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戦闘への執念

 


 雨風で傷んだ石の柱を横切った。ある法則に従って敷かれた石畳は、昔、多くの人が通ったせいか所々凹み、でこぼこになっていて歩きにくい。淵の方にある石畳のひび割れからは雑草が生え、今では道の中央しか利用されていないことが窺える。辺りを見渡すと半壊した建造物が至る所にあった。遺跡なのだから、それも当然かとニーアは思う。


 静かな夜の空気の中、ニーアは祭壇へ続く階段を昇っていく。階段は淵の方が風化し崩れており、階段を昇るたび細かな砂利が靴底をザリザリと振動させた。ずいぶん昔に建造されたものだからか一段ごとの幅も大きく作られており、若干、股を大きく開かなければならなかった。しかし、ニーアは全く気にならない。階段を一段、また一段と上がっていくごとに身体の中が高揚で満たされ、血液が後頭部から爪の先まで痺れていくのを感じていたからだ。


 ザクロ=クシルフォン、この先に長い間、探し続けた男がいる。その事実が、ニーアの口角を緩ませる。


 階段の頂上には開けた空間があり、その周りを何本もの石でできた柱が、規則正しく囲んでいる。正面には大きな石像が黒光りする扉を挟んで二体並んでいるのが見えた。石像は、顔に般若のような猛烈な皴があり、巨大な石の棍棒を持っていた。しかし、その向かい側の石像は、対称的に、穏やかに目をつむり、何かに祈るように手を合わせる造形をしていた。大きさは人間の五倍程度、石像と祭壇は村人から聞き出した内容よりも数段目を見張るものだったが、ニーアはゆっくりと落ち着いた足取りで進み、祭壇の中央辺りで停止する。


 二体の石像の間にある黒い扉、黒曜石のようにつるつるとしたその表面は扉の頑強さを想像させる。その黒い扉の前には一人の男がいた。


 ニーアは静かにその男を観察する。気配を消し、何が起きるのかを見逃さないよう凝視する。


 男はソウルを纏い扉に手を掛けた。その瞬間、石像の目が開き、男の動きが動画を止めたかの様にピタリと静止する。同時にもう一方の石像が動き出し、手に持っていた棍棒で勢いよく男を殴り飛ばした。鈍い音と共に男が吹っ飛ぶ。風を切る音が聞こえるのほどの速度で飛ばされた男はそのまま、石柱に叩きつけられ、柱は崩れ落ちた。微かな呻き声を上げながら地面に投げ出される。


 男は上体を起こし大きな溜め息を付いた。

 

 そして、少しして祭壇中央で気配を殺していたニーアに気づくと「何の用だ」と口にした。


 「ん~、僕の勝手な想像だけど、きっとその扉を無理やり開けるのは不可能だと思うよ」


 「……それはおれが決めることだ。わかったら、とっととこの場から消え失せろ」ザクロは服についた埃を払い立ち上がる。ニーアをにらみつけ、腕を組んだ。


 「あの石像、目を閉じている方はね、時間を止めるんだ。扉に触れた者の時間を止め、その間に、もう一体の石像が敵を排除するらしい、突破には時間がかかると思うよ」


 ザクロは眉を上げ、ニーアを見た。「なぜ、それをお前が知っている」冷ややかに目を細める。


 「さあ、なんでかな」ニーアは、ザクロから一瞬漏れ出た殺気に笑みがこぼれた。対峙してみるとはっきりわかる。相手から滲み出る敵意で、自分が求める存在か。彼はやはり素晴らしい。僕の想像通り。君は僕の戦う相手に相応しい。


 「答えろ」ザクロのソウルの流れが変わる、身体に纏っていたソウルが統制を取り出した。その流れには歪みがなく、非の打ちどころがない。ザクロは両の手を横に合わせる。その構えがどんな攻撃に繋がるのかは分からないが、臨戦態勢に入った、と確信できる殺意を放っていた。


 「もう始めるのかい?、いいよ、僕は、一向に構わない」ニーアもソウルを纏う。全身が太陽の日差しに照りつけられたかのような温かみと高揚感で満たさせる。こんなにも早く、願いが叶うとは、とつい舌なめずりをしてしまう。


 ニーアもソウルを纏ったことに驚いたのか、ザクロは少し目を見開く。しかし、その後、深い溜め息を吐き、臨戦態勢を解いた。「やはり、答えなくていい、とっとと、ここから立ち去れ、そして、俺に二度と顔を見せるな」とあからさまに幻滅を表に出す。


