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第五夜 1/2枚のとんかつ

能登亜麗砂(のとあれさ)

 ある事件をきっかけに理真と知り合いとなり、その縁から今は新潟市内で弁当屋“とらとりあ”を営む女性。いかに良い素材を使って安価な弁当を作り上げるかの開発に余念がない。愛称は「あれさん」

 登場作品『殺人鬼いろは』『オーバー外套コート』他

 こんな夢を見た。


 私は、あれさんこと能登亜麗砂と二人で、とある食堂に入店した。この店のカツ丼が絶品だという噂を聞きつけたあれさんが私を誘い、その味を確かめるべくランチも兼ねて敵情視察(?)と洒落込んだのだ。

 メニューの中に、“ハーフ&ハーフ定食できます”という文句があった。単品メニューを半分ずつ二皿に分けて注文できるセットだという。つまり、カツ丼とラーメンを食べたいが、さすがに二つを平らげるのは無理、などというときに、ハーフカツ丼とハーフラーメンをセットにしてくれるというわけだ。

 亜麗砂の提案で、私たちは二人とも“ハーフ&ハーフ定食”を注文することにした。もちろん、それぞれ別の料理で。ハーフ定食をさらに二人で分け合えば、都合ひとりで四種類の料理を味わうことが出来る。カツ丼のみならず、なるべく多くの味を偵察(?)しておきたい亜麗砂としても、これは絶好のセットだ。ということで、亜麗砂はカツ丼とチャーハン。私は親子丼とラーメンの、それぞれセットを頼むことにした。

 注文を受けた中年女性の店員が厨房に戻っていく。この店はL字型のカウンターに、テーブル席が二席だけのこぢんまりとしたした店だ。天井近くの角に設えられたテレビからは公共放送が流され続けている。

 私と亜麗砂はカウンターの隅に席を取っていた。厨房との間には仕切りも何もないため、ここからは厨房での調理の様子がつぶさに鑑賞できる。亜麗砂は調理の待ち時間にも、雑誌を読んだり携帯電話をいじったりすることもなく、じっと厨房の中に食い入るような視線を注いでいる。さすがは料理人、味だけでなく調理の過程もじっくり観察しようというのだろう。テーブル席は開いていたのだが、亜麗砂があえてカウンター席を陣取った理由がこれだ。

 私たちのすぐあとから、男女二人組の客が入店してきた。注文を取りに行った店員は、厨房に戻ると「カツ丼とラーメンのハーフ定食二つ」と告げていた。

 厨房では調理が着々と進んでいく。寸胴鍋の縁では引っかけられた麺が茹でられている。巧みに振りさばかれる中華鍋ではチャーハンが躍る。その隣のフライパンでは、鶏肉をタマゴで閉じた親子丼の具が火にかけられている。一方では、衣をまぶした豚肉が煮えたぎる油の中に放り込まれた。調理は料理長と(おぼ)しき中年男性と注文を取りに来た女性の二人だけで行われている。二人とも動きに一切の無駄がなく、私たちと男女二人組が注文した都合四種類の料理を、入れ替わり立ち替わり作業を分担して見事に作り上げている。この息の合いようといい、年齢も近そうなことからして、二人は夫婦だと察せられる。男性のほうを「親父さん」女性のほうを「女将さん」と便宜上呼ぶことにしよう。

 四つ並べられた丼にごはんが盛られた。そのうちのひとつに親子丼の具がかぶせられ、残る三つには揚げたてのトンカツが乗せられる。カツ丼の注文はハーフが三つであるため、通常の一枚ものと、あらかじめ半分に切られたもの、大小二つの衣をまぶした肉が揚げられ、親父さんが一枚もののカツを包丁で半分に切り分けることで、三食分のハーフカツ丼は完成された。チャーハンがひと皿とラーメンの三杯も用意が調い、四人分のハーフ&ハーフ定食は完成した。

