第97魔 『愛してる』
「ここからは少し個人的な話になる。お前たちは下がっていろ」
ルビーの腕を掴んだソルベーの言葉で、警備兵はその場から立ち去った。
「さて、邪魔者はいなくなったことだし、そろそろ始めるとするか」
「どうしてこんなことをするの! オックスを出しなさいよ!」
ルビーの言葉に、ソルベーは驚いた表情をする。
「どうしてって、そりゃあ俺が、ルビーちゃんを愛してるからだよ」
「愛して……? はぁ!? あたしとあんたじゃ、年が違いすぎるでしょ! だいたい、あんたいくつなのよ!」
「こう見えて俺はまだ27なんだ。ルビーちゃんとは少し離れてるけど、愛があれば、年の差なんて問題、簡単に乗り越えられるさ」
「どうしてあたしなのよ! そもそも話だって、そんなにしたこともないでしょ!」
ソルベーが、ヤレヤレといった感じに首を振る。
「俺たちの間に、言葉なんて必要ないさ。さぁ、ルビーちゃん、どうか俺と付き合ってくれないか?」
ソルベーが跪いて、ルビーに左手を差し出した。
オックスが今まで生きてきた中で、最高に気持ち悪い場面だった。
なのに当のソルベー本人は、うっとりとした表情を浮かべている。
おそらくこいつの中では、美しい場面として、この瞬間が脳内変換されているのだろう。
一回り以上年の離れたオッサンが、
手枷で自由を奪った少女に、
跪いて求愛するシーンだぞ?
しかもその場所が牢獄と来た。
本気で頭おかしいな、このハゲは。
「お断りよ! 誰があんたなんかと付き合うもんですか! 早くオックスを出しなさいよ!」
ルビーは顔をしかめて、拒絶の意思表示をした。
まぁ、ルビーなら当然こう言うよな。
もちろん、それであきらめるソルベーではない。
「ふぅ、やっぱり俺たちの邪魔をするのは、このガキなんだな。仕方ない。最後の手段だ」
ソルベーが立ち上がると右手――魔道具の指輪――を掲げた。
「もう一度聞く。ルビーちゃん、俺と付き合ってくれないか?」
「…………」
不穏な空気を感じたのか、ルビーが口をつぐんだ。
「タイプじゃないってさ、お前みたいなハゲ……グァぁぁぁぁぁぁっ!」
ソルベーの指輪が光り、オックスが絶叫と共に倒れ込んだ。
「オックス、オックス! ――あんた、なにをしたのよ!」
「もう一度聞く。俺と付き合ってくれないか?」
「お断りだって言ってるでしょ!」
再び、ソルベーの指輪が光る。
「グワァぁぁぁぁぁぁぁっ!」
オックスの絶叫。
「もう一度聞く。俺と付き合ってくれないか?」
「ルビー……俺のことは気にするな――グワァァァァァァ!」
「オックス! オックスぅぅっ! あぁぁぁぁぁぁぁっ!」
檻にしがみついて、ルビーが泣きじゃくった。
だが、ソルベーは淡々と同じ言葉、同じ行動を繰り返した。
そして、数分後。
ルビーは膝から崩れ落ちた。
俯いた顔は、髪に隠れて見えない。
「……たわよ」
「聞こえねぇな。もっと大きな声で言うんだ。さもないと……」
「グワァぁぁぁぁぁぁぁっ! ちくしょうぉぉっ! このクソッタレめぇぇっ!」
「わかったわよ! 付き合うわ! 付き合えばいいんでしょ!」
ソルベーがニタリと嗤う。
「おいおい、そんな言い方じゃ、俺が無理強いしてるみたいじゃねぇか」
「……どうすりゃいいのよ?」
「土下座してお願いするんだ。『どうかソルベーさん、あたしと付き合ってください』ってな」
「よせ、ルビー……グワァぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「テメェは黙ってろ。さぁどうする、ルビーちゃん?」
ルビーは顔を上げて、力無く立ち上がった。
そして、オックスに向かってゆっくりと口を動かした。
声には出さない。
だが、はっきりとした言葉を、オックスは確かに受け取った。
そしてルビーは、ソルベーに体を向ける。
膝を折り、両手を地面に着いた。
「どうか……どうか、ソルベーさん。あたしと付き合ってください……お願いします」
言い終えると、床に額をつけた。
ルビーの土下座。
それは初めて見る幼馴染の姿だった。
自分が悪いときでも、滅多に謝らない、へそ曲がりな少女だった。
それが強引に自分を捻じ曲げて、頭を地面に擦り付けている。
悔しいな。
悔しいよな、ルビー。
悔しいけど、そうするとお前は決めたんだな。
オックスを守るため。
オックスをこれ以上傷つけないために。
じゃあ、俺はなんだ?
俺はなにをしている?
なんのために俺はここにいるんだ?
ルビーを救うため?
クソッ!
ルビーの足に枷がついてないから安心した、だと?
バカか、俺は。
自分が足枷になってちゃ世話ねぇんだよ、カスが!
不甲斐ない自分に死にたくなる。
だが、オックスがなにか言うたびに、ソルベーは容赦なくオックスを痛めつけるだろう。
そうすれば、ルビーは、ますますソルベーに逆らえなくなってしまう。
見事だ。
見事な作戦だよ、クズ野郎。
オックスは溢れる涙を抑えられなかった。
ルビーはさっき、こう言ったのだ。
『愛してるわ、オックス。ずっと、ずっと……』
それは、ルビーから聞く、初めての愛の告白だった。
そして別れの言葉だった。
ボロボロと大粒の雫をこぼしながら、歯を食いしばって、ソルベーを睨みつける。
そんな二人を眺めて、ソルベーが満足そうに笑った。
「ハーッハッハッハ! そこまでお願いされちゃ、しょうがねぇな。じゃあ付き合ってやるよ。つまりたった今からルビーちゃん――いや、ルビーの彼氏は俺ってわけだ。悪ぃな、元カレくん。これからは俺がルビーをかわいがってやるよ! 毎日、毎日、朝から晩までしっぽりとな! イーヒッヒッヒィ!」




