突然の婚約破棄!!〜転生令嬢の選択は・・・・
「マリアンヌ、貴様との婚約は破棄する」
短い文章なのに、頭の中で意味をなさないバラバラの言葉になって落ちてくる。
「な、何を仰ってるん、ですか?」
――――マリアンヌ、こんにゃくはキスする?何それ?
「貴様、わからないフリなどやめろ!!俺は貴様が浮気しているのを知ってるんだからな」
――――こんにゃく、田楽美味しかった!でも味が染みたおでんのが好きだったな。いやいや刺身こんにゃくも・・・・
「貴様、何を惚けてる!!聞いているのか?」
エリオットが肩を震わせ、鬼のような形相で睨んでくる。
「あの、すみませんエリオット様。わたくし何だか混乱していて何も考えられなくて・・・・」
「貴様のその愚鈍なところも気に障る!!しかも二枚舌ときた!リリーのように打てば響くように可愛らしい受け答えもできないのか!!」
「え?リリー?男爵令嬢のリリアナ様がどうして?」
「全てリリアナ嬢から聞いている。貴様はその隣にいる男と浮気をしているそうじゃないか。バカにしやがって、この売女!!」
エリオットの言葉に隣を見ると、幼馴染のアレクセイが倒れそうに傾いでいる体を、しっかりと支えてくれていた。
「アレックス様・・・・わたくし」
「喋らなくていいよ、マリ。大丈夫かい?」
マリアンヌは小さく頷いた。
学園の中庭のど真ん中で繰り広げられた断罪イベント。
目の前で偉そうにふんぞり返っているのは、婚約者のエリオット・サガン公爵令息。その後ろに隠れるように顔を覗かせているのはリリアナ・メイスン男爵令嬢。
マリアンヌの隣にいるのはこの国の第二王子のアレクセイ・ラズモンド。ただ継承権がなく、成人した暁には臣下に下されることが決まっている。
「申し訳ありません、エリオット様。婚約破棄のことは、わたくしの一存では決められません。ただ一つ、わたくしは浮気などしておりませんわ。わたくしが愛しているのはエリオット様だけですもの」
その言葉に、アレクセイは傷ついたような顔でマリアンヌを見つめた。
「黙れ黙れ!!嘘をつくな!!」
「嘘ではありませんわ。でも、とても混乱しているのです。下がらせていただきますわ」
マリアンヌはフラつきながら淑女の礼をすると、アレクセイに支えられながら屋敷に戻った。
♢♢♢♢
――――夢?夢なの?なんでこんなドレス着て豪華な部屋のソファに腰かけてる?確か、明日は暁良との結婚式のはずよね?何がどうなってるの?誰か教えて?
部屋にある鏡を見ると、全然知らない人が映っていた。
金髪碧眼の華奢で儚げな美少女が私を見ている。彼女はマリアンヌ・ダグラス伯爵令嬢。学園に通う17歳。
「え?まさかこれが私?」
婚約者だと名乗ったエリオットは柔らかそうな茶髪に緑の瞳のイケメンだったわ。私のドストライク王子様よ!!リリアナはふわふわの綿菓子みたいな栗色の髪にグレイの瞳。小動物のようで、庇護欲をそそる愛らしい美少女だった。
でも何より驚いたのはアレックスよ。茶色がかった黒髪と色素の薄い茶色の瞳。あれ、どう見ても暁良よね?
何がどうなってるかわからないけど、何がどうなってるの?
その時バタンと大きな音を立てて部屋に入って来た、のは父親だった。
「マリアンヌ、何があったー!!!!」
驚くも無理はないが、こっちも相当混乱してるのよ!!きっとお父様より私の方が混乱してるはず。だって私って、わたくし?ここはどこ?私はマリアンヌ!!
いやいやいやいや、おかしいでしょう?私は清水まりあ、二十九歳、会社員。だったはずよね。二十六歳で会社関係で知り合った三歳上の高田暁良とめでたくゴールインするはずよね。
あの日も暁良と会ってて、送ってもらったっけ?ん?何だか記憶が曖昧だわ。でもとりあえず帰宅したはずよね。
あー、覚えてない。飲んでたのかなぁ?誰と?わかんないや。
ま、いいわ。それより目の前のことを片付けよう。
「お父様、わたくしにもさっぱりわからないのです」
とりあえず傷心のフリをすることに決めた。私ってどんな性格だっけ?きれいに飛んでしまってるわ、はあああ。
「エリオット様が仰るには、わたくしアレックスと浮気をしているらしいですの」
「お前!誤解を招くようなことをしたのか?」
「まさか!!わたくしはエリオット様が好きなんですわ。一途に追いかけていたのを、お父様も周りの皆さんもご存知のはずです。もちろんアレックスも」
そうそう、すっごく追いかけたのよね。好き好きアピールしまくって、やっと振り向いてもらえて。なんせ私のドストライクなんだもん。アイドルのルーシー・チャリオットそっくり!!ギャー!!!!眼福です!!
