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15名前も知らない変人女子

「おお...これが世にいうキャンプファイヤー?」


「なに呑気なこと言ってんの。違うからめっちゃ燃えてるし普通に火事だから」


煙の元は学校傍の古い木造建築だった。


俺たちと同じように野次馬魂に火をつけて集まった生徒や住民らが消防隊員二押し止められている。



なんでこんなことしてんだ。

こんなことしてる暇なんてないだろ。



我に返りその場から引く。



「...なんでついて来る?」


校門を抜け、火事の現場から少し離れたところで俺はトコトコと後をつけてきた『元凶』に振り返った。



「違う。私の行く先に、キミがいるだけ。ねぇ、どうせ向かう先が同じならお話しよう」


眠いのか元々なのか分からないボーッとした無表情のまま女子生徒が見上げてくる。



「いやお話って...悪いけど今から急ぎで用があるんだ。だから...」


こうしている間にも教師が帰ってしまうかもしれない。

急がなければ。そのために耐えてきたんだろ。




「『ボイスレコーダー』」



その一言で俺の足はピタリと止まる。


俺の計画の最重要アイテムだったものを告げられ背筋が凍った。



なんで知ってる?


バレれば計画に綻びが出る可能性もあるし誰にも言うわけない。学校でも常に身につけてるんだし。



「『なんで知ってる?』って顔だ」


本心を言い当てられ心臓が跳ねる。


そんな分かりやすい顔してたか、俺。表情頑張って取り繕ったはずなのに。


咄嗟に唇を噛む。

とにかく今は表情を平常に保たないと。


「なんか顔ギュムってなってる」



「なんだよ『ギュム』って...」


ダメだ。多分誤魔化し失敗。

明らかに怪しまれてる。



これ以上余計な詮索をされる前にさっさと逃げよう。



「待った」


女子生徒に背を向けようとした瞬間腕を引かれる。


「逃げようとしたら叫ぶ」


そんな脅し文句を言われ頭の中でその光景を想像した。


叫ぶ?こんな人が集まってる場で?

そんなことしたら自分だってノーダメージとはいかないのに?