 「おや、どうしたんだい、僕が石像と扉の謎について知っていることが気になっていたんじゃないのかい?」


 「……それは、麓の村で聞いてきた受け売りなんだろう。つまり、おれは手順を間違えていた。村に行って情報を集める所からやり直すことにする」


 「そんなまわりくどいことをしなくても、僕から無理矢理にでも聞き出した方が早いんじゃないかい」


 「わざわざ、お前の様な胡散臭い輩の誘いに乗ってやる必要はない。時間の無駄だ」ザクロは裾を直し、歩いてニーアの横を通り過ぎる。その際、目の端でニーアが不気味に笑うのが見えた気がした。


 「待ちなよ」


 「なんだ、まだ何か用があるのか、暇なやつだな」


 「村人は全員、僕が殺したと聞いても行くのかい?」


 ザクロが硬直する。




 「ほぅ…。」




 振り向き、静かに臨戦態勢に入る。




 「……お前、名は何という」


 「ニーア=インビラカビレ、少しはやる気になってくれると嬉しいんだけど」


 「ニーア=インビラカビレ、聞かない名だな。その頬の二重線はお洒落か、何かか」


 ニーアはそっと自分の頬に触れる。「この赤と白の二重線は、成人の証さ。僕が育った村では成人を迎えると頬に赤と白の二重線を引く。まあ、ただのお洒落だね」


 「その二本線、見覚えがある。赤と白の二本線、村、どこかで……。ああ、思い出した。お前、サンダタ村の出身か」


 「へぇ、覚えているんだね。てっきり僕は殺戮した村の名前なんていちいち頭に残さないタイプの人間かと思っていたよ。案外、優しいんだね」


 「村の名前を覚えていただけで優しいのなら世の中の人間は大体、優しいと思うがな」


 「まあ、厳密には僕はサンダタ村の出身って訳じゃないけどね」


 「敵討ちか」


 「えっ?」予想外の話の転換にニーアは戸惑う。今までの自分の発言を振り返って、確かに、殺戮された村から来たのだから自分を復讐者と理解する方が自然か、と思い至った。ザクロと自分の感覚ずれがおかしく笑いがこみあげてくる。


 「クック…。違う。違う。僕はただ、君と手合わせがしたいだけだよ。村が壊滅してようがどうだっていいさ。僕はただ戦闘を楽しみたいだけ」


 「……狂っているな。人間は基本、戦いを避けるものだ」


 「君に言われたくないね。欲しいものを奪うためだけに殺害だろうが、脅迫だろうが、全く手段を選ばないくせに。君、裏でだいぶ噂になってるよ。お陰で僕は君にたどり着けた訳だけど」


 「なるほど、だから最近、お前の様な奴がおれの周りに現れるのか。近々、潰しておく必要があるな」


 「大丈夫だよ。安心して、今夜、僕で終わるから、この祭壇は君の墓標になる」


 「やってみろ。今回はお前の執念に免じて付き合ってやる。ただし、勝てるとは思うなよ」


 「どうかな?」ニーアは高密度にソウルを纏い、塵界を発生させる。「それは…。やってみなくちゃわからない」爆発音とともに、高速で移動したニーアは蹴りを入れる。しかし、すでにその場に、ザクロはいない。


 「確かにそうだ。どんな物事も、ある程度はやってみなければ判断できないものだ」


 自分の後方、少し離れたところにザクロはいた。


 「……やるね」どうやったかは、わからない。が一瞬のうちに移動した。手足を動かさずに、平行移動するように。推進系の能力だとは思うが、ここまで一瞬で軌道を引けるとなるとなんらかの制限があるはず……。


 「一つ質問がある」ザクロはニーアに訊ねる。


 「なんだい?」


 「お前はおれとの全力の手合わせを望んでいるようだが、お前が石像と扉の情報を握っている以上、おれは多少、手加減せざるを得なくなる。殺してしまっては口がきけなくなるからな。それは、お前の求めているところのものではないのだろう?。その辺に関してはどう考えているんだ」


 「ああ、ご心配なく。祭壇と扉のことはこの遺跡の入口の石柱に書いておいたから、僕を殺してしまっても、問題ないよ」


 「なるほど、用意周到だな」


 「当然、僕は妥協しないタイプなんだ」


 ザクロは両の手を横に合わせ、ソウルを集中させる。手の中に、複数の黒球が現れた。


 黒球?創造の能力。だとすると、推進の能力と併用して、球を自在に操ってくるってところか。おそらく、球に何らかの能力が付与されている可能性が高い。だったら。


 『衝撃の支配者(インパクトルーラー)』衝撃を、制御せよ。

 