 私とあれさんにはカウンター越しに女将さんからの手渡しで、男女二人組には親父さんによってお盆が運ばれる。私のカツ丼は最初からハーフサイズに切られて揚げられたほうだった。こちらのほうが切断面にまで衣が付いているので、少しお得感がある(のか?)。私、亜麗砂と男女客の四人は、ほぼ同時にいただきますをして箸を取った。

 カツ丼が噂どおりの絶品だったかは正直分からない。夢だからという理由の他に、カツ丼を味わうどころでない事件が発生してしまったためだ。

 女性の甲高い悲鳴が店内に反響した。何事かと見やると、女性の対面に座っていた男性がテーブルに突っ伏していた。私は駆け寄り、男性の脈を取った、が……。心配そうに覗き込んでくる亜麗砂の目を見返して、私は力なく(かぶり)を振った。男性の息はすでになかった。



「毒殺です」


 私は死亡した男性の様子を見て、そう判断を下した。実際の私には当然そこまでの検視能力などあるわけがないが、これは夢だからいいのだ。

 連れの女性は力なく椅子に腰を落とし、厨房の中の親父さんと女将さんも、信じられない、といった驚愕の表情を浮かべていた。

 私はテーブルの上を見た。男性はカツ丼とラーメンの双方にすでに箸を付けていた。カツは端部分の僅かな切り身を残すだけで、ごはんの量も半分以下、ラーメンも三分の一程に減っている。あとはセルフサービスで持って来た水。これも明らかにある程度の量が飲まれたあとだ。このどれかに毒が含まれていたのか? そうであるとすれば、それが可能だった――すなわち男性の飲食物に毒を仕込むことが出来たのは、誰か? 時間を遡って考えてみることにする。

 まずは対面に座る女性だ。次に料理を運んだ親父さん。最後に調理をした同じく親父さんと女将さん。親父さんは二つの段階で容疑をかけられることになる。私は女性のほうの定食にも目をやった。こちらもカツ丼、ラーメンとも半分に近い量がすでに食されていた。

 思い返してみる。まず女性だが、私は食べることに集中していたため、彼女の動作に注意を払うことなどなかった。テレビの音のため、二人が何か会話をしていたのかも耳にしていない。しかし、対面に座る相手が自分の食べ物に何かを混入するような真似をしてきたら、さすがに気付くのではないだろうか。もし女性が犯人で、それに成功していたのであれば、毒物を入れた容器をまだ所持しているはずだ。ずさんすぎる犯行と言うしかない。

 次に、親父さんが料理を運ぶ最中に毒を入れたというのはどうだろう。これは難しいのではないかと思う。というのも、親父さんは二人分のトレイを同時に運んでいたため、完全に両手が塞がっていたからだ。テーブルにトレイを置いたあとに毒物を混入しようとしたのであれば、客がそんな怪しい動きを見逃すとは思えない。

 最後に厨房の中ではどうか。男性と女性には同じ調理場所、調理器具で作られた、()()()()()()()()()()()()()()のだ。そのどちらかだけに毒物を混入するなど可能なのだろうか?(女性のほうの料理に毒物が入っていなかったことは、彼女自身が無事であることからも明らかだ)。私たちの席からは調理の一部始終を観察出来ていたが、少なくとも私の目には、親父さんにも女将さんにも、そのような怪しい動きは確認できなかった。それに、男性が死亡していることを聞いたときの、あの顔だ。恐怖と驚愕を貼り付けたような二人のあの表情は、突然の毒殺事件に心底驚いているといったふうに私には見えた。

 私はともかく、料理のプロである亜麗砂の目にはどう映ったのか、訊いてみようとしたら、


「犯人は、あなたですね」


 びしりと亜麗砂が指を突きつけたのは、厨房に立つ親父さんだった。何かを言い返そうとしたが上手くしゃべれないのか、口をぱくぱくさせている親父さんに向かって、さらに亜麗砂は、


「毒が混入されていたのは、そのトンカツです」


 と、あとひと口分程度残されたカツを指さした。私は亜麗砂に向かって、


「どういうことなの? あれさん。あのトンカツは、もともと一枚だったものを包丁で二つに切り分けたものだよ。私も見てたけど、そのどちらかにだけ毒物か何かを混入させたりするような動作はなかったはず」

