9何年ぶりだと思ってるんだよぉ!!
高揚感が抜けないまま予鈴のチャイムにせっつかれて俺は記憶を頼りに教室へと向かった。
すぐ側で聴こえる高校生たちの懐かしい騒がしい声に足が止まったが廊下の向こうから歩いてくる教師らしき影に深く考える暇を与えられないまま後方のドアから中へと体を滑り込ませる。
うっわぁ...
狭い空間に所狭しと並べられた木の机。
日に焼けてボロボロになったロッカー。緑色の黒板。
場違い感ハンパねぇ!
この若々しい集団の中に俺入って良かったの?おっさん馴染めるかしら...
眩しい空気に充てられてクラリと目眩までしてきた。
そもそも俺の席どこよ。
教室や出席番号はかつての記憶や教科書の明記からかろうじて分かるもののさすがに机は分からないんだけど。
『ぐぉぉ...』と脳内で頭を抱えていると教師が教室に入ってきた。
生徒達はそれを合図だというように次々と席に座る。
「香耶くん?どうかしたの?」
最後まで突っ立ってた俺を怪訝な表情で教師が見た。
他の生徒もそれに釣られるように一斉に振り返る。
大勢の視線が自分に集まるのを感じさっきとは別の意味で背筋が凍った。
怪訝そうな目、ニヤニヤしたどこか面白そうな目、バカにした目。
様々な感情を含ませた視線がギョロリと俺の全身を撫で回す。
「す、すみません!」
慌てて教室を見回すと教室の真ん中に埋まっていない席を見つけた。
あそこか。
そそくさと体を丸めて机と机の隙間を渡り席に着く。
.......
...
あれ?なんだこの妙な空気感。
「...ええっと...香耶くん?なんで与茂衣さんの席に...?」
教師が戸惑った声でそう言い弾かれたように俺は立ち上がる。
やばっ!間違えた!
教室が大爆笑に包まれる。
顔に熱が集中するのを感じた。
そりゃ他の人にとっては意味不明だろうけどさ仕方ないだろぉ!最後にこの教室使ったのいつよ!?
どうにか誤魔化さねばとフルに稼働させた俺の頭が導き出した答えは
「いや〜!寝ぼけてたみたいです!すみませんでした!」
それっぽい理由をつけて教室中に言い訳するようにそう言いながら辺りを見回しもう一つ空っぽだった席を見つけて早足で向かう。
クスクスと笑い声がまた起きた。
それを全力で無視しながら席に着く。
こちらに顔を向けてくるクラスメイトの視線が痛い。
「ええっと...辛かったら早めに保健室に行ってくださいね?」
困り顔で教師が優しくそう言った。
多分体調を心配されたんだろうけどその言い方だと『頭大丈夫?』と言われているようでなんか複雑。
内心は置いておいて「は〜い」と俺は明るく返しておく。
ここで何か言っても暖簾に腕押し。時間の無駄だ。それにいい加減注目も勘弁。
ギョッと近くのクラスメイトがこっちを見た。
苦笑し俺は顔を窓の方に向けた。
分かるよ。そりゃ、普段大人しい根暗が急に明るくなればビビるわな。
当時の俺はこんなキャラじゃなかった。
クラスで口を開くことすら稀だった。
まあ、初めから親しい人がいないことが分かっていればボロを出す可能性も少ないからいいけど。
さてと。
視線も徐々に減り俺は一息ついてさりげなく周りを見回した。
ひっそりと観察していく。
うっわ。あいつ見たことあるわー。
あいつ確か大学の時めっちゃ金髪だったよな?元の色あんなんなんだ...
直接的な会話はなかったがクラスメイトの顔くらいは覚えている。大学まで同じだったやつもいるし。
だからこそ記憶との齟齬は見つからない。
担任もクラスメイトも学校も全てが記憶通りなのだ。
俺は絶望した。