ひとりぼっちの桃太郎 ~旗が邪魔だとパーティ追放されたけど、実は背負って歩くだけでレベルが上がるチートアイテムだった~
「無能は追放だ!」
桃太郎は、鬼退治パーティから追放を言い渡された。
先ほどおこなわれた小鬼との戦闘で活躍できず、レベルが上がらなかったことが原因らしい。
パーティの特効隊長、犬山が吠える。
「俺なんてレベル13に上がったぜ。戦闘に邪魔な旗なんて背負っているからだろ」
猿田がわめく。
「俺もレベル12だ。いつまでもレベル3の桃太郎は、このパーティに不要だろ。今日でお前は追放だ。キキーッ」
雉沼がケンケンと甲高い声で糾弾する。
「俺もレベル12だな。あ、きびだんごは全部置いて行けよ。俺たちが鬼を退治してきてやるよ」
犬山、猿田、雉沼は桃太郎の幼なじみだった。
桃太郎が鬼退治のたびに出ると聞いて、一緒に行くことを提案してきたときは、桃太郎は彼らの友情に感謝したものだ。
だが、戦闘のたびにレベルが離れていく桃太郎に対して、次第に強い態度で出るようになった。
ついには全員が桃太郎をパーティから追放するまでに至った。
◇
おばあさん特製のきびだんごを犬山、猿田、雉沼にすべて奪われ、桃太郎はパーティから追い出された。
きびだんごは、食べたあと一定のあいだ、得られる経験値が倍になるというアイテムである。
桃太郎はひとりぼっちとなってしまったうえ、経験値を増やす手段も失ったのだった。
犬山、猿田、雉沼はレベルアップで上がった能力を生かして、桃太郎には追い付けないほどのスピードで、次の街に駆けて行った。
道路わきの岩に腰掛け、おじいさんが持たせてくれた、日本一と書かれた旗を見ながら、桃太郎はため息をついた。
旗を背負っていなくても、いずれはパーティ追放をされただろう。
しかし、おじいさんが旗に込めた思いを考えると、旗を捨てていくという選択肢はなかった。
ひとりぼっちとなった今後はどうするべきか。
盛大に見送られたから、故郷には帰りにくい。
ひとりぼっちで戦闘をこなすには、次の街は敵が強すぎる。
桃太郎は少し考えて、冒険初心者に向いているとされる、粘性鬼の洞窟に行くことにした。
鬼ヶ島に行くためには遠回りだが、ひとりで戦うにはそれ以外の方法が思いつかなかった。
きびだんごはすべて奪われたものの、水と食料は潤沢に持っていたので、旅に支障はなかった。
雨風をしのぐため、鬼から隠れるため、木のうろや、朽ち果てた小屋、穴の開いた大岩など、隠れる場所を転々として、戦闘を避けつつ一週間かけて歩いた。
ようやく粘性鬼の洞窟まで歩みを進めた。
「ここから、再スタートだ。っと、あれは……?」
洞窟の目の前に粘性鬼がいた。
駆け寄って短剣を突き刺し、鬼力が抜けて死ぬのを待つ。
粘性鬼はぶくぶくと泡立ったのち、物言わぬただの水となった。
桃太郎は戦闘を終えてステータスを確認した。
自分のステータスを確認した桃太郎は、意外な事実に気がついた。
「レベルが4に上がっている……? 鑑定スキルっていうのを獲得したぞ……?」
ここまでほとんど戦闘をしていない。
レベルを上げるための経験値を獲得したのは、今の粘性鬼との戦闘のみである。
経験値というのは、基本的には鬼との戦闘でしか得られないのだ。
桃太郎は、レベル4で得たらしい、鑑定スキルを使って、レベルが上がった原因を調べることにした。
自分のステータスを鑑定し、今まで以上に詳細な情報を得る。持ち物を鑑定し、効果を確認する。
次第に状況が明らかになっていく。
