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第十夜 夢の向こう

不破ふわひより

 ジャンルを問わず何でも書く雑食作家。恋多き女流作家として知られ、流した浮名は数知れず。

 ひよりの後押しを受けてデビューした理真りまにとっては、作家としての師とも言える存在。

 登場作品『流星より愛をこめて』


()(じま)由宇(ゆう)

 理真のワトソンであり、高校時代からの親友。理真が居住しているアパートの管理人職に就いている。

安堂あんどう理真ファイル」は、基本的に由宇が一人称の語り手を務める形で綴られる。

 こんな夢を見た。


 私は、理真の師匠である不破ひよりと電話で通話をしている。夢だから、前後の脈絡もないまま突然シチュエーションに放り込まれるのは致し方がない。


「それでさぁ」ひよりの声がスピーカーから、「由宇も、そろそろ書いてみる気はないの?」

「何をですか?」

「小説」

「はぁ? 何で私が? それに、いったい私が何の小説を書くっていうんですか?」

「決まってるじゃない。古今東西、ワトソンが書く小説っていったら、ひとつしかないわよ」

「そ、それは、もしかして……」

「そう」当然、姿は見えないのだか、電話の向こうでひよりが頷いたのが私には分かった。「理真が解決した事件の記録小説よ」

「そうなりますよね……」

「名付けて『安堂理真ファイル』」

「勝手にシリーズ名を決めないで下さい」

「もう、だいぶ事件の記録も溜まってるでしょ」

「ええ、まあ」


 そう、理真が関わった事件については、すべて私が資料を保管して記録しているのだ。


「由宇、書いちゃいなよ。アパートの管理人なんて、暇を持て余して仕方ないでしょ」

「全国の管理人さんたちに謝罪して下さい」持て余す、とまではいかなくとも、日々忙殺されるほどの仕事でないことは確かだが。「それに、私には文才なんてないですよ」

「名探偵の事件記録小説、いわゆる“ミステリ”だから、その辺りは大丈夫よ」

「どうしてですか?」

「ミステリに使われる文体は、起きた事件の様相を明確、かつ簡潔に伝えるための、分かりやすいものであるべきなの。そこに美辞麗句や過剰な修飾は必要ない」

「まあ、確かに、どんな美文でも、現場の状況を分かりやすく読者に伝えられないと本末転倒ですものね」

「そう、読書がミステリに求めるものって、美文に酔うことじゃなくて、謎解きの鮮やかさと驚きだからね。それに、“ミステリ”の多くが、名探偵自身じゃなくて、ワトソンが書き手になってるのにも理由があるのよ」

「それは?」

「ワトソンが書いて、ワトソン自身が読んでも理解できるくらいの文章なら、世の中のほとんどの読者にも問題なく読めるってこと」

「……もしかして、私、バカにされてます?」


 古今東西のワトソンを代表して抗議させてもらっていいだろうか。


「違うって、ごく普通の一般人の視点が大事ってこと。ただでさえ複雑な事件やトリックが、常人には計り知れない思考回路を持つ名探偵によって書かれてごらん、もうわけがわからなくなるわよ」

「そんなものですかねぇ……」

「そうそう。常識の規格外の存在、いわば変人である名探偵と超犯罪者の戦いを、一歩引いた常識人の目で追うからいいのよ」


 古今東西のレジェンドたちと比較しても、理真はそこまで変人ではないと思うが。胃袋が規格外なのは認める。


「うーん」と私は唸って、「百歩譲って書くのはいいとして、まず、何から書いたらいいですかね?」

「私は、あの事件をおすすめするわ。異様な武器が凶器に使われた密室殺人事件の」

「ああ」

「丸柴刑事をはじめ、城島警部や中野刑事たちもまんべんなく活躍してバランスがいいから、登場人物の紹介も含めてもってこいでしょ」

「言われてみれば確かに」

「名付けて『サイキ大戦殺人事件』!」

「タイトルまで! でも、ちょっと変なタイトルじゃないですか? それに、今どき『殺人事件』て」

「何を言ってるの由宇。日本の名探偵最初の事件には『殺人事件』と付くのが定番じゃない。明智小五郎の『D坂の殺人事件』、金田一耕助の『本陣殺人事件』、神津恭介の『刺青殺人事件』」


