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12タイムリープの副産物

次の日。土曜日ということもあってこの世界に来てからの疲れを癒すべく惰眠を貪った俺は起きるや否や洗面所に直行した。


鏡に映るのは冴えない男の顔。

顎を撫でてもジョリっとした感触はない。


もはやこっちに来て三日目で元の世界に戻れるのではないかという期待はやめた。


服を捲ると痛々しい痣が残っていた。

正直まだ痛む。



外の世界に対する恐怖も増した。

出来るのなら部屋にずっと閉じこもって外を完全に遮断したい。


だけど過去の俺がそれよりも周りの反応に脅えその選択肢を選ばなかったように俺もまたそれは選ばない。



それに目的も出来た。


怒りが押し寄せギリっと歯噛みする。



だが『これじゃダメだ』と服の裾を戻して深呼吸した。



落ち着け。焦るな。


状況は最悪。そしてこれからさらに最悪になる。

未来が分かるだけ身構えるのは出来るけど。


昨日嫌な記憶を無理やり引っ張り出した結果。俺が男子トイレで初めての暴行を受けてから、その先に何をされたのかをだいたい思い出した。


それをまずは回避する。

それと同時にアイツらに復讐する、少なくとも牽制出来る材料を揃える必要がある。



それがいかに難しいかは理解している。

刃向かえないことは過去の自分が証明してしまったから。


一度の選択ミスは計画の失敗を意味するんだ。

慎重二考えて行動しないと。

だがタイムリミットだってある。

このまま記憶通り物事が進んでいくとするなら月曜日には動きがあるはずだ。


この土日で何か少しでもいいから手を打っておかないと......




洗面台の縁に手を付き考えているとガラッといきなり入口の扉が引かれた。


「...なにしてんの?」


学校に行ってたのか制服姿の菜彩(なや)が無表情で扉に手をかけていた。


「...別に」


鉢合わせした気まずさを感じつつ邪魔にならないように退く。



菜彩はそのまま洗面所に入って来て手を洗い始めた。



「鏡とにらめっことかキモいしナルっぽいからやめてくんない?」


こっちを見ずに言い捨てられさすがに俺も言葉を返す。


「別にそんなんじゃないし」


「鏡見ても陰鬱な顔写るだけだし。鏡見る前にそのボサボサ髪バッサリしてきなよ。あとその手垢ベタベタのメガネとか」


フッと菜彩はバカにしたように鼻を鳴らす。



「お前、実の兄にそれは失礼ーー」


そこまで言ってふと気づいた。

とりあえずの『取っ掛り』に。


「そうか」


「なに一人で納得してんの。そういうのがキモ......」


「菜彩!サンキュー!」


菜彩が何か言いかけたのを遮って俺は感動のあまりその手を掴んだ。


「は?」と菜彩がぽかんと口を開けていた。


だがそんなこと些細なことだった。


俺は改めて鏡を見る。



そうだよ。


変えるなら変えるなら見た目から。定石だった。



運命を呪う前に変わる努力をしなくちゃ何も変化しないよな。



というわけで


「菜彩、お前今から暇?」


「は?なんで?」


「ちょっと付き合ってくんない?」



「え、嫌だけど」






恥を捨て拝み倒しどうにか菜彩を連れ出すことに成功した。



「なんか(れん)ここ最近変じゃない?」


渋々といった様子で一歩後ろを歩く菜彩は怪訝そうにそう聞いてくる。


『お兄ちゃん』と呼んでくれないのは相変わらずだ。

兄としての威厳なしだから下に見てるのかもしれない。


...まあ、妹に全力で頭下げる兄だもんなぁ...




