第96魔 『クズ男との再会』
檻の中でオックスは考えていた。
どうしてこうなった?
誰が裏切ったのか?
グスタンや、眼鏡の男は裏切りに関与しているのか?
ジョイスーやマヌエラ、そしてルビーは無事なのか?
そして悪魔ボーリは?
拘束具を外そうって試みは、早々に諦めた。
手枷も足枷もとんでもなく頑強だ。
首輪に至っては、ちょっと触れるだけで、ピリッと電撃が流れる。
力を込めれば、それだけ強い電撃が発生って仕組みだろう。
悪魔ボーリへの念話も試みた。
しかし、一度も返事がない。
届いているのかどうかも不明だ。
それにしても、牢獄に入ったのは初めてだが……うん、まったく、ひでぇ所だ。
肌寒い季節なのに、寝具は硬いベッドと薄い毛布のみ。
そしてトイレは部屋の端にある穴で代用か。
トイレ穴の隣では、筒から水がジョボジョボと流れている。
飲み水と、トイレ後の手洗い(トイレ紙がないってことでお察し)は、ここでって訳だ。
牧場の家畜だって、もっとマシな環境だろうさ。
ここへ収監されてから15分は経過している。
ルビーが連れ去られてからは、3時間以上だ。
幼馴染の少女が、今どんな目に遭っているか。
想像しただけで、胸が痛い。
だが、オックスは知っている。
どうしようもない状況になるほど、冷静な対処が必要なのだと。
なので、オックスはここへ入ってからずっと、(何年も掃除していないだろう)床へ腰を下ろし、目を閉じている。
心を沈めて、深い呼吸を繰り返した。
そのとき音がした。
足音だ。
おそらく3名。
ガチャガチャとした音を立てているのは、武装警備兵だろう。
それが2人。
あと一人はブーツだな。
そして、足音はオックスの檻の前で止まった。
「まさか、本当にテメェだとはな」
目を開けると、見知った顔があった。
大柄な禿頭の男だ。
いつもとは違い、貴族ばりの豪華な衣装に身を包んでいた。
「こんばんは、ソルベーさん。最近よく会いますねぇ。でも宿屋では、どうして声をかけてくれなかったんですか?」
オックスは普通の少年風に話しかけた。
その相手は、思った通り、素材買取業者の男、ソルベーであった。
「……ギャスガルの奴はどうした?」と、ソルベー。
「さぁ? どっかで飯でも食ってるんじゃないっすか?」
おっと、言葉が荒れてしまったな。
って、もうどうでもいいか。
「相変わらず口の減らないガキだぜ。しかし、安心したよ。お前が生きていてくれて。後悔してたんだ。ギャスガルに、お前の始末を頼んだことをな」
「懺悔したいのか? いいぜ、許してやるよ。ただし、この首輪を外してくれたらな」
「首輪を外す? バカ言ってんじゃねぇよ。俺には〝首輪をつけたお前〟が必要なんだ。手間が省けて助かったぜ。まさに、飛んで火にいる、って奴だな」
そういうと、ソルベーは警備兵の一人に耳打ちをした。
警備兵は駆け足に、その場を去っていく。
「どうした、忘れ物か? お前がカツラを忘れてることなら、俺は気にしてないぜ?」
「今のうちにほざいてろ」
「そうさせてもらおう。――では質問だ。ルビーを攫った理由はわかる。だが、どうしてマヌエラまで攫った?」
「ああ、宿屋の娘のことか。どうして攫ったかって? それはあの子が必要だったからだよ」
「必要だと? マヌエラをどうしようってんだ? 彼女は、ただの女の子だぞ」
「どうしよう、だって? ククク。――なぁ、俺はこう見えて、紳士なんだよ」
「笑わせるな」
「まぁ聞けよ。紳士な俺は、かわいい、かわいいルビーちゃんと、真剣に交際がしてぇんだ」
「……それとマヌエラに、なんの関係がある?」
「大アリだ。ルビーちゃんが許すまで、俺は手を出さないと誓ったんだ。な? 紳士だろ? だが、ムラムラするのは止められねぇよ。なにしろ、かわいいルビーちゃんを目の前にして、手が出せねぇんだ。いや、ムラムラするどころじゃねぇな。こちとら花の男盛りだぞ? そんなに我慢してたら病気になっちまわぁ。――そこで我らがマヌエラちゃんの出番ってわけだ」
「テメェ……そんなくだらねぇことのために、ファルネラさんを――マヌエラの母親を殺したってのか?」
オックスの言葉に、ソルベーがニタリと嗤う。
「なんだ、死んだのか、あのババァ。まったく、バカな奴だったぜ。娘を攫おうって相手に、素手でしがみついてきやがった。それで言ったことが『娘を返してください! 代わりに私が!』って、思わず笑っちまったよ。あんな年増のデブが代わりになるかってんだよ。なぁ?」
「貴様……」
「最高だったぜ? 泣き叫ぶマヌエラちゃんを犯すのはよぉ。ただなぁ……。『お母さん、お母さん』ってあんまりウルセェんで、何発もぶん殴ったら、なんの反応もしなくなりやがった。まったく、殴りすぎるってぇのも考えものだぜ。まぁ、その状態でも十分楽しめたがな。ククク」
オックスの全身から血の気が引く。
まさかマヌエラがそんな目に……。
「……人間じゃねぇな。テメェはよ」
「人間さ。俺こそが人間ってやつだ。よく考えてみろよ。人間以外に、こんなことをする奴がいるか? 動物は? 魔獣は? やるわけねぇよな。つまり俺の行動こそが、行いこそが、人間を人間たらしめている、より崇高な儀式ってわけだ。――おっと、話し込んでる間に、ようやく到着だ」
到着、だと?
どういう意味だ?
するとガチャガチャと足音が聞こえてきた。
さっき走って行った警備兵が戻ったのか?
その通りだった。
だが、そいつは一人ではなかった。
「オックス!」
もう一人の人物、それは――オックスがずっと心配していた相手――ルビーであった。
豪華な赤いドレスに、裸足姿のルビーは、手枷をはめられていた。
首輪と足枷がないことに、オックスは少しだけ安堵した。
「ルビー! 無事か!」
「あたしは平気! オックス、あなたは大丈夫なの!?」
「さて、感動のご対面を邪魔して悪いが、ルビーちゃんの心配をしている場合じゃねぇぞ?」
醜悪な笑みを張り付かせたソルベーが、右手を掲げた。
その中指には、指輪がはめられている。
なるほどな。
こいつの目的が、ようやくわかったぜ。
クソッタレめ。




