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スチーム・タートル 機械仕掛けの亀とひとりぼっちの少女  作者: 巫 夏希
第一章 機械仕掛けの亀 Steam_Turtle.
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第6話 ヒントは意外なところに転がっていたりする

「蒸気機関によって生み出されるエネルギーは、結構莫大な物なんだったっけ? 確か、つい百年ぐらい前まではあんまり評価されなかったけれど、ブレイクスルーが起きて格段にエネルギー効率が良くなって、世界のメーカーが挙って蒸気機関を導入するようになったとかならなかったとか」


 番台のある所まで戻ってきたぼくは、それから数分してやって来たメアリとプネウマを待っていた。のんびりとやって来た彼女達は、あろうことかその場でフルーツ牛乳を飲みたいなどと宣ってきた。ここに来た目的は、ほんとうに銭湯に入りたかっただけなのだろうか?

 フルーツ牛乳――実は瓶で入っているこれは、最早絶滅危惧種と言っても差し支えない。実際、ここ以外で飲まれているケースを見たことがない――この場合のケースは容器という意味ではなく場合という意味だけれど。

 腰に手を当てフルーツ牛乳をぐいっと飲む。火照った身体にキンキンに冷えたフルーツ牛乳が入ることで、随分と気持ち良いことになるのだ。それはぼくだって分かっていることだし、メアリだって分かっていることだった。だからメアリはそれをやりたいとぼくに言ってきた訳だし、恐らくそれも知らないプネウマに体験させたがっていたのかもしれない。まさかとは思うけれど、それをさせたいがためにわざわざ銭湯にやって来たんじゃないだろうな。だとしたら流石に溜息しか出ない。


「ちっちっち。分かっちゃいないねえ、ライトは」


 何が分かっていないというのだろうか?

 分かっていないのは、こっちの台詞だ。


「まあまあ、何が分かっていないのかはさておいて……ここに来たのはきちんとした理由があるよ。ちゃんとした理由だ。はっきりとした理由と言っても良い。はい、それじゃあここでライトには探偵の職業訓練を受けてもらおうか」


 お断りだ。


「断ると失業手当を貰えないけれど? 失業とは認定してあげないよ?」


 ぼくがいつ失業したんだ。

 待期は終わったのだろうか。


「さっき、プネウマちゃんに言われたのだけれど……、彼女がなんて言ったか覚えているかな」

「ええと……、確か歯車が沢山ある部屋、だっったよな。それがどうかしたのか?」

「それが第一のヒント」


 第一のヒント?

 つまり、第二第三のヒントが存在するということか。あの断片的な会話で?

 そこまで辿り着いたのならば、やっぱり探偵と名乗っているだけのことはあるのかもしれない。ちょっとだけ見直した。ちょっとだけな。今までの評価が七十五点だったら七十七点ぐらいには上方修正したよ。


「それでも二点しか上方修正しないのは辛口にも程があるけれど……、そんなことを言っている場合じゃない。歯車とプネウマちゃんは言ったけれど、実際歯車がある場所なんて限られている。それは機械仕掛けの亀の動力関係が一番有り得そうな所だけれど、普通に考えてそこに入らせてくれる訳がないでしょう? だったら、出来ることならわたし達でも入ることが出来るような場所を潰すのが一番ってこと。そこで、第二のヒント」

「第二のヒント? プネウマの証言に、二つもヒントが隠されていたのか?」

「違うわよ。……この銭湯に限らず、機械仕掛けの亀が作り出す動力って、この街の大半のエネルギーを賄っていることは、この街に住んでいる人間の常識でもあるけれど、大抵は蒸気機関で生み出されたエネルギーを何かのエネルギーに変換して利用している。蒸気をそのまま利用することはない、ってこと。けれど、数少ない、というか唯一それを利用している場所がある。それが――」

