第12話 おかしな馬頭琴
安アパートに住む僕の部屋に、従妹の胡桃ちゃんが来ていた。
例によって放課後クラブで上演する人形劇の相談のようだ。
「偉文くん、次の人形劇ではこの話をやろうかって話がでたんけど……」
彼女は僕に一冊の横長の『スーホの白い馬』という絵本を見せた。
その話は、僕が小学生の頃の教科書にも載っていた。
モンゴルが舞台で、スーホの馬は物語の終盤で殺される。
最後は馬の皮や骨を作って馬頭琴という楽器が作られた。
「この話、元々のモンゴルの民話では、スーホという名前じゃないみたいだね。主人公の白馬が国の人に盗まれたけど、自力で逃げ帰ってくるんだ。主人公の前で力尽きて白馬が死んで、馬頭琴になるんだ。主人公の名前はださずに『遊牧民の少年』とした方がいいかも」
「ねぇねぇ。名前は変えてもいいけど、ハッピーエンドにできない?」
「この話でハッピーエンドは難しいね。ラストは馬頭琴を奏でて終わらせたいからね」
途中でお笑いを入れてもいいが、それをやるとラストが余計悲しくなりそうだ。
馬は死なない話にするとか、実は生きていたとかやると馬頭琴はどうする?
「胡桃ちゃん。たしか『スーホの白い馬』では王様の前で馬の競争に参加して、優勝するんだったね」
「うん。でもそれで王様に無理やり馬をとられちゃうの」
「なら、こうするかな」
* * *
ある遊牧民の少年は、とても足の速い白い馬を飼っていました。
少年と白い馬は、草原で不思議な雰囲気の少女と出会い、仲良くなりました。
広い空の下、どこまでも続く草原で、少女と少年達は遊びました。
実はその少女はこの国の姫だったのです。
少女は白い馬が風のように駆ける姿をみて、少年に馬の競争に出てほしいと頼みました。
* * *
「ねえ。馬の競争の前から姫と知り合いだった、ってことにするの?」
「そう。姫はその少年と結婚したかったんだ。王様は優勝した者を姫と結婚させる、って言ってたからね。でも、少年が優勝しても王様に結婚を許してもらえなかった。で、少年は白い馬を姫に預けるの」
「それだと馬は死なないってこと?」
「隣の国が攻めてきたことにするんだ。王様は戦争で負けちゃうけど、王は姫だけを白い馬に乗せて逃がすんだ。敵の兵士の矢を受けて、馬は大けがをする。白い馬は姫を少年のところに届けて、力尽きるんだ」
「ねえ。結局、馬は死んじゃうんだね」
「そこは外せないよ。ラストは姫の横で、少年が馬頭琴をかき鳴らして終わり」
おもちゃのギターに馬の頭の飾りをつけてBGMにするのもいいかな。
「ねえねえ。もーちょっと、なんとかならない? 楽しい気分にしたいの」
「じゃあ、お話を二本立てにして、もう一つやってみるか。前に僕が絵本用で『ホースは黒い木馬』って話を作ってたんだ」
* * *
お江戸の町に、一人の発明家の少年がいました。
珍しい仕掛けのオモチャや人形を作るのが得意でカラクリ屯珍とも呼ばれていました。
少年は一体の大きな黒い木馬を作りました。
その木馬は、お寺や神社を立て直したときにでた古木でできていました。
カラクリ仕掛けで、人を乗せて歩くことができます。
外国のカラクリ技術を使っているため、少年は馬に『ホース』と名付けました。
木馬のホースは、乗った人が「ありがたや」と唱えると歩き出します。
止めるときは「なまんだぶ」と唱えます。
少年は広場で友達にホースを見せると、大人気でした。
「どけっ、オレが乗る!」
大柄でいじわるな少年が周りの子を押しのけ、無理やりホースにまたがりました。
「ありがたやっ、ありがたやっ、ありがたやっ!」
唱えるたびに、だんだんホースは速く走るようになりました。
「危ないよっ。そっちは崖だよ!」
見ていた子供たちが叫びました。
いじわるな少年は慌ててホースを止めようとします。
「なまんだぶ……なまんだぶっ」
どこか壊れてしまったのか、いくら唱えてもホースは止まりません。
だんだん崖に近づきました。
「うわーん。ごめんなさーい」
いじわるな少年は泣きだしました。
ホースは崖の手前で、まるで電池が切れたかのようにピタリと止まりました。
「えぐっ……ぐすん…… たすかった? ありがたやー」
その瞬間、ホースの目がピカッと光りました。
* * *
「あはははー…… 落ちたー」
「人形劇は、目が光るところで止めておくといいよ」
胡桃ちゃんはお礼を言って帰っていった。
2本立ての人形劇は好評だったらしい。
工作の得意な子が、本当に木馬の人形の目を光らせたそうだ。
その後、胡桃ちゃんの妹から変なリクエストがあった。
「偉文くん。遊牧民の少年のお父さんが『実は日本からモンゴルに来た牛若丸だった』っていうお話を作ってほしいんだよ」
作れません。
っていうか『義経ジンギスカン説』とかやったら、暦ちゃんが一番ダメ出しするでしょ。





