って……」
レッドの言葉に、白雪姫が続ける。
「国境の真上にあったんですね」
放心したようなお妃様に白雪姫が声をかけた。
「おかあさま。私、隣の国にお嫁にいきます。いつまでもお元気で。私は初めて会った時からずっと、おかあさまが大好きです」
「……白雪姫」
その時、数名のドレスを着た女性が現れた。
「王子ーどうしたのー。こんな森の奥で何してるのよ。あら、お隣の国の白雪姫じゃないの。一昨年のパーティー以来ね」
「姉上たち? どうしてここに……」
小人達が姉姫たちのところに行き、口パクと身ぶりで説明するジェスチャー。
姉姫たちは説明をきいてうなずいている。
反対側では茶帽子の小人が指を一本立てて、鏡の精に話しかけている。
鏡の精は「お妃様でーす」のポーズをしている。
お妃様は両手をほほに当てて嬉しそうにしている。
姉姫たちはニコニコしながら境界を越えようとして、それを懸命に遮る小人達。
王子が白雪姫の手を取り、ふたりは観客側に向かってニッコリと笑ってお辞儀をした。
おしまい。
* * *
「なるほどね。これならお姫様役が何人でもだせるよね」
「あまり多いと収集がつかないから、二人か三人くらいで止めといてね。それから王子と鏡の精の戦いは、絶対に剣を相手に当てないようにね」
「やっぱり、偉文くんに相談してよかった。偉文くん、ぜったいに絵本作家になれるよ。ありがとねー」
胡桃ちゃんは礼を言って帰っていった。
人形劇はすごく盛り上がって大成功だったらしい。
ただ、王子の姉役が六人もいたそうだ。それでも絞りに絞ったみたいだけどね。
子供たちは台本も工夫して、お妃様が首飾りや櫛で白雪姫を狙うシーンも、お笑いにしたそうだ。
なぜか鏡の精役の子は「ショートカットが嫌い」のセリフに難色をしめしたらしい。
そうとう嫌がっていたが、委員長の説得で結局了承したそうだ。
委員長の女子もショートカットだとか……
その後、暦ちゃんからリクエストがあった。
「来年はあたしの学年でシンデレラの劇をやるんだよ。かっこいい戦闘シーンをいれたいから、よろしくなんだよ」
おいおい。シンデレラの話のどこに戦闘要素があるの?
ここでいったん完結とします。
拙作にお付き合いいただき、ありがとうございます。
後日談の短編がここの下の方にあります。
お時間のある方は、下の方でリンクしている別作品もお読みいただければ幸いです。