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スチーム・タートル 機械仕掛けの亀とひとりぼっちの少女  作者: 巫 夏希
第一章 機械仕掛けの亀 Steam_Turtle.
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第2話 知り合いの探偵に相談しよっと

「……で、どうしてわたしをこんなきったねえ路地裏のお店に呼びつけたのか教えて欲しいねえ。あ、それとも教えたくない事情でもあるのかな? だとしたら、それはそれでわたしを呼んだ意味がこれっぽっちもない訳だけれど」


 良く喋る女だった――それはいつ出会ったとしてもそう思うのだけれど、しかして、それを矯正してもらう必要はこれっぽっちもなかった。こいつが仮に無口になったり、あまり喋らない女に成り下がったら、それはそれでアイデンティティを失ったような気がするからだ。


「……それはそれで、わたしの心がやさぐれるんだけれどなぁ――まあ、それは置いといて。ライトはどうしてわたしを呼びつけた訳?」


 それについては、散々電話で言ったような気がするのだけれど――ええと、最初から話をしないとダメか?


「ダメじゃないけれど。空から女の子が落ちてきたんでしょう。もしかして空に島が浮かんでたりして。あった、あったよ、ほんとうに――」


 言わせねーよ。

 言わせたところで何一つ変わりゃしないのだけれど。


「ただまあ、現実的に考えて――ほんとうに空から少女が落ちてきたのかね? 空ってことは――上層街ってことになるよ。仮にそれが真実であったとしても、我々三級市民は触れないでおいた方が身のためなんじゃないかねえ。ほら、なんだっけ。身から出た錆?」


 全然違えよ。それを言うなら……何だっけ?


「とにかく、わたしはそれを放置した方が良いと思うね。あ、おっちゃん、ウインナー一つ追加で」


 そのタイミングでぼく達の向かいに立っている捻り鉢巻きをした丸刈りの男が、仏頂面を保ったままで彼女の前にある皿を取り上げると、そのままぼく達と男の間にある大きな正方形の鍋からウインナーを取り出して、それを皿の上に置いた。

 何という名前かは忘れたけれど、かつて島国で食べられた煮込み料理らしい。三級市民からすれば生肉なんて食べられるような衛生環境にないため、こうやって必ず加熱調理をしなければならない。だからこういう煮込み料理が店を出すケースが多いんだよな。安く食材を仕入れられるらしいし。ただ、あんまり安過ぎるとそれはそれで怖いんだけれど。


「ライトはね、心配し過ぎなんだよ。安いもんは安いなりに美味いのさ。そりゃ、高いもんは高いなりに美味い……らしいけれどね? 食べたことはないけれど」


 ないのかよ。

 ってことは今言った事実も推定によるもの、ということで良いのだろうか。


「第一、三級市民がそのまま一生を終えるなんて十二分にあり得ることなんだしさー。そりゃ進級試験アップグレードってものはあるらしいけれど」


 進級試験。

 要するに、三級市民から二級市民へ、二級市民から一級市民への進級が出来る特別な試験のことだ。その試験をクリアすると、一つ上の等級に上がることが出来るらしい。

 らしいというのは、今までそんなことを開催している様子がないからだ。

 もしかしたら対象者には秘密裏に知らされていて、我々のような対象者以外の存在には知られないようなやり方をしているのかもしれないけれど。

 だとしたら、それは平等でも何でもない。

 ただのエゴだ。


「……実際、裏金を渡すことで試験への融通を利かせてくれる、なんて話もあるぐらいだしねー。まぁ、それはあくまで噂だし。実際にやっている人を見た訳ではないけれど」


 もしほんとうにそんなことが行われていて、それを目撃したり第三者に漏洩した人物が居たとするならば、きっとその人間の素性はあっという間に明らかにされて、あっという間に指名手配されて、あっという間に処刑されてしまうだろう。

 過ぎた罰かもしれない。

 しかし、規則を守るためには犠牲はつきもの――とは言い切れない。


「犠牲がないと成り立たない規則ってのもどうかと思うしねえ……」

「そういうメアリはどうなんだよ? お前は、その少女を放ったらかしにしてほんとうに良いと思っているのか?」


 だとしたら、心外だ。


「別にそんなことは思っていないよ。実際、我々三級市民からしてみれば、普通に暮らしていくのも精一杯っていう状態なのにさー、そんな得体の知れない物を預かろうっていうのがお門違いって話だったりする訳だよ。だって、ライト、一日幾ら貰っているのさ?」