大通りで女子生徒が叫ぶ。事実がどうであれ傍から見れば大事件だ。

しかもこういう時立場が弱いのは男の方と来た。




「...俺が捕まえてるんじゃなくて俺が捕まってる方なんだけど」


俺が襲ってるわけではないのだ。堂々としてろ。


自分にそう言い聞かせてせめてもの抵抗で説得を試みる。


だが、


「それはそれ」


「いや、どれだよ」


秒で突っぱねられた。


俺はこれ以上余計なことに気づかれないように慎重に言葉を選ぶ。


「さっきも行ったけど急いでるんだ。先生に用事があってさ」


そう言って今度こそ立ち去ろうとするとまたもや腕を引かれる。



「それはそれとして」


埒が明かない。


溜息が漏れる。

なんだよこの変人少女。


しかも計画の集大成を見せるという大事な日に絡まれるとか。



そもそも俺はこの女子生徒のことを知らないんだけど。

顔を見たのも初めてだしクラスも名前も知らない。


名前を聞きたいところだが今はその時間すら惜しい。気になるが後回しだ。



それから何度か抵抗を試みるものらりくらりと躱されていく。


何を言ったところで聞く耳を持って貰えないのなら無意味だと悟った俺は大人しく女子生徒に付き合うことにした。

話をする時間すらもったいない。



「それで、俺になにか用?」


「だからお話しようって。...あ、ちょっと違う?言いたいことがあって」


「は?」


意味不明な返答に思わず言葉が漏れる。


「キミにも思うところがあるんだろうけど私に言わせればキミが今からしようとしていることは『時期尚早』だと思う。それを忠告してあげようと思って」


俺を無視して女子生徒は自分勝手に物申し始めた。



『時期尚早』?何が。

頭の中を疑問符が覆う。


女子生徒はぼんやり(まなこ)のまま俺をまっすぐ見つめる。



周囲の喧騒がやけに遠くに感じながら俺は至近距離で女子生徒を睨んだ。


全てを見透かしている。

そんな風に余裕のある目で見られて心底イライラした。



「...なにが言いたい」



「『ポッケに仕込んでるそれ。本命だね?』」


冷たく言う俺を無視してニヤリと女子生徒は楽しそうに僅かに口角を上げた。


ハッと咄嗟にポケットを手だ抑える。


それがいけなかった。

俺の様子を見て女子生徒が笑みを深める。



「やっぱり」と呟いて女子生徒は続けた。


「結構慎重なのにまだまだ詰めが甘い。だから私みたいなのに気づかれちゃう」


自分勝手にそうまくし立ててくる女子生徒にますます混乱する。

何を言おうとしているのか。


何となく察することは出来るが確信は出来ない。

見当違いなことを思っている可能性もある。

何か察してはいるがその『何か』にはまだ気づいていなくてカマをかけている可能性も。


言葉の意味を図りかねて俺は余計なことを言う前に素直に聞き返すことにした。


「さっきからなにを言って...」


言いながら無意識に足を一歩後方に引いた。


人は自分の理解の及ばないことに恐怖する。

今回のはまさにそれだ。

自分勝手に物申す態度といい初対面の男に全く動じない態度といい。相手は頭一個分低い小さな女の子なのに得体の知れない空気感を感じる。



そんな俺の様子なんか露ほども気にせずマイペースに女子生徒は俺の言葉を遮って続ける。


「鞄の中、『予備のボイスレコーダー』入れてたでしょ?で、さっき教室でポッケの中身見えちゃったから『あー、そうか』って。ボイスレコーダーなんてわざわざ学校に持ってきて使うのは部活のときくらい。でもあんな中途半端時間に教室に来たし確かキミ部活やってなかったよね?なのに予備までわざわざ学校に仕込んで来てる。おかしくない?」


こと早に状況証拠を次々と挙げる。まるで徐々に逃げ場のない場所まで追い詰めるみたいに。



事実俺は追い詰められていた。


普段使わない頭をフルに回転させて考える。

女子生徒が言葉を継ぎ足すほど何が言いたいのか、全貌が見えてくる。



「だから『そうでもしないといけないくらいの状況』なのかなって。キミは証拠を確実に掴まないと行けなかった。そしてそれを掴んだんだよね」



女子生徒はどこか楽しげに笑う。

そして後ろ手に組んでからかうように言った。


「キミ、顔に出やすいね」


「...っ」


内心焦りと動揺でいっぱいいっぱいになりながら頑張って顔を平常に保つ。恐らく無意味だろうが。


「...結局、何がしたいんだよ」


自分でも驚くほど低い声が出た。

しかし女子生徒は特に驚くこともなく楽しげな笑みを浮かべたままだった。


「キミはそれで勝った気になっているのかもしれない。でも私に言わせればまだまだ甘い。確実とは言えない。だからね、私が手を貸してあげようと思って」


上から目線に女子生徒が提案する。


何が『手を貸してあげよう』だ。


勝手に推測を並び立てて自分勝手に話し出して。

挙句の果てにその発言。

正直頭おかしいとしか言いようがない。


脳が『こいつと関わったらダメだ』と警告音を鳴らす。

この女子生徒を野放しにすることより関わる方が危険だ。



「慌てて行ったところで担任は帰ってるよ」


逃げる算段を立てるべく視線を校舎に向けた瞬間そう告げられた。


「だって私が帰るの見届けたから」



逃げ道すら塞がれた。

というかなんでそれ、もっと早く言わない。


「...何が目的?」


誤魔化しも、言い訳も、抵抗ももはや通じない。

端的にそう聞いた。



女子生徒は無表情で淡々と告げた。


「もっと確実な方法、私と探そ?」


「は?」


意味が分からなすぎる。


「そんなことして、君に何のメリットがある?」


これは俺の計画。女子生徒には関係ないことだ。

周囲の人間すら見て見ぬふりするこの案件にわざわざ自分から飛び込むメリットがない。



なのに女子生徒は引かなかった。




「だってキミの願いを叶えることが私の『願い』を叶えるための通り道だから」



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