 ニーアの身体と身体周辺を高濃度のソウルが取り巻く。


 ザクロの手の平から黒球が飛び出した。まっすぐにニーアに飛んでいくものと、弧を描いて、遅れてニーアに飛ぶ二種類に分かれた。


 やはり、推進。半分は遅れてくる。まずは第一陣。


 正面からの黒球をニーアは受ける。黒球はニーアのソウルに触れた瞬間、爆発した。


 爆発の衝撃が全身に伝わる。突風を正面から受けたため、身体が沈む。ニーアは水の入った大きな風船を押し返す感覚で、爆発を外側に弾き返す。なかなかの規模の爆撃。生身で一撃でも喰らったら、一溜りもないね。


 正面からの爆撃を捌き終えると、側方からも黒球が飛んでくる。ニーアは両の手で、爆発を弾き返す。


 「その凌ぎ方は概ね正しい。今の球の軌道はソウル以外では逸らすことは出来ない。『絶対軌道(ロードメイカー)』。それが俺の能力。例え、軌道上に鋼鉄の壁があったとしても、引かれた軌道は必ず遵守される」


 『絶対軌道(ロードメイカー)』ね……。厄介だな。完璧に避けるか、能力で防御しなければ、ダメージを受けかねない……。柱に隠れて射線を切ることもできないとなるとこれは消耗戦になるね。でも、それだけだとあの爆発の説明がつかない。


 「嘘だね。君はもう一つか二つ能力を持っている」


 「そうだな。俺はこれに加えて、あともう二つ。能力を所持している。『狂いの破壊者(クレイジーブレイカー)』、『冷徹な静寂(コールドクワイエット)』。どちらも、片手で発動する能力だ。触れたものを、爆破、もしくは分解する。また、爆破、分解する能力を触れたものに与えることもできる」


 「へぇ……」爆破はともかく、分解か……。どのタイプの分解かによるな。『衝撃の支配者(インパクトルーラー)』で受けられるかどうか試さなければならないね。


 「『狂いの破壊者(クレイジーブレイカー)』も『冷徹な静寂(コールドクワイエット)』も能力を付与する場合は、触れている時間が長いほど威力を増す。『狂いの破壊者(クレイジーブレイカー)』の威力は、先程見せたものが最大だ。最大威力にするためには3秒程度、対象物に触れ続ける必要がある。『冷徹な静寂(コールドクワイエット)』も同様だ」


 「御託はもういいかい?再開したいんだけど」


 「あと一つ。僕は三つの能力を同時に使うことはできない。一つの能力につき片腕を一本使用してしまう。つまり、同時に使うことができる能力は二つまでだ」


 能力を淡々と説明するザクロの態度に沸々とニーアの体温が上昇する。イライラを押えるため足元にあった石を思い切り、ザクロ目掛けて蹴り飛ばす。石はザクロには当たらず、近くにあった石柱を崩壊させる。


 「いい加減にしてくれないかい?長々と説明してくれるのはありがたいんだけど、相手の能力を探りあうのも勝負を分ける根幹のひとつだろう?。勝ちには拘ってくれないかな。萎えるんだよね、そういうの」


 「これは決闘なのだろう?だったら、昔ながらの形式を遵守するべきだ。決闘を受けるかどうかはお前が決めろ。ただし、この戦い。おれが100パーセント勝つ」


 ……。まあ、いいや。君に合わせるよ。君がそれで全力を出せると言うのなら僕は僕の流儀を喜んで捨てよう。かといって当然、負ける気はさらさらないけど。「100パーセントねえ。僕は君のような自信家が、こんなはずではって(くずお)れる瞬間が堪らなく好きなんだよね。楽しみだ。僕の能力は、『衝撃の支配者(インパクトルーラー)』。僕は、僕のソウルに触れたあらゆる衝撃を操ることができる」


 「衝撃を?なるほど、それでおれの爆撃を防いだのか」


 「塵界内の衝撃は僕の自由自在。自分自身で引き起こした衝撃を収束させ、一方向に集めることも可能だよ」


 「それがさっきの機動力の仕掛けと言う訳か」


 「そっ、もういいかい。続きを始めたいんだけど」


 「ああ、十分だ。始めようか」




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