第89魔 『ルビーはどこだ』
ふむ……次の更新は明後日9月21日(火)ですな。
オックスは部屋から出た。
階段下に誰かがいる。
いや、倒れている?
急いで駆け寄る。
それは女将ファルネラであった。
いくつもの刺し傷。
あたりは血まみれだ。
ひどい状態だが、息はある。
致命傷はない。
しかし出血が多すぎる。
「ファルネラさん!」
オックスの声に、ファルネラは目を開けた。
「お願い……あの子を……マヌエラを……」
震える手を、オックスへ伸ばす。
冷たくなった手を、オックスは握りしめた。
「マヌエラ? 彼女も攫われたのか!?」
ゆっくりと、ファルネラは頷く。
「お願い……あの子を……私の可愛い娘を……どうか、どうか……」
そこまで言うと、ファルネラの手から、フッと力が抜けた。
「任されたよ、ファルネラさん……」
見開かれた瞳は懇願の色を残したまま、光を失っている。
オックスは、そっと瞼を閉じさせた。
明るい女性だった。
料理が上手で、働き者で、娘思いの、いい母親だった。
こんな母親がいたら、幸せだっただろうな。
オックスも、そしてルビーも、そう思っていた。
そう思わせるほどに、いい母親だった
いい母親だったんだ……。
それがなぜ。
どうして彼女が、こんな酷い殺され方を……。
「オックス様。大丈夫っすか?」
「……行こう」
主人のいなくなった宿屋を飛び出した。
その目は、表情は、怒りに満ちている。
バンダナで隠している紋様部分が、燃えるように熱い。
怒りが増すほどに、紋様の熱が上がっている。
これは、どういうことなのか。
∮
目的の場所に到着した。
ここへは、騎竜ペンタンに乗って全速力で飛ばしてきた。
なのに、ボーリは、なんなく走って着いてきた。
恐るべき脚力だ。
息切れひとつしていない。
ペンタンを降りて、物陰に隠れさせる。
少し歩いて、建物正面入口の前に立った。
資材搬入用の大扉は閉じていた。
その横にある、出入り口のドアノブを回す。
ここも鍵がかかってる。
だが関係ない。
ドォンッ!
オックスの蹴りで、ドアが吹っ飛んだ。
中に入る。
人の気配はない。
昼間に来た時とは、まったく別の場所のように感じる。
ここは〝素材買取屋〟である。
オックスはズカズカと侵入した。
部屋という部屋のドアを蹴破って、中を調べた。
だが結局、人っ子ひとりいなかった。
「くそっ! どこだ! どこに行きやがったんだ!」
ガンッ!
力任せに中央のテーブルを殴る。
「オックス様、この建物に人の気配はないっす……」
ボーリが申し訳なさそうに言う。
「そんなことはわかってる!」
「すみませんっす……」
八つ当たりだった。
己の不甲斐なさに腹が立つ。
オックスは、ルビーを攫った犯人を知っていた。
先の襲撃で、ギャスガルは言ったのだ。
『なんたって奴――依頼主の一人が、あいつの狩猟技術に惚れ込んでやがるからな。一流の狩人だと聞いたときは驚いたぜ。まさかあんなガキがなぁ』
ギャスガルの言う依頼人の一人とは――〝素材買取業者のソルベー〟だ。
やつだけだ。
やつだけが、ルビーを〝一流の狩人〟と誤解したままだった。
そして奴はオックスを嫌っていた。
奴が犯人ならば、迷わずオックスを殺させようとしたのも納得できる。
思えば、奴の態度はおかしかった。
昼間、素材を売りに来た時だ。
『それで、ルビーちゃん。次の買取はいつになるんだい? できれば、またロックボアが欲しいんだが』
ソルベーの言葉だ。
ルビーは申し訳なさげに答えた。
『ごめんなさい。あたし達、明日には村へ帰るの。もう必要なお金が貯まっちゃったから』
すると、ソルベーは何か考える素振りをしたのだ。
そして、笑顔になり、こう言った。
『そうか、さみしくなるなぁ』
ソルベーはあっさりとしたものだった。
違和感を覚えたのはこの点だ。
ソルベーは、ルビーに(それとルビーの持ってくる素材に)執着していた。
なのに、どうして?
今思えば答えは明白だ。
オックスを殺して、ルビーを誘拐する。
そして拷問するなりして、言いなりにさせる。
奴はそう考えていたのだ。
笑顔の下で。
いけしゃあしゃあと。
とんだゲス野郎だぜ。
一瞬でも、いい奴かもと思った自分が情けない。
だからオックスは、ここへ来た。
連れ込むならここだと思ったのだ。
なのに、ルビーもマヌエラも、犯人のソルベーもいないときた。
もう手がかりはない。
心当たりもない。
こうなったら宿に戻って、ギャスガルを拷問する他ないだろう。
今から戻ってギャスガルを尋問する。
その時間が、いかにも無駄に感じた。
こんなことなら、最初から奴を担いで来るんだった。
痛恨の判断ミスだ。
すべての行動が裏目に出る。
今ルビーがどんな目に遭っているか。
考えるだけで胸が張り裂ける。
そのとき、ボーリが短く言った。
「だれか来るっす」
オックスは即座に行動した。
言葉を疑おうなどと考えない。
感情を抑え、呼吸を浅くする。
足音を消して、そっと歩き、入口ドアの脇で息を潜めた。
微かに聞こえる足音。
ボーリの言った通りだ。
ゆっくりと剣を抜く。
ザッ、ザッ、ザッ……。
足音が建物の敷居を跨ぐ。
その瞬間、
「動くな!」
相手の喉元に刃を突きつけた。
「おっと、こいつは油断したな」
男の声だ。
しかもそれは……。
「とりあえず剣を下げてくれるかい?」
そう言って両手を上げる人物は、
「グスタンさん……どうしてあんたがここに?」
オックスの師匠であるグスタンであった。
ジルコ村にいるはずの男が、なぜ?
グスタンは言う。
「ルビーちゃんは、ここにはいないよ。――助けたければ、ついて来い」




