第1話 おかしなウサギとカメ
安アパートの僕の部屋に従妹の胡桃ちゃんが来ている。
彼女はとても元気な小学生だ。
彼女の両親は共働きで、平日でも帰りが遅くなることが多い。
一時的ならともかく、胡桃ちゃんや彼女の妹の面倒をいつも僕が見られるわけではない。
胡桃ちゃん姉妹は、放課後クラブというNPO主催のサークルに入り、小学校の授業が終わった後はそこで過ごしているそうだ。
今日は僕に相談があってきていた。
放課後クラブのイベントで不定期に人形劇をやっている。
今回、見せる相手は学校低学年や幼稚園児を対象にするとのことだ。
「で、人形劇のお話の案を胡桃ちゃんが考えることになったの?」
「あたしと他の子もだけど、あまり面白い案がなかったの。いちおう、ウサギとカメになりそうだけど、そのままだと時間があまっちゃうの。偉文くんなら、いっぱいお話を知っているよね。話を長くするにはどうしたらいいかな?」
僕もそれほど知っているわけではない。
胡桃ちゃんや妹の暦ちゃんがもっと小さい頃に、何度か絵本を読んでやったことがあるだけだ。
以前、冗談で「僕の将来の夢は絵本作家だ」っていったのを本気にしているようだ。
「そうだなぁ…… ウサギとカメの紙人形はできてるっていったね。こういうアレンジはどう?」
* * *
丘の上までの競争の途中、ウサギは寝てしまい。カメに追い越されました。
負けたウサギは「もう1回勝負だ」と言いました。
カメも了承し、こんどは丘の上からふもとまでの競争になりました。
丘の上から、二匹は走り始めました。
カメは手足を引っ込めて丸くなり、ゴールまで転がっていきました。
* * *
「ねぇ。おもしろいけど、すぐに終わっちゃったよ」
「ふつうのウサギとカメの話をやって、それにつけ足せばいい。時間が余れば、もう1つ追加だ」
ウサギは泣きそうになって「もう1回……」と言いました。
カメは近くの小川の向こう側の立木を指して、「あれをゴールにしよう」と言いました。
ウサギは左右をみて、遠くに橋があるのを確認しました。
二匹は走り始めました。ウサギは橋に向かい、カメはもちろん小川を泳ぎ渡りました。
* * *
「あははは……。そっちの方が面白そうね。これで終わり?」
「まだあるよ。もしかすると人形の追加がいるかもだけど。こういう話」
* * *
ウサギは泣きながら「もう1回、お願いもう1回」と頼みました。
カメは「疲れたから、明日またやろう。最初と同じで丘の上がゴールね」
次の日、ウサギがスタート地点につくと、カメはすでについていました。
なぜかカメは口にマスクをつけています。
「どうしたの?」ときくと、「少しカゼぎみだけど大丈夫」といいました。
それ二匹は走り始めました。ウサギはカメをどんどん引き離して登っていきました。
しかし、丘の半ば頃にきたところで、いつの間にかカメは先の方にいました。
ウサギは頑張って抜き返します。
さらに走ってゴール近くまでくると、またカメがいつの間にか前にきていました。
ウサギも頑張りましたが、カメが先にゴールしました。
ウサギは言いました。
「カメくん、完全にぼくの負けだ。今までノロマだといって馬鹿にしてごめん」
「ウサギくん。あやまるのはこっちだよ。今回は2人の弟に手伝ってもらったから」
見ると、2匹のカメが「お兄ちゃーん」と言いながら登ってきました。
* * *
「うんうん、いいかも。さすが偉文くん。ほんとに絵本作家になれるよ!」
「人形はカメの弟の分もいるけど、大丈夫かな」
「だいじょぶ。いっぱい作っているから。ありがと、偉文くん。また教えてねー」
胡桃ちゃんは明るい笑顔で帰っていった。
僕がアドバイスするのはこの1回きりだとおもっていた。
胡桃ちゃん達がやった人形劇が好評で、胡桃ちゃんが何度か聞きに来ることになるのだが、それは別の機会に。