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3 これって夢でしょうか?

ピリッとした刺激を脳に感じ意識が覚醒する。


瞼の向こうには光が差し込んでいて、その眩しさから逃れるように俺は布団を頭から被った。


眠いのに一度覚醒した脳内のモヤは一気に晴れていく。



目を閉じたままぼんやりした意識の中で昨夜のことを思い出す。



と同時に背中をバシバシ叩きながら爆笑する男の顔を真っ先に思い出して顔を顰めた。


結局あの後ひとしきりイジり、それが一段落すると急に興味をなくしたとばかりに別の席へと移っていった。

イジられるのも勘弁してくれと思ったが完璧に一人になるとそれはそれで居心地の悪さを感じて一人チビチビと烏龍茶を飲むだけの時間が流れた。


帰ろうにも『ここで一人帰れば目立つし』となかなか立ち上がることが出来ずそのまま終電近くまで付き合う羽目になったのだ。

さすがに二次会はすっぽかしたが。


もうあの飲み会には絶対参加するまい。

強制参加のノリでも、だ。



「ふぁぁ...」と欠伸をして薄目で布団を捲り枕元の時計に手を伸ばす。


あれ...?


普段同じ位置から動かしていない目覚まし時計が右端までズレていた。ついでに時計の横に置いているはずの眼鏡も見当たらなかった。



寝ぼけてズラしたのだろうか?


まあ...いいか。

眼鏡もどうせ下に落ちているのだろうし後で探そう。


手を伸ばすのも億劫で結局時刻を確認するのは諦めて手を引っ込めた。


そのままのそのそと布団に戻る。


まあ、今が何時でもいっか。どうせ今日は休日なんだし。



再び押し寄せて来た睡魔に抗うことなく俺は再び目を閉じ、意識を鎮めようとした。




「れーんっ!!いつまで寝てんのーッ!!」


そんな叫びがしてビクッと体が震え飛び起きた。



なんだ!?

隣の部屋の声!?


あ、でも確か隣ってくたびれたおっさんだっけ。まあ、俺も人のことは言えな...



ガチャンッ!と勢いよく扉が開けられ誰かが部屋に入ってくる。


「さっさと起きなさいッッ!!」


なんだ!?泥棒!?

こんな大声出して!?


なにか武器は...!



慌てて辺りを見渡して


「あれ...?」


首を捻った。



どこだ、ここ...



そこは普段自分が住まうボロアパートの一室とは違った。


自分の趣味じゃない黄色のカーテン、木の勉強机、乱雑に本の並んだ棚、そして壁に掛けられた制服。



どことなく...懐かしい。



ああ、そうか。実家の部屋に似てるんだ。


似ているというかそっくり...いや...そのまんまの気も?



「なに寝ぼけてんのよ。学校遅刻するよ」



顔を上げて声の主の顔を見る。


「は...?かあ...さん?」


間違いない。俺の実の母親だ。


だけど...


「なんか、若くない?」


最後に会ったのは今年の正月だがその頃に比べ白髪も全くなくなってるし髪の長さも倍に増えている。


「髪でも染めた?イメチェン?」


母さんは「はぁ?」と眉を寄せた。


「朝っぱらからなに言ってんの。そんなこと言う暇あるならさっさと準備しなさい。菜彩(なや)なんてもう出ちゃったわよ」


「は?」



菜彩と聞いて思い浮かぶのはただ一人。


香耶(かぐや)菜彩(なや)。二つ下の妹だ。

妹といっても昔から仲が特別良いというわけではなく、同じ家にいるのに『まあ、顔を合わせば一言二言話すときは話す』程度の仲。


俺が実家を出てからは会う機会すらめっきり減って俺がたまに帰省するときは逆に菜彩が仕事で帰って来ていなかったりと帰省のタイミングが仕事の都合でズレてしまっていた。



「ちょっと待って。それってどういう...」


そう言いかけたが既に母さんは部屋を出て、トントンと階段を降りるきしみ音が聞こえた。



この時の俺は、鏡はないからハッキリとは分からないがきっと間抜けで呆けた顔をしていたことだろう。



「ちょっと待て...」


混乱してきた頭を抱える。


ベッドの上で状態を起こしたままの状態で必死に記憶を辿る。



どうしてこうなった。


記憶の箱を片っ端に開けていく。



真っ先に思い出すのは風を切る音。

体を浮遊感が包み、景色がパラパラ漫画みたいに止まって、ゆっくり動いていてーー




あれ?