「……三千ルビー、だったかな」


 ルビー。それはこの国家においての通貨単位だった。かつては世界で百を超える位の通貨があったらしいけれど、それも昔の出来事。今はそうこう言っていられる状態でもないし、通貨を統一した方が何かと楽なのだろう。結果として、今はこのルビーという単位が用いられている。一ルビー、十ルビー、百ルビー、五百ルビーはコインとして、千ルビー、五千ルビー、一万ルビーは紙幣として流通している。尤も、一日三千ルビーしか貰っていないぼくにとって、五千ルビーから先の紙幣は大金であって、滅多に見ることはないのだけれど。

 じゃあ、具体的に何千ルビーあれば一日暮らしていけるのかという話だけれど――それはそれぞれの生活水準による、としか言いようがない。ぼくみたいに節制を心がけている人間だったら、三千ルビーあれば普通に暮らしていくことが出来る。しかし、一級市民ともなれば、一日数万ルビーあっても足りない、なんてことがあるらしい。一万ルビーですら、ぼくの日給の三日分だというのに。

 どこで差が付いたのだろうか。

 答えは分かりきっている。それは生まれた時だ。

 いや、もっと言えば生まれる前から定まっていたことなのかもしれない。

 この制度がいつ導入されたのかは最早覚えていないけれど――少なくともぼくが生まれる前からの物であることは間違いない。そして、その制度は今後生まれていくはずの子供にも適用されていく物なのだ。

 つまり、一級市民の子供として生まれれば一級市民、三級市民の子供として生まれれば、三級市民からのスタート。

 格差は生まれる前から、始まっているのだ。


「三千ルビーかあ……。分かりきっていたけれど、わたしと同じだよね。まあ、三千ルビーあれば困らないし、実際、働かなくても暮らしていけるのは大変有難いことではあるけれどさ」


 ベーシックインカム、という言葉がある。

 要するに労働をしなくても政府が暮らしていくのに充分なお金を支給しますよ、という制度だ。その導入によって、殆どの市民は労働をしなくても暮らしていけるようになった。

 しかし、それはあくまでも最低限度の生活をしていく上の資金。

 もしそこから贅沢をしたいと考えるのであれば――そこからは自分の努力。

 つまり、労働は最早強制ではなく、オプションの一つに成り下がっているということだ。


「でも、仮に彼女を匿うとしたらかなり面倒臭いのは、最初から分かりきっていたことではあるんだよな……。月に一度、調査員がやって来るだろう?」

「ああ……、国民の生活状況を把握してそれを支給に反映する――ってスタンスの奴だったっけ? それがどうかしたの?」

「彼女、電子時計スマートウォッチを持っていないんだよ」


 電子時計には、保険証や個人番号マイナンバーといった個人情報――かつてはカードとして持っていたらしいけれど――が記録されている。つまり、常にそれを付けてさえいれば、仮にぼくが殺されても直ぐにぼくが誰であるかを判別することが出来る、という訳だ。

 何だか嫌なたとえだな。

 自分で言ったんだけれど。


「電子時計を持っていない……。あー、それは何か面倒臭そうね。だって、持っていないということは、政府で登録されていないってことでしょう? 登録されていないってことは、当然個人番号も持っていないでしょうから……」

「或いは、持っているけれど何らかの事情で電子時計を外された、か」

「まさか」


 メアリは笑う。確かにそれはあまり考えにくいことかもしれない。

 仮にそれをするとして、どうして下層街に捨てるようなことをしてしまうのだろうか?

 そこまでするなら、何らかのやり方で消してしまった方が――何かと楽なような気がする。


「とにかく、これからどうするつもり?」

「先ずは彼女から情報を収集しようと思っているよ。そうしないと何も始まらないしね……。そして、そこからは君の本領発揮」

「わたしの?」


 首を傾げるメアリ。

 そうだよ、お前の出番だよ。

 そうでなければ、何でわざわざお前をここに呼びつけたんだ。


「……友人を助けると思って手伝ってくれよ。身元不明の少女を、どうしていくべきか」

「……人捜しならぬ、情報捜しってことよね……。うーん、あんまり得意ではないのだけれど」


 メアリはそこまで言って、コップに入っていた安酒を飲み干した。


「そこまで言うなら、仕方ないよね。取り敢えず話だけは聞いてみましょう」

「そうこなくっちゃ」


 ぼくはそう言って、直ぐにメアリを空から落ちてきたあの少女に会わせる約束を取り付けるのだった。

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