第19話 おかしな猟師と木こり
安アパートで独り暮らしをしている僕の部屋に二人の従妹が来た。
小学生の胡桃ちゃんと、その妹の暦ちゃんだ。
暦ちゃんは他の用事で来れないことが多いので、二人で来るのは珍しいかな。
二人は放課後クラブの人形劇の相談にきたのだ。
次の人形劇の演目はまだ決まっていないらしい。
「ねえねえ。偉文くん。鉄砲を持った猟師をお話ってどんなのがあるかな」
前に『赤ずきん』の話で猟師が少しだけ登場した。
その人形を作った子によると、鉄砲を撃つような構えができるのが自慢らしい。
『赤ずきん』の時はそのポーズがなかった。
人形の手から鉄砲を外せないので、他のお話では使いにくいようだ。
「鉄砲か。『注文の多い料理店』はどうだろう」
あれは鉄砲を持った狩人が主人公だ。
胡桃ちゃんは「どうかな」と考えている。
横で聞いていた暦ちゃんが口を開く。
「『注文の多い料理店』だと、人形は別に2ついるんだよ。今の人形は鉄砲を外せないから、人形は2人分必要だよ」
それもそうか。服とかいろいろ外すシーンがあるし、面倒になるかな。
「じゃあ、二人とも日本昔話の『キジも鳴かずば』って知ってる?」
女の子のお父さんが人柱になる悲しいお話だ。ラストで猟師が出る。
胡桃ちゃんは嫌そうな顔をした。
「ねぇ。知ってるけどハッピーエンドにしてほしいの」
「あれをハッピーエンドにするのはどうやっても無理だよな。他には『化け猫と鉄砲撃ち』っていう話があるけど」
猟に出る前に、猟師の家で子猫が鉄砲玉の数を数えている。
その子猫は実は化け猫だったという話。ほぼ同じ内容で『汗かき鉄砲』という題名の話もある。
胡桃ちゃんはこの話は知らないみたいだ。暦ちゃんがつっこみをいれてきた。
「猟師の家のシーンがあるんだよ。家では猟師が鉄砲を離してないと変なんだよ」
「そうだねえ。そのシーンを後ろ姿にして観客から鉄砲を見えないように、ってのも難しいな」
「それに、作ってある人形が外国の猟師なんだよ。日本昔話とちょっと違うんだよ」
人形に羽飾り付の帽子がついてて、それも外れないそうだ。
それだと確かに日本昔話では不自然かも。
「外国の話で鉄砲か。後は『ほら男爵』ってのがあるけど、これも服装が違うな」
僕がいうと、胡桃ちゃんは「それいいかも」と言い出した。
「ねぇ、『ほら男爵』のお話の鉄砲を使うシーンだけ、猟師さんでできないかな」
『ほら男爵』で鉄砲を使うシーンはいくつかある。
たとえば火打石がないため、火縄銃に火をつけられないという話。
代わりに自分の頭を殴って火花を出し、その火を使って銃を撃つ。
胡桃ちゃん達に説明したけど、反応がイマイチだった。
他で鉄砲を使うシーンは……あれが使えるかな。
「じゃあさ、『金のおのと銀のおの』の木こりの人形があるよね。『ほら男爵』と組み合わせて、イソップ物語の『狩人と木こり』をやればいいんじゃない?」
* * *
木こりの親分と子分が木を切っています。
そこへ、鉄砲を持った猟師が通りかかり、偉そうに言いました。
「おい、そこの木こり。このあたりでライオンの足跡があったら教えてくれよっ」
木こりの親分が答えます。
「ライオンを撃ちたいの? それならライオンの巣に連れてってあげるよ。ついてきな」
すると、それまで偉そうだった猟師は急に震えだしました。
「え? いやあ、僕はライオンの足跡を探してるだけだから、巣はいいよ。あっはっは……」
「冗談だよ。ライオンってのは草原にいるもんだよ。こんな山奥にいるもんかい」
「え、そうなの?」
「猟をしたいなら、シカを仕留めてくれないか? ふもとの畑が荒らされて村の人が困ってるんだ」
「シカ? それなら僕にまかせろ」
木こりの親分子分といっしょに、猟師は森の奥にいきました。
少し離れたところにシカが見えたので、猟師は鉄砲を構えました。
「あ、しまった。僕、鉄砲の玉をもってくるのを忘れた。何か丸くて硬いものない?」
子分はポケットから何かを出しました。
「さっきサクランボを食べたの。ここにタネがあるよ。これなら硬いよ」
子分は猟師の銃の引き金のあたりにタネを入れました。
* * *
「偉文くん。この話の火縄銃だと、玉は先込式だと思うんだよ。鉄砲の先に玉を入れるんだよ」
「中込式でいいんだよ。暦ちゃん。猟師の人形は手を離せないんだから」
先込式の場合、玉を入れた後、棒でつつかないといけない。
* * *
猟師はシカに向かって撃ちました。
タネはシカの頭に当たったようですが、倒せませんでした。
シカは森のさらに奥に逃げていきました。
「あーあ、逃げられちゃった」
子分がいいました。が、親分は「大丈夫だよ」といいます。
「これで人間を怖がって畑を荒らさなくなったら、村の人は助かるよ。ありがとう猟師さん」
こうして、猟師は獲物をとることなく帰っていきました。
それから月日が流れ、村では変なシカのうわさが流れるようになりました。
山で仕事をしている木こりのところに、またあの猟師が現れました。
「やあ、こんにちわ。木こりさん達。あのシカのうわさは聞いてるかい?」
猟師の言葉に親分と子分が答えます。
「ああ、へんてこなシカがでるんだってね」
「頭に桜の木が生えているシカが出たんだって。きっと前に見たあのシカだと思うよ。頭にあたったサクランボのタネが木になったみたいだな」
猟師は鉄砲を構えました。
「今度は玉をいっぱいもってきたよ。あのシカは僕がしとめるんだ。じゃあいってくるよ」
こうして猟師は山の奥に入っていきました。
* * *
説明を終えると、胡桃ちゃんがきいてきた。
「ねぇ。シカの人形は出さなくていいの?」
「作れるならいいけど、木こり達の言葉だけでも人形劇はできるよ」
暦ちゃんもちょっと考えて言った。
「『花さかじいさん』の桜の木があるんだよ。『頭山』の話もできるんだよ」
人形劇で落語の『頭山』をやっても面白くないと思う。
参考:暦ちゃんの豆知識
落語の演目『頭山』では、サクランボのタネの飲み込んだ人の頭に桜の木が生えるんだよ。