「――銭湯、って訳か。でも、銭湯って歯車が動いているイメージはないけれど?」

「ボイラーって結構歯車が多いって聞いたことがあるわよ? それに、歯車がない場所はないし。かといって工場は殆ど歯車は隠されてしまっているし、実際にわたしが入ることが出来て、歯車が沢山使われているのはここぐらいかな、って」


 成る程。

 メアリはメアリなりに色々と考えた結果、ここにやって来たという訳か。

 決して、風呂に入りたいがためにここにやって来た訳ではない――ということだ。


「そうそう、その通り! いやー、話が分かってくれて助かるよ。流石わたしの親友ってところかな」

「それは否定させてもらうよ」

「どうして?」


 別に。

 適当だけれど。


「まあ、とにかく今はこの事件を解決へと導かないとね。……ねえ、女将さん。ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」


 メアリの言葉に、番台に座っている老齢の女性は首を傾げた。女将さんは随分昔から耳が遠くなってしまったようだけれど、女将さんはこの銭湯でそれなりに稼いでいるのか、補聴器を耳に付けていた。まあ、実際に考えてここで仕事をしていく以上、聴覚が失われつつあるのは結構な問題になる訳だし、多少の投資をしてでもそれは取り戻さなければならないというのは、割と自明なことではあるのだけれど。


「はいはい。聞きたいことがあるなら、聞いて頂戴。わたしが知っている範囲であれば……わたしが教えられる範囲であれば、教えてあげることもないけれど」

「じゃあ、遠慮なく。……女将さん、彼女を見たことない? 歯車が一杯あった部屋に居たことがあるらしいのだけれど。裏を返せば、その記憶しか持ち合わせていないようなのだけれど」


 女将さんはメアリの言葉を聞いて、目を見開く。眼鏡の位置を動かして、ピントを合わせる。そしてプネウマの顔をまじまじと見つめる。普通ならば恥ずかしくなったりして何処かに隠れてしまいそうなものだけれど、プネウマはあんまり気にしていないようで、じっと女将さんを睨み返していた。見つめていたというよりはずっと刺すような目つきで見ていたのだから、睨んでいるというニュアンスが正しいだろう。それに、値踏みされるように見つめられちゃあ、どんな人間だって居心地が良いものではない。だったら、反抗的な態度を取るのも充分頷けることかもしれなかった。ぼくとメアリにとっては良く知る女将さんであっても、プネウマにとってみればただのおばあちゃんであるのだから。


「……済まないねえ。やっぱり見たことはないよ」


 女将さんはしばらく見つめて、一言そう言った。結論は短いものだったけれど、五分ぐらいずっとプネウマの顔を見ていたような気がする。そこまでして見ていかないと記憶のディスクと照合出来ないのだろう。……年を取りたくないものだ。元気そうに見える女将さんですらそうなのだから、ぼくがあの年齢になったらどうなってしまうのだろう。

 メアリはそれを聞いて――ぼくも予想していたことではあったけれど――悲観した様子はなかった。ただそれを当然のように受け入れて、ただ頭を下げるだけだった。


「そうですか。もし何か知っていればと思ったのですけれど……」

「因みに、彼女は記憶喪失か何かなのかい?」


 良くご存知で。


「はい。まあ、そうなんですけれど。ただ唯一の記憶として歯車のある部屋に居たという記憶だけが残っていて……」

「ふうん。じゃあ、中央塔の作業員にでも聞いてみた方が良いんじゃないかねえ」


 中央塔?

 上層街と下層街を繋ぐ、あの中央塔のこと――だよな。


「知り合いでも居るんですか?」

「古い仲でね。悪友みたいなものだよ」


 女将さんにもブイブイ言わせているような時代があったのか。意外。

 まあ、誰しも隠したい過去はあるよな。女将さんはそれを隠したいと思っている訳ではないだろうけれど。


「もし会いたいなら連絡先を教えてあげるけれど……どうする? 会ってみるかい?」


 その言葉に、ぼくとメアリは即座に頷くのだった。

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