ザクロの戦術
「ああ、十分だ。始めようか」
ザクロは塵界を展開する。ザクロを中心に直径50 m強、球形にソウル粒子が展開される。一瞬、青白く光り、消えて見えなくなる。
広いね、これがザクロの全力の塵界か。
ニーアも塵界を展開する。38 mの球形。ザクロと同様に一瞬青白く光り、消えて見えなくなる。
塵界の広さは相手との差の分だけ、戦いを有利に運ぶことができる。
ニーアの口からは笑みがこぼれた。
僕より、ソウルの操作に関する才能が上、おそらく、実力も。背筋がゾクゾクする。僕は挑戦者。燃えるねぇ。
ザクロのソウルが手の平に集約された。来る。
ザクロは手の平で太腿に触れた。その瞬間、ザクロは高速で移動する。
速い。身体が強張り、緊張が走ったようにニーアは感じた。しかし、実際には身体は滑らかに動く。
なるほど。先程の不可解な移動は手の平で自身に触れることによって自身を操ったのか。『絶対軌道』思ったより厄介だね。僕のフル加速と同等ってところかな。
ザクロは腕の表面を爆破し『衝撃の支配者』で、ベクトルを制御、間に合わない腕のガードを無理やり成立させる。
ザクロの蹴りがニーアの腕に当たる瞬間、ザクロはもう一度、手の平を身体に触れる。
しまった。違う、正面じゃない、ザクロが狙っていたのは始めから頭。腕が間に合わない。
ザクロの動きが変化する。慣性力を無視して、ニーアを中心に弧を描く。その流れに合わせて、ザクロは蹴りをニーアの頭に叩き込む。その動きは完全に物理法則を無視しており、何者かに突然進路を変えられた変化球のようであった。
鈍く大きな音がした。咄嗟に『衝撃の支配者』で衝撃を相殺したが、ソウルの濃度が足りず、受けきれなかったダメージが頭に走る。一瞬、視界が途切れ、ニーアは倒れないように踏ん張った。
ザクロはもう一度、手の平で体に触れ距離を取る。手を横に合わせ、その中に黒球を生成した。
次から次へと、厄介だな。ニーアはソウルを高密度に集める。全身に衝撃波を放ち、その力を全て推進力へと変化させる。同時に、自身の塵界内、ザクロの周辺にソウルを集約させた塊を多数、形成した。
『衝撃の支配者』による連続加速攻撃。自身への衝撃波と、周囲への衝撃波を操ることで超高速での連続移動を可能にする。
一撃目を足でガードしたザクロはすぐに黒球を手放した。ニーアによる、高速の攻撃を両腕を駆使してガードする。
読まれてるね。両の手の平に掴まれたら分解、爆破の即詰みだ。だから僕は正面ではなく、基本的に後方。背中と足を中心に攻めざるを得ない。わかりやすい縛りを掛けられている。これは少しずつ削っていくしかないかな。
今後の戦術について思考を巡らせていたニーアは、目を見開く。ザクロの捨てた黒球が動いたのだ。しかし、スピードはそれほどでもない。ニーアは、自身に飛んできた黒球を身を捻ることで避ける。角度を変え、ザクロの足を削る。
ザクロは手の平で自身に触れた。一瞬のうちに、彼方へと飛び背中が小さくなる。
逃がさない。『衝撃の支配者』。ニーアも自身を加速させ、追いつく。しかし、高速で軌道を変えるザクロを見失った。立ち止まると、そこには大量の黒球があった。
黒球は一直線にニーアに直撃し、爆轟する。しかし、ニーアは『衝撃の支配者』でそれを相殺した。
「困ったね」見失った。こうなると、厄介なことになる。
石柱の影から、黒球が飛んでくる。今度は速い。避けきれない速度の曲射。『衝撃の支配者』。
ニーアの脇腹が貫かれ、飛び散った血が地面に降りかかる。脇腹からは血が噴き出した。
ニーアはすぐに自身を加速させ、石柱を破壊する。当然、既にそこにザクロはいない。
腹から溢れる血を手で抑え、ソウルを集中させる。細胞を引っ張って縫い付けるイメージ、腹に空いた穴を皮膚同士で結合させることで取り繕う。