 いわゆる“新本格時代”と呼ばれる頃に登場した名探偵になると、そうでもなくなってくるのだが、まあ余計な口出しはしないでおこう。


「ねえ、由宇、今すぐにとは言わないからさ、考えてみてよ。私も読みたいし、理真の活躍」

「そ、そうですか……」


 答えながら私は、理真が解決してきた数々の事件を回想し、それらにふさわしい「タイトル」を思い浮かべていった。……『隻腕鬼』『殺人鬼いろは』『流星より愛をこめて』……どうも古くさいな。私もひよりのことをとやかく言えない。

 考えておきます。とだけ答えて、ひよりとの通話を終えた私は、携帯電話を放り出して横になった。

 天井を見ながら私は、子供の頃に好きだった人形遊びのことを思い出した。お気に入りの人形、ぬいぐるみたちを登場人物に仕立て、ストーリー性のある人形遊びをやるのが私の密かな楽しみだったのだ。

「ストーリー性」(もちろん、当時はそんな言葉は知らなかったが)とわざわざ付けたのは、どういうわけだか私は、人形遊びに当時好きで観ていたアニメやドラマのような、起伏のある展開を好んで入れていたからだ。しかも一回の遊びごとに、きちんと「オチ」のようなものを付けて終え、人形を片づけながら次回の話を考えたりもしていた。つまり、私の中だけで展開している連続ドラマのようなものだったわけだ。

 誰に見せるわけでも、内容を聞かせるわけでもないというのに、私は人形遊びを「いかに面白くするか」あるいは「過去の話(人形遊び)の展開と矛盾しないか」ということに異様に執心していた。私の演出する人形遊びが、ここではない別のどこかの世界で、きちんと「連続ドラマ」として誰かに見られている、というようなことを妄想していたのだ。痛い子供だった、と我ながら思う。

 今、私がそんなことを思い出したのは、私の頭にある理真が解決してきた事件の記憶が、別の世界の誰かの頭の中に流れ込み、その誰かが私になりきって小説として書いてくれ、それを読んでくれている読者がいる、というようなことがあるのではなかろうか? などという突拍子もないことを考えてしまったためだ(その「誰か」は、私よりも文才を持つ人間であることを願う)。

 そんな馬鹿馬鹿しいことを考えているうちに、私はゆっくりとまどろみの中に落ちていき……



…………由宇。

……由宇。


 肩を揺さぶられて、私は目を覚ました。見上げると、見知った友人の顔が。


「……理真」

「こんなところで寝て風邪ひいたら、明日はここで年を越すことになっちゃうよ」


 理真の言葉で思い出した。私は明日、理真と一緒に、彼女の実家を訪れる予定だ。私のいる場所は理真の部屋。そして、今日は十二月三十日。私と理真は、明日の大晦日から元日まで、理真の実家に泊まることにしている。これは毎年の恒例行事なのだ。その準備を終えて夕食を食べ、二人で駄弁っていたあと、私は眠ってしまったらしい。


「今、何時?」


 まぶたをこすりながら体を起こして訊いた私に、理真は、


「十時を回ったとこ」


 掛け時計を見て答えた。私も携帯電話で現在時刻を確認すると、


「ちょっと早いけど、お風呂入って寝ようかな」

「うん、私はもう済ませたから、ゆっくり暖まって」


 私は大きく腕を伸ばしてから立ち上がった。


 湯船に浸かりながら思う。

 これまで理真は数々の不可能犯罪事件に挑み、それらを見事解決に導いてきた。来年も、その次の年も、彼女は変わらず難事件と戦い続けていくことだろう。そして、私も彼女のワトソンとしてともに行動し、事件を記録していく。それが私の使命だと、勝手に思っている。

 浴室の窓を開けて外を見る。黒い夜空を背景に、真っ白な雪が舞っていた。

 私はまぶたを閉じて、そっと思う。

 もし、もしも、私のこの思考がどこかの誰かに届いているのであれば、そのすべての「誰か」に訪れる新たな年が、実り多き良き年となりますようにと。

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