目的地に向かって歩いていると菜彩との距離は少しづつ離れていく。


「ちょっ、ちょっとペース早くない?」


俺が置いていかれる形で。


カポカポ早足で歩いていた菜彩は仕方なさそうに立ち止まった。



「普通こういうのって逆じゃない?男の方が歩くの早いもんでしょ」


「それは人によるんじゃない?」


荒い呼吸を何とか沈めていると菜彩がため息をついた。



「だいたいなんで私が付き合わなくちゃ行けないの?こういうのは普通友だ...あ、いや。なんでもない」


「途中まで言いかけてそれはなくない?傷つくぞ」


ツッこむと菜彩は「それ」と俺を指さす。


「その口調も。話し方いきなり変わってるし雰囲気も違うし。急な心境の変化は何?時期も中途半端だしさ。なにかの本の影響?」


そうは言われてもな。

心境の変化の理由を告げよ、なんて言われたところで説明しにくい。

本当のこと言ったところで信じてくれないだろうし、兄がいじめにあっているなんて妹に告げるのは躊躇われた。

威厳なんてそもそもないがそれでも、だ。



「ま、そんなとこ?」


「なんで疑問形だし」


不満そうな顔だったが幸いそれ以上追求されることはなかった。


その代わり


「ま、考え方によっちゃ良い機会、か。身内がいつまでもこんなんじゃ私が恥ずかしいし」


「悪かったな。『こんなん』で」



そう返すと珍しく菜彩がクスッとだが俺の前で笑った。




「...なに、その反応」


菜彩にオススメされた美容院で髪を切り待ち合わせ場所である向かいの本屋で合流した。


ただ髪を切るだけなのに普段行く床屋よりやたら時間も金もかかった。

なんかやたらイケメンの美容師が話来てくるし。



だが無理して背伸びしたからか店員のオススメで切った髪はスッキリまとまっていて陰鬱な空気もなくなっているように見えた。

目を覆い気味だった髪も短くなっていて視界が開けたからか世界が心做しか明るく見える。


そんな風に自賛するほどの出来栄えなのに菜彩はというと俺と顔を合わせるなり読んでいた雑誌を持ったまま目を見開いて固まっていた。



「憐......」


しばらくしてようやく菜彩が動く。


読んでいた雑誌を棚に戻しバシッと俺の肩に手を置いた。


「やれば出来んじゃん」


グッと親指を立てられる。


え、褒められた?

あの菜彩に?


「すっごいよ。髪型一つで人ってこんな変わるんだぁ。むしろなんで今までしなかったんだって文句言いたいレベル」


「そんなに?」


珍しく褒めちぎって来る菜彩に驚く。

口を開けば文句か蔑みしか言ってこなかったあの菜彩がな...


ジーンと感慨深い気持ちに浸っていると当の本人はウンウンと無邪気に頷く。


「やっぱ腐っても私と同じ血が流れてるだけのことはあるね」


「それ、遠回しに自分褒めてない?」


「よーし!乗ってきたー!」


俺を無視し菜彩は一人盛り上がる。

出かける前に比べると雲泥の差のテンションだ。


「どうせならこの際全部一新しちゃお。メガネでしょ、服でしょ。それにそれにーー」


外に引っ張られどこかに連れていかれていく。


「あ、いや...」


そりゃ初めの目的のためいずれ頼もうと思っていたことだし願ったり叶ったりだが今日は既に体力が...


躊躇していると菜彩は立ち止まりビシッと俺を指さす。


「その話し方も!陰キャ卒業するんでしょ。言い篭らない!話す時はねーーー」


ノリノリで菜彩は話し方のレクチャーをしてくれる。


話し方だけじゃない。視線や表情、姿勢まで。どうすれば相手に好感を持たれるかを細かく教えてくれる。


そのアドバイスは的確で分かりやすく未来のカリスマ生徒会長の力量を窺わされた。



そのアドバイスに従い菜彩をエスコートさせられながら実践する。


「もー!ちがぁーう!そこはね...」


ときに厳しく指導されながらワイワイ騒いで。



思い返して見ればこれまで菜彩とここまで距離が近く感じたことはない。

大人になって和解した後でもここまで話はしなかった。


これもタイムリープの副産物...ってか。



記憶と違う出来事に嬉しさが湧いた。



過去は変えられる。それが少しだが証明出来たのだから。



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