結果、日本一と書かれた旗を背負って歩くと、歩数分の経験値が旗に貯められて、パーティメンバーが経験値を得られるということが判明した。
「歩くだけでも強くなれるのか……。なんてものを渡してくれたんだ。ありがとうおじいさん」
経験値がステータスに反映されるのは、戦闘によって鬼を倒したときのみで、それまでに旗が貯めていた分はパーティの最初の一人に与えきってしまうということだった。
鬼にとどめを刺していたのはもっぱら、犬山、猿田、雉沼である。
血気盛んな彼らは、桃太郎よりも旗による恩恵が大きかったため、桃太郎とはレベルに開きが出たのだった。
ソロとなった桃太郎は、これ幸いとばかりに、粘性鬼の洞窟で修業をすることに決めた。
鬼とは、力の源である鬼力が地面から漏れ出て何かに吸収され、新しい生き物に変化したものだとされる。
粘性鬼は、水に吸収された鬼力が意思を持ったものだとされる。
棒や剣で穴をあけると、鬼力が漏れ出て死ぬような、かよわい存在であるが、れっきとした鬼であり、倒せば少ないながらも経験値になる。
粘性鬼の洞窟は、最弱の鬼しか出てこないという意味では初心者に向いているのだが、広いわりには、粘性鬼が出てこないため、時間効率は悪い。
そのため、鬼退治を生業とすると決めたものは、たいてい他の狩場に向かうのであった。
桃太郎は、粘性鬼を探し回る間に経験値を稼げる。
たまに粘性鬼さえ出てくれば、旗が貯めた経験値をステータスに反映でき、戦闘は最小限で済む。
桃太郎が強くなるためには、粘性鬼の洞窟は最高の環境であった。
桃太郎は粘性鬼の洞窟をひたすら歩き回り、旗の恩恵を受けつつ、粘性鬼を狩る生活を続けた。
◇
粘性鬼を狩り続ける変人がいる、と近くの街で噂になる日は早かった。
三か月後、その噂は犬山、猿田、雉沼の耳にも届いた。
「桃太郎のやつ、粘性鬼狩りと呼ばれているらしいぜ」
「ははは、アイツらしいな。キキーッ」
「おっと、そろそろ低竜鬼の縄張りだぜ。気を引き締めろよ。ケンケン」
きびだんごを使い切ったおかげか、全員レベル25となった犬山、猿田、雉沼は、竜の名を持つ鬼に挑んだ。
意気揚々と鬼退治に向かった彼らが低竜鬼にボコボコにされ、命からがら逃げかえったのは、その日の夕方のことだった。
犬山は片耳、猿田は左手の指を三本、雉沼は右の羽を失い、医者から、これ以上の鬼退治は難しいと判断された。
犬山、猿田、雉沼の冒険はここで終わったのだった。
◇
一方の桃太郎は、粘性鬼の洞窟にこもり続けて、いまやレベル91となり、竜だろうが何だろうが、ソロで倒せるほどに強くなっていた。
ただ、戦闘経験はほとんどないので、洞窟を出たあとは、ゆっくりと様々な街をまわりながら、経験を積んでいった。
小鬼の軍勢にさらわれた姫を救い出し、竜の名を持つ鬼を腕力でねじ伏せ、大樹鬼を倒してその体で船をつくった。
粘性鬼だけでは得られなかった戦闘経験を糧にして、レベル相応の強さを身につけていった。
船をこいで、鬼ヶ島にわたった桃太郎は、何もない場所だと聞かされていた鬼ヶ島に、大きな山がそびえているのを見た。
「山があるとは聞いていないが……。いや、山ではないな。あれは、大きな鬼か」
山が桃太郎に気づき、グルオオオ、と吠えて、戦闘が始まった。
◇
一人で鬼が島に渡った桃太郎が、山のように大きい鬼のボス、巨鬼を倒したとの知らせが国中に広まったのは、桃太郎がパーティ追放されてから二年後のことだった。
桃太郎は道中で助けた姫と結婚し、国の英雄として、末永く幸せに暮らしたそうな。
めでたしめでたし。