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6失礼な。意地を張ったままの方が良かったと?

手持ち無沙汰に高校のときの教科書をぱらぱら捲ることにも飽きて部屋を出た。


ゆっくり慎重に歩を進めリビングの扉を開ける。


テレビから楽しげに話すタレントの声が垂れ流しになっていてキッチンでは鍋をかき混ぜる母さんの姿が見えた。


このガチャガチャした音も懐かしい。


なんか今日はその感想ばっかだな。


そりゃこんな光景は十四年ぶりだし無理もない。


さらに足を踏み入れーーあるものに気づいた。


ソファの下でこちらに尻を向け、そこから伸びた足をパタパタさせるそいつは足音で気づいたのかスマホを持ったままのっそりと振り向く。


上に乗ったまま体制を変えたためビーズクッションがカサっと音を立てた。



「もう体調いいの?」


唐突にそう聞かれ一瞬肩が震えたがその声の主が誰であるかを理解した瞬間緊張は解けた。


「あ、ああ...」


うわっ、わっかぁ...


「あっそ」


そいつは既に興味は薄れたというようにスマホに意識を集中させた。


ダボッとしたサイズの合ってないくたびれたTシャツにショートパンツ。髪はととのえているというよりも邪魔にならないようにという感じで一つに括られている。


俺はそいつのこの時期の記憶を呼び起こした。


外では愛想良く生徒会にも入る真面目でよく出来た奴...らしいが逆に家では適当で特に俺の扱いは雑だった。


こんな裏表あって将来結婚出来るのか...なんて思ったが菜彩が二十五で結婚し子供も出来ることを今の俺なら知っている。



「は?なんで泣いてんの?」


「泣いてない...」


鼻を鳴らしながら俺は顔を背ける。


「ふつーにキモイ」


無表情のまま冷たく言い放ち菜彩は興味を失ったというように顔を背けた。



近頃...といっても俺が元々いた場所ではだが、菜彩の態度もだいぶ軟化していたというのに。


思えばこの時期は反抗期みたいなものだったのだろう。対象は俺一人だが。





「明日は学校行くでしょ?」


三人で机を囲んで晩飯を食べているとふと母さんがそう口を開いた。



「あー...うん」


咄嗟に肯定した。

まだ状況把握しきれてないしここは話を合わせておくのが吉だろう。


それに家の中で集められる情報はどうしても限られてくる。

外に出れば多少は元の時間に戻る手立てが見つかるかもしれない。



そんな前向きな理由だったにも関わらず俺の返答を聞いて何故か母さんは心底驚いた顔をした。


「どうかした?」


「...あー、いや。蓮が学校に行くのに前向きなんて珍しいなーって...ずっと学校でのことなんて話題に出すのも嫌がってたじゃない?」


小鉢を置いて母さんはニマニマした顔を向けた。


「なにか心境の変化でもあった?」


心境の変化も何も...ねぇ?



そう言えば、と思いだす。


学校が嫌いで、本当は行きたくなくて。

でも自分を押し殺して我慢して。


唯一の安息の地が家だった。


そんな場所でわざわざ嫌なことを思い出したくなかったのだ。


環境が変わっても長い間状況が変わらなかったから尚更。


だから。状況を知るためとはいえ自分から学校に行ってみよう、なんて思うのは初めてかもな。


そういう意味じゃ


「...まあ、そんなとこかな」


「ふーん」と母さんがどこか嬉しそうに口角を上げた。


その隣では聞いてるのか聞いていないのか、菜彩がと我関せずというように口をもぐもぐ動かしていた。



「彼女?」


茶々を入れてこなかったことに安堵しているとすぐさまそう切り返す。


そう聞いてきた菜彩は無表情のままジトーとした目を向けていた。


俺が咄嗟に否定しようと口を開くと


「...ま、違うか」


俺の否定の言葉より先に菜彩が自己否定した。


切り返し早えーよ、だったら初めから言うな。


菜彩はそのまま興味を失ったというように食事を再開する。


そういう俺をあからさまに下に見てる態度が勘に触って俺は反撃することにした。


「...そういう菜彩はどうなんだよ」


「うっわ...過干渉キモっ」


お前が先に聞いてきたんだろーが!


グヌヌッと頬をピクつかせながら拳を握っていると母さんが「まあまあ」と困り顔で宥めた。



「そうそう菜彩は明日結局どうなったの?」


空気を変えようと母さんが明るく菜彩に尋ねた。


明日?


「ん。やっぱ残ってこうかなって。任期もあと少しだし選挙準備もしなきゃだし」


俺に対するものとは打って変わって菜彩は表情を和らげる。


「選挙?」


「この前話したじゃん」


菜彩は眉を寄せて呆れたような顔をした。


そんなこと言われたところで困る。

『この前』と言われても俺にあるのは会社と家をひたすら往復する毎日だけだ。


どう返すべきかと考えていると


「ほら、菜彩が生徒会長に立候補するってやつ」と母さんが助け舟をだしてくれた。


もちろんピンと来るはずなかったが「あー、あれか」と理解した風を装って話を合わせる。

これ以上菜彩を刺激するのは面倒だし。


食事を再開して菜彩と母さんが和やかに会話をするのを聴きながら俺は記憶を漁る。



俺が今、高一であるなら菜彩は中ニか。

菜彩は中高と生徒会に入っていてどちらも最終的には生徒会長を務めていた。


生徒会長には慣習で最上級生が務めることになっている。

二年に上がったばかりの菜彩が現在会長であるという線は薄い。なら現在は会長に立候補し当選する前ってことか。前の役職が副会長だったか、会計だったか...その辺の細かいことは残念ながら覚えていないが。



「そっか、選挙、お前なら絶対当選するから頑張れよ」


そう言うとピタリと会話を辞めた母さんと菜彩が驚いた顔で俺を同時に見た。


なんだよ。未来を知ってるんだから確かなことだぞ?


そんなこと言っても信じてもらえないから細かくは言わないけど。


「やっぱ今日の憐マジで変」


菜彩が呆れを通り越して心配そうな顔をした。


「そうか?」


「そうだよ」と菜彩は言い放ち、後は無言で手早く食事を済ませて部屋へと戻って行った。


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