「包丁だよ、毒物は包丁に塗られていたの、それがトンカツを切った際に、断面に付着した」

「待って、それなら、女性が食べたほうのトンカツにも毒物は移るはず」

「毒物は、包丁の片面だけに塗られていたんだよ」

「――あっ!」

「そうなの。親父さんは包丁の向かって右面だけに毒物を塗っておいたの。その包丁で切れば、毒物は右側のトンカツにしか付着しないというわけ。あとは、その毒物の付着したほうのカツ丼をターゲットに配膳すればいい。私、変に思ってたの。注文を取りに来たのは女将さんだったから、配膳も同じように女将さんがやるほうが自然なはず。なのに、実際の配膳は親父さんの手によってされていた。それに、最初からハーフカツ丼の注文だって分かってたんだから、由宇ちゃんに出したのと同じように、始めからハーフサイズに切った肉を揚げるほうが自然。なのに、わざわざ一枚のトンカツを揚げてから、それを半分に切ったというのが解せなかったの」

「あっ、最初から毒を塗った包丁で切った肉を、他のものと一緒に揚げたら……」

「そう、フライヤーの中で、どれが毒入りトンカツか分からなくなってしまうもんね。それに、毒が油の熱で消え去ってしまう可能性もあるわ。それを防ぐために、わざわざ一枚のトンカツを揚げてから半分に切らなきゃならなかったんだよ」

「で、親父さんは、その毒入りのカツ丼を男性に配膳して――」

「違うの」

「えっ?」

「毒入りのカツ丼は、()()()()()()()()()()()んだよ」

「ええっ? で、でも……」

「そう、実際に死んだのは男性のほう。どうしてこうなったかというと、配膳後、女性と男性がお互いのカツ丼を交換したからなの」

「えええっ? どうしてそんなことが分かるの?」

「カツの形」

「形?」

「そう。私はずっと厨房での調理の様子を見てたから分かるの。トンカツって、同じ形をしたものは二つとない。似たような見た目でも、全部がそれぞれ微妙に違った形をしているの。型にはめられて作られた人工物じゃなくて、天然素材である豚さんのお肉なんだからね。形状に違いが出てきて当たり前。私は調理が終わって配膳されるまでの一部始終を見てたから間違いない。今、女性の側に配膳されたこのカツ丼のハーフトンカツは、男性側のカツ丼に載せられたものだったはず。半分食べかけだけど、残された形から一目瞭然よ」

「……そ、そうなの?」

「二人がカツ丼を交換した理由は多分、女性のほうに配膳されたカツのほうが若干大きかったから。ダイエット中なのか、彼女はカツの小さいほうと代えてくれと男性に頼んで、カツ丼を交換した」

「じゃ、じゃあ、本来毒殺されるはずだったのは……」

「そう、女性のほう」


 それなら納得がいく。男性が死亡した直後、親父さんがあんなに驚いた表情をしていた理由が。毒入りのカツ丼を配膳したはずの女性ではなく、男性のほうが死んでしまったのだから。

 乾いた音がした。親父さんの手から滑り落ちた包丁が床に落ちた音だった。こっそりと包丁を洗って毒物の痕跡を洗い流そうと目論んでいたのだろうか。


 親父さんが女性を殺そうとした動機などは一切分からない。そこで夢から覚めてしまったから。多分、あの夫婦には自殺してしまったひとり息子でもいて、その自殺の原因がその女性にあったのだが、そんな証拠もなく、また本人もその自覚がなったくないまま、女性はたまにああして店を訪れていたのだろう。親父さんは、今度女性が来店したときに備えて、常に厨房に毒を塗った包丁を常備していたのだ。何せ、あの店は厨房の様子がカウンター席から丸見えだ。毒を盛っているところを他の客に見られるわけには絶対にいかなかったから、と勝手に解釈している。

 そもそも、トンカツの断面程度に付着させた量で、食べ物の味を変化させることもなく、大人を即死させられる毒物なんていうもの自体が、夢の産物なのだ。

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