「それは、確かにそうだ。昔から皆の知るところだ。だったらなぜ?」
「リリアナ・メイスン男爵令嬢が、エリオット様にひっついていましたわ」
「なんだと!!ではあの噂は本当なのか?」
「なんの噂ですの?」
「知らないのか?エリオット殿がリリアナ嬢に乗り換えたという噂だ!」
「何ですって?知らないわ!!」
マリアンヌはサーッと血の気が失せたように蒼白になり、両手で口を押さえて立ち尽くした。
両膝が震え、力が抜けていくのを必死で堪える。
――――様子をした。
「大丈夫か?」
父親が慌ててマリアンヌを支えてソファに座らせた。
「ありがとうございます、お父様」
「わたくし、どうすればいいかわかりませんわ」
「・・・・そうだな。わかった。私がいいように処理しよう。全て任せなさい」
「・・・・はい、よろしくお願いします」
父親は来た時と同様、慌ただしく出て行った。
しばらくしてコンコンコンコンと部屋をノックする音が聞こえた。中に入るように声を掛けると、侍女のカンナがスノードロップの花束とカードを持って入って来た。
「アレクセイ様からです」
スノードロップ、花言葉は慰め。
カードにも慰めの言葉が綴られている。
私、エリオット様じゃなくてアレックスと結婚したいわ。そうよ!ずっと私を側で支えてくれたのはアレックスだったわ。
お父様に頼んで、エリオット様と破棄した後はアレックスと婚約するのはどうかしら?いい考えよね、きっと。
そうと決まれば、お父様に言いに行こう!!
そう思い、静かにソファから立ち上がった時、バタンと大きな音を立ててエリオットが青紫のシラーの花束を抱えて入って来た。私の前に跪き、悲壮な顔で見上げてくる。
「マリー、許してくれ!俺はどうかしてたんだ。君が浮気していると聞いてどうしても許せなかったんだ!!」
「エリオット様?何を・・・・」
「すまない。どうしたら許してくれる?俺は、君なしでは生きていけない。君を失うくらいなら、もう誰も君にプロポーズしないように評判を落としてやれと思ったんだ」
「・・・・リリアナ嬢は?」
「あんなヤツ知るか!!俺に嘘をつきやがって。俺とマリーを引き離すために嘘をついたんだ!!俺は前からアレクセイ王子に嫉妬していた。そこに付け込んだんだ」
「どうか許してくれ、マリー。俺が愛してるのは君だけだ」
「君は今日だってアレクセイ王子と一緒にいた。俺の婚約者なのに。ああ、俺はなんてことをしてしまったんだ!!」
エリオットは必死に、縋り付くように言葉を続けた。
「マリー、愛している、愛しているんだ。愚かな俺を笑ってくれていい。罵ってくれてもいい。だから、さっきの宣言を撤回させてくれ!!」
――――もう、何がなんだか、怒涛の展開についていけません。
私はエリオットの必死な姿を愛おしく思いながら、アレックスとの結婚を考えていた。
足元ではエリオットが顔面蒼白になりながら必死に口を開いている。それを見ながら、ふと暁良と並んで歩いていた夜を思い出した。
あの時、飲んでふらつきながら歩道橋を上がって、それで、車が流れる様子を見ながらキスをしたわね。フフ。それで階段を降りようと足を踏み出した時、私の背中を強く押されたような、気がする。
アッと振り返って最後に見たのは、暁良の顔。目があった瞬間の、彼の瞳の奥の昏い影。苦しそうな顔をしていた。それから後の記憶がない。
私は殺されたのかもしれない、暁良に。
なぜかはわからない。もう一生わからないだろう。
そしてもう一つ思い出したことがある。
それはスノードロップの花言葉。
慰めと希望。
そして
あなたの死を望む。
アレックスの瞳の中にあった暁良と同じ昏い影。
アレックスが贈ってくれたのは、どちらの花言葉なんだろうか。確かめるのが怖い。
もう一度エリオットを見た。見つめる瞳は熱を帯び、それが希望と絶望の間で揺れ動いている。
災害クラスの豪雨だったけど、雨降って地固まる、ね。
「エリオット様、二度目はありませんよ」
マリアンヌは悲しそうに目を伏せて花束を受け取った。
エリオットはパッと顔を輝かせて立ち上がると、指を絡めるように手を握り、その甲に何度も何度も口づけた。
そして手を離すと、強くマリアンヌを抱きしめた。
「ありがとう、マリー。もう二度と君を離さないと誓うよ」
好きな人に殺されるなんて、ごめんですわ!!