第88魔 『ダメっすね』
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「ク……クックック! ど、どうだ、化け物!」
ギャスガルが勝ち誇る。
その声に余裕はない。
それほどボーリが恐ろしかったのだ。
今や、恐怖の対象は、身動きひとつしていない。
魔眼の効果だ。
その威力は、今のオックスが身をもって知っている。
「これで手も足も……グエェェェッ!」
ギャスガルの勝利宣言が、苦悶の叫びとなった。
大きな手に首を掴まれ、持ち上げられたのだ。
「ごちゃごちゃうるさいっすね」
驚いたことに、ボーリは平然と動いている。
ジタバタと、ギャスガルが両手両足で攻撃する。
しかし、そのすべてが見えない壁に阻まれた。
防御障壁だ。
ボーリは、じっくりと観察する。
すると、ふむ、と何かを納得した。
「やっぱりオックス様に呪いをかけたのも、この魔眼っすね。どら……」
「ひぎゃぁぁぁぁぁっ!」
ぐちゅぐちゅ……。
ボーリが左手の爪を、ギャスガルの右目に突っ込んだ。
そうか。
魔眼の効果ではなかったのだ。
ボーリの手は、小さくなったのではない。
魔眼を抉るために小さくしたのだ。
ギャスガルは、抵抗した。
ボーリの暴虐を止めようと足掻きに足掻いた。
だが、その全てが無駄だった。
ギャスガルの両手を持ってしても、ボーリの指一本動かせなかった。
まるで、自然災害に抗う人間のようだ。
再び、己の右目が失われる。
ギャスガルは、その事実を受け入れるしかなかった。
なすすべもなく。
耐え難い苦痛と共に。
みちゃぁ……
ボーリの右手が赤い糸を引く。
「イぃ▷◎◉☐▽★◀︎ぃぃぃぃッ!」
声にならない絶叫。
魔導の眼球は、くり抜かれた。
ギャスガルが右目を抑え叫ぶ。
血まみれとなった魔眼を、ボーリは爪先で器用につまんでいる。
血まみれのそれを、マジマジと見つめる。
ふん、と鼻で笑った。
「こりゃまた、ずいぶんと質の悪い呪物っすね。どこの三下悪魔っすか、こんな粗悪品渡すなんて」
言うや、魔眼を握り潰した。
パンッ!
弾けるような音、
きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!
そして、耳がつんざくようなおぞましい声。
呪物の内に溜め込んだ呪いだ。
その怨念が発した叫びだった。
ボーリの握り拳から、濃い煙が溢れ出す。
魔力……いや、これは魔眼が溜め込んだ〝命そのもの〟なのか。
煙が次第に薄まる。
叫び声も次第に小さくなった。
静まり返った部屋に、ギャスガルのうめき声だけが聞こえる。
そのとき、オックスの呪い解けた。
同時に、錬成した武具の操作も可能となった。
オックスは、立ち上がり四肢の動きを確認する。
ホッとした。
打撲はあるが、骨に異常はない。
ボーリがニコリと微笑んだ。(ただし、牙の生えた異形の笑顔)
オックスの無事を見て安心したのだろうか。
「あとはこいつの始末っすね」
ボーリは楽しそうだ。
反面、ギャスガルの顔が恐怖に歪む。
「ひぎぃぃぃぃっ! た、た、た、助け、助けて……」
「あ? そりゃ、ダメっすね」
ボーリが冷たく言い放つ。
首を握る左手に力を込めた。
「ぐ……ぐが……ぶぶぶ……ヒューヒュー……」
ギャスガルの口からは涎がたれた。
顔が土色へ変貌し、太い血管を浮き出してた。
残った左目は白目を剥いている。
まさか、このまま……。
オックスは慌てて声を上げた。
「やめろ! それ以上はダメだ!」
「……殺さないんすか? このゴミを?」
ボーリは心底不思議そうだ。
やはり殺す気だったか。
ボーリにとって、人の命は、どうやら軽いものらしい。
「ああ、そいつには聞きたいことがあるんだ。すまないが離してやってくれ」
「了解っす」
あっさりとギャスガルを解放した。
特にごねる様子もない。
ドサッ
大男は解放され、床に倒れ込んだ。
白目を剥いたまま、ピクピクと痙攣している。
かろうじて生きているか。
ボーリは、ギャスガルに目もくれない。
心底興味がないのだろう。
オックスは拘束具を錬成した。
動かないギャスガルの両手両足を拘束する。
ギャスガルは完全に気絶していた。
こうなると、当分目覚めそうにないな。
「こいつを起こして、尋問を……いや、起こすのに時間がかかる。それに素直に話すとは思えん」
瞬時に判断したオックスは、次の行動に移る。
壁に掛けていたバックルを引っ掴む。
急いで腰に巻き、そこに錬成の剣を吊るす。
少しよろけながら、ルビーのいた部屋に入る。
ルビーの弓を手に取り、肩にかけた。
この弓はルビーの宝物だからな。
大部屋に戻る。
ボーリは直立不動で立っていた。
今は普通の腕、普通の表情だ。
じっと、オックスの動向を見守っている。
まるで獲物を狙う獣のようだ。
そこに感情はない。
ただただ、オックスを見つめている。
普通の人が見れば気味が悪いと思うだろう。
だが不思議とオックスは、ボーリを不快には思わなかった。
命の恩人だからか?
「ボーリさん、でしたよね?」
オックスの言葉に、ボーリが首を傾げる。
「そうっす。ボーリっす。でも、ダメっすよ、あーしに敬語は。他の奴らに示しがつかないっす。それに、敬称もいらないっす。それより、あのぉ……あーしには今の状況がチンプンカンプンなんすけど、一体全体どうなってんすか?」
敬語がダメと言われちゃ仕方ない。
では、お言葉に甘えさせてもらおう。
チンプンカンプンか。
それはオックスも同じだ。
ボーリに聞きたいことは山ほどある。
だが、今はそんな時間すら惜しい。
「では、ボーリ。今は説明している時間がないんだ。すまないが、ついてきてくれるか?」
「了解っす。落ち着いたら、いろいろ教えて欲しいっす」
こうして、オックスは、頼もしすぎる仲間を得た。
すぐに助けに行く。待っていろ、ルビー。
(お願い)
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