第17話 おかしな赤ずきん
安アパートで独り暮らし中の僕の部屋に、胡桃ちゃんが遊びにきていた。
この子は僕の従妹で、元気な小学生だ。
いつものように放課後クラブで上演する人形劇の相談にきたのだ。
「偉文くん、次は『赤ずきんちゃん』をやるの。もーちょっと、観ている子達がパーッと盛り上がるようにできないかな」
「ふつうに絵本のとおりにやっても面白いと思うよ。この話は下手にいじれないんだよなぁ」
このお話は、暦ちゃんじゃなくてもつっこみどころが多々ある。
食べられた赤ずきんとおばあさんが、なぜ消化してないか。
無傷で丸のみですんだのはなぜか。
救出された後、オオカミを殺さずに腹に石を詰めて縫うのはなぜか。
ただし、胡桃ちゃんが好きなハッピーエンドを目指した場合、この矛盾だらけの話が一番マシなのだ。
赤ずきんは複数の話があって、グリム童話では猟師が赤ずきんとおばあさんを助けている。
でも、グリム以前のバージョンだと赤ずきんは助からない。猟師がオオカミを撃ち殺して終りだ。
そもそも猟師がでない話もある。
グリム版をベースにしても、どうやって笑いを入れようか?
とあるアニメで面白いシーンがあった。
オオカミに食べられそうになった赤ずきんが、鳩時計をオオカミの口に投げ込むんだ。
ことあるたびに、オオカミの口からハトがでた。
ある漫画では、赤ずきんが軍上がりでオオカミをのしてた。
「赤ずきんじゃない、緑帽だ」というオチをつけてたな。
他に赤ずきん役を巨大なカエルが演じ、オオカミが食べられそうになる漫画もあったなぁ。
いっそのこと、ちょっとしたゲーム要素を入れてみるか。
「胡桃ちゃん。途中でシナリオが変わるようにしてみようか」
画用紙を二枚とって、一枚は野原の絵、もう一枚は森を絵を描いた。
「赤ずきんがおばあさんの家にいく途中の場面だよ。道が二つに分かれていることにして、人形の背景に二枚の絵を並べる。観ている子供たちにどっちに行こうか、って聞くんだよ」
「ねえ、意見が別れたらどうするの?」
「サイコロとか、コイン投げとかで決めればいいよ。野原に行けば台車にレンガを積んでる子ブタ君がいて、森にいくとリンゴの木を探しているヤギさんがいるんだ」
「ねぇ、もしかして『3びきの子ブタ』の子ブタさん?」
「そう。森の方は『7匹の子ヤギ』のお母さん。どちらに行ったとしても、その後でもう片方に会うよ」
シナリオ分岐に見せかけて、実は一本道のサウンドノベルみたいな感じかな。
「まず、野原に行くと子ブタさんがレンガを台車に乗せてるんだ。レンガを乗せるのを手伝って、お礼に薬をくれるんだ。うっかり毒キノコを食べたときに吐き出せるクスリ」
「後で子ブタさんは、そのレンガでおうちを作るんだね」
「そうそう。で、子ブタと別れた後で、ヤギのお母さんに会って『この近くにオオカミがいるから気をつけて』って言われるんだ」
「最初に森に行った場合はどうなるの?」
「森でお母さんヤギがリンゴを探しているんだ。赤ずきんがお土産用でリンゴを持ってて1つあげるんだ。そうするとお礼に薬をくれる」
「さっき言ってた、毒キノコを吐き出せるとかいうやつね」
「で、ヤギと別れた後で、台車を引いてる子ブタに会うんだ。『この近くにオオカミがいるから気をつけて』って言われる」
「結局、同じ話になるのね。それでどうなるの」
「そのまま、おばあさんの家にいくよ。で、おばあさんはベッドでくるまっているんだ」
僕は画用紙にベッドを描いた。掛け布団がもりあがってて、長い耳が出ている。
「それ、どう見てもオオカミだよね」
「で、観ている子供たちに聞くんだよ。ベッドの左から近づくか、それとも右から近づくか」
「ねぇ。何か変わるの?」
「それは後でね。どっちから近づいても途中まで同じ。絵本のとおり耳が大きい理由や目が大きい理由、口が大きい理由を聞くとオオカミが正体を現す」
「食べられちゃうの」
「いや、とっさに赤ずきんは持っていたカゴを投げつけるんだ。すると偶然、さっき貰った薬がオオカミの口に入った」
「薬って、キノコを吐き出すとかいうやつ?」
「オオカミが苦しみだして、床でごろごろしてベッドの後ろに隠れる。すると、ベッドの陰からおばあさんが出てくるんだ」
「そっか。吐き出されたのね」
「で、さっきの子供たちにきいた答えが左だったら、『ここはやめて、子ブタを食べにいこう』といって右の方に出ていく」
「もし右って言ってたら、左に行って子ヤギの方にいくのね」
「そう。そこで猟師さんが現れて、赤ずきんに『オオカミはどっちに行った?』ときくんだ。ここで赤ずきんは観客席に『どっちだっけ?』って聞くんだよ」
「ねえねえ。それはいいんだけど、子供たちがふざけたり間違えて逆を言ったらどうすんの?」
「赤ずきんは猟師に、観客の通りに言う。意見が割れた場合は正しい方を。みんな間違ってた場合は、おばあさんが『違うでしょ。あっち』というんだ。猟師がオオカミを追いかけてって、おしまい」
「なんかゲームみたいでおもしろいね」
「ふつうの人形劇と違って、観てる人も参加できるから、盛り上がると思うよ」
「うんっ。偉文くん、いつもありがとー」
胡桃ちゃんは笑顔で帰っていった。
人形劇の上演が近づいたある日、胡桃ちゃんの妹の暦ちゃんが声をかけてきた。
「どうせなら分岐を三つにして、『嘘つきオオカミ少年』も入れたいんだよ」
話がややこしくなるから、やめてあげなさい。