今のが、分解の能力が付与された球か……。『衝撃の支配者』が上手く機能しなかった。感覚としては、集めたソウルが散らされた、自分は今、強く拳を握っていると思って自分の手を見てみたら、手を開いていたかような、そのくらいの誤差があった。分解と聞いて、てっきり結合を細かい衝撃で破壊していくものかと思っていたけれど、これは分散に近いね。クーロン力からソウルまで、あらゆる粒子間に働く力を拡散する能力だと思った方がいい。
厄介なのは、『絶対軌道』。あの能力がある限り、黒球を避けることができない。つまり、必ず相殺しなければならないってところだね。
あの能力を相殺するとなると、高濃度、それこそガス欠覚悟で全身にソウルを集約させるか、両腕、両足と言った局所的にソウルを収束させた状態で、ソウルを拡散させるよりも早く黒球に触れ、衝撃のベクトル操作を行う必要がある。間違いなく、長期戦は不利。僕がザクロを見失った今、相手が取る選択肢はただ一つ。僕が擦り切れるまで攻撃を続けること。
ザクロの能力のポイントは片腕ずつしか能力を発動できないところにある。もし、自身が高速移動を続けるなら、もう片方の腕は『絶対軌道』を使えない。つまり、黒球を発射できないということになる。裏を返せば、黒球を操作している時は、高速移動できない。
黒球が全方位から飛んでくる。ニーアは全身にソウルを集め、爆撃を受け続けた。粉塵で視界が見えなくなるも、塵界を介して、自分の命を削りにくる、そんな気配をニーアは感じていた。
脳に霞がかかる感覚。ソウルが散らされた。分解の球がくる。手足にソウルを集約し、殴り飛ばし、蹴り飛ばし、体が貫かれるのを防ぐ。
十発に二球といったところか。比率としては分解の弾の方が少ないが、確実に削りにくるタイミングを図っている。基本的には当たれば美味しい爆発の球で攻めてその隙間に、分解の球で確実に削っていくスタイルか、堅実だね。
ザクロの能力のポイントは片腕ずつしか能力を発動できないところ。もし、自身が高速移動を続けるなら、もう片方の腕は『絶対軌道』を使えない。つまり、黒球を発射できないということになる。裏を返せば、黒球を操作している間は、高速移動ができない。片腕ずつしか使えない以上、丁寧に球が放たれた順番を追っていけば、この月明かりの粉塵まみれの視界でも、ザクロを見つけられるはずだ。
ニーアは意識を集中する。透き通った頭で、球の軌道を冷静に精査していく。
球の入射角度はほぼ全方向から。しかも、僕に衝突する球のタイミングはランダムで目立った規則性はない。でも、僕から離れた球が通った軌道。そこに残る、重力子の残滓、その濃度は誤魔化せない。
ニーアは自身の塵界に強く意識を集中する。新しく塵界に入ってくる黒球ではなく、黒球が通った後、ザクロのソウルによって無理やり動かされた重力子を感じ取る。風の揺らぎを感じるような、繊細な作業だった。ニーアは見逃さない。
左後ろから右後ろへ、移動している。上昇し、左へ……次はあの石柱の影っっっ!!!
ソウルにより引き起こした衝撃を推進力に変える。最速で石柱を破壊する。
ーーー黒球ッ!!!なぜッ!!!
石柱の影には黒球があり、黒球はニーアが認識した瞬間発射された。直撃し、爆発する。
粉塵が舞い近くにあった石柱はその原型すら残らない、辺りには石片が飛び散る。
ニーアは爆撃によるダメージを受けるも何とかガードが間に合い軽症で済んだ。しかし、爆風により、吹っ飛ばされていた。
「次の攻撃、ソウルを集中しないと、死ぬよ」ザクロは微笑み、闇の中から忠告する。
ニーアは硬い壁面に叩きつけられ、悟った。
自分が叩きつけられた場所は黒い扉。
ニーアはにやける。「冷徹だね」
ニーアの時は止まり、激怒の表情をした石像が石の棍棒で殴り飛ばす。衝撃に耐えられなかった体からは血液が皮膚を破って溢れ出た。ミチッと言った短く高い音がし、骨は折れ、一直線に山の岩壁に叩きつけられる。隕石が落ちたかの様な重い衝撃音がした後、岩石が砕け落ちる音が遅れて聞こえた。