鈍く痛み出したこめかみを強く抑える。


ちょっと待て。昨日は飲み会だった...よな?

マウント型リア充にイジられてくたびれて帰って、風呂入るのも面倒でそのまま布団に。


なのに、なんだ?

頭を過ぎったあの光景は。




布団が体からずり落ちそちらに意識が集中した。



そうだよ。そもそも一人暮らしを初めてからベッドなんて買ってない。

家具も折りたたみ式のテーブルと小さめの棚くらい。


だったら、なんなんだ。ここ。


光が照らす部屋はやけに不気味だった。

ごくんと喉を鳴らしビクビクと部屋全体を見回す。


「れんッ!!なにしてんの!?」



部屋の外、恐らく下の階から母さんの声が響く。


時計を見ると七時を回ったところだった。


とりあえず恐る恐る足を床に下ろし部屋を出る。


間違いない。

十八年も暮らした家だ。間違いようがない。


間取りも全く同じ。床を踏む際の軋みも、光の差し方も。



リビングに通じる扉を開ける。


「あ、やっと降りてきた。さっさと食べないとほんとに遅刻だからね」


せっせと母さんはキッチンで洗い物をしながらこちらを一瞥する。


見れば見るほど、記憶との違いに戸惑う。


「ん?なにしてんの?」


立ち尽くす俺に気づき母さんが怪訝な顔を向けた。


何も言えず俺は不安と戸惑いを押し殺して唇を噛み締めることしか出来ないでいると手をタオルで拭ったかあさんが近づいて来た。


「体調悪いの?」


そう言いながら額に手を当てられる。


こういうことされることも、随分と久しぶり過ぎて照れくさくて、俺は目をギュッと閉じた。


「少し熱い...?あー、体温計どこだっけ...?」


急にあたふたしだして引き出しを引っ掻き回す母さん。

そんな姿を見るのもいつぶりだろう。



結局体温計は見当たらなかったようで母さんは唸る。


「病院...はまだ空いてないか。うーん...私も仕事もう出ないとだし...憐、ちょっと待ってて。とりあえず会社と『学校』に連絡するから」


そう言いスマホの元に向かおうとする母さんを俺は反射的に腕を掴んで止めた。


「え、なに?」


急に掴まれたことに驚いた様子で母さんが振り向く。


「...もう、いい大人だしそこまでしなくていいよ。寝てれば治る」


もう三十のおっさんにそこまで過保護になることもない。


随分離れていたから?

歳をとったところで自分の子供であるのは変わらないのよって?いつまでも子供なんだから〜的な?


冗談じゃない。


この年でそこまで過保護に看病されるのは抵抗があった。


ん...?

ちょっと待て。会社は分かるけど『学校』ってなんだ?


母さんは視線を斜め上に向けて考え込み


「そう。まあ、蓮ももう『高校生』だし、大丈夫...か。うん、まあ、高校生ってそんなもんよね」


勝手に自己完結し母さんはウンウン首を縦に振った。


「ダルいんなら今日一日薬飲んで寝てなさい。それでも悪ければ私の携帯に連絡するか自分で病院に行くこと」


母さんはソファに置いたカバンをゴソゴソ漁り財布から何かを取り出した。


「これ、憐の保険証」


押し付けられるまま受け取ると母さんは時計を見遣り「あ、ヤバっ。着替えなきゃ!」と慌てた。


「じゃ、もう仕事行くからちゃんと安静にしておくのよ。ご飯は冷凍チンして適当食べて!棚の奥にストック用のレトルトのお粥とか果物缶はあるはずだから!」


それだけを言い残しバタバタと足音が遠ざかる。


しばらくきて玄関の扉が開いて、閉まる音がすると一気に家の中が静かになった。




なにコレ。


真っ先に浮かんだのはそれだった。


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