第82魔 『窮鼠』
今回は話が半端なので、次話投稿は明日9/10だワン。
少しでもこのお話が気に入ってくれたら、ブクマしてくれると嬉しいんだワン。
「よう、おっさん。ギルド会館警備員は廃業したのか? ああそうか。警備員じゃなくて、あのクソ女の腰巾着だったな」
ギャスガルを見据えたまま、ジリジリとオックスが後退する。
「てめぇ……昼間は猫かぶってやがったな」
男――ギャスガルが、ようやく口を開いた。
「勝手に勘違いしたのは、おっさんだろ。――誰の指示でここへきた?」
「クックック。話すと思うか?」
「言わせて見せるさ」
後退したオックスの足元には、先ほどギャスガルの投げ捨てた剣があった。
「よっと」
オックスは、床に転がる剣の柄を、掠るように踏みつけた。
剣は、高速でクルクル回りながら跳ね上がり、
バシッ!
回転する剣を、こともなげに手にするオックス。
その様は、さながら一流の曲芸師のようであった。
シャラン、と剣を抜き、鞘を床へ落とす。
と、男の空気が変わった。
今まで、ほんの少しだけ残っていた油断の気配が消え、張り詰めた空気を身に纏う。
シャッ。
もう一振りの剣を腰から抜き、構えた。
双剣使いの本領発揮ってか。
これからが本番ってわけだ。
ニヤリ。
我知らず、オックスが笑みを浮かべる。
血が沸る。
対人での実戦は初体験である。
なのに、どうしてこんなに落ち着いていられるのか。
それは自分でもわからない。
だが、この感覚。
この極限までピリピリとした空気を、不思議とオックスは〝懐かしく〟感じている。
とはいえ油断はできない。
程よい緊張感に身を引き締めつつ、オックスは剣を構える。
その構えを見て、ギャスガルがなぜかギョッとした。
「その構えは……」
ギャスガルの呟きを、だがオックスは無視した。
油断させる策、注意を逸らす策。
それ以外にも何かしらの策略が考えられるからだ。
「いくぞ、双剣使い」
攻撃はオックスからだった。
「な!」
男が驚愕の声を発する。
それほどまでに、オックスの踏み込みが鋭かったのだ。
ガイン! ガッ! ギャリ!
頭二つ分小さなオックスの攻撃が、またも大男を押している。
「くそっ!」
「ほらほら、防戦一方じゃねぇか。双剣が泣いてるぞ」
ジリジリとオックスが推し勝つ攻防が数十秒続いた。
「くっ!」
飛び退き間合いをとる襲撃者。
片方しかない目には、驚愕の色を浮かべている
「な、なんだ、お前のクソ力は! それに、その剣筋は……」
「剣筋?」
オックスはつい答えてしまった。
構えを見たときの反応といい、本当に驚いている?
オックスの使う剣術は師匠であるグスタンに習ったものだ。
こいつはグスタンの知り合い?
社会から引きこもった温厚な中年男性と、獰猛で血の気の多いこのギャスガルが?
オックスの中では、どうしても二人の男が結びつかない。
「言え! 誰に教わった!」
「言うと思うのか? 俺より弱いお前なんぞに。なぁ、おっさんよぉ。今までなにやってきたんだ? こんなガキに手玉に取られて、悔しくねぇのか? 才能ないんだから、剣士なんか辞めて、転職しちまえよ。つっても雇ってくれるところなんてあるわけねぇか。お前みたいな薄汚ねぇ悪人ヅラでは、どこもお断りだよな。ハハハ」
オックスはギャスガルを煽りに煽った。
敢えて、である。
頭に血を昇らせ、隙を誘おうとしているのだ。
これも師匠グスタンから教わったことだ。
「オレが弱い……だと? 糞ガキが……なめやがって」
まんまと逆上した男は、しかしなんと、両手の剣から手を離した。
トス、トス……
二振りの剣が、床に突き刺さる。
意外な展開に、オックスは警戒する。
不足の事態における最重要な行動は〝観察〟である。
そして〝判断〟をしなければならない。
それも迅速にだ。
こいつは、いったいなにを……?
男が両掌を組み、呪文を唱える。
「《リオ・ルフェス・アイステズ……》」
オックスの背筋に悪寒が走る。
と、同時にギャスガルの狙いがわかった。
まさかこいつ、魔術を使うのか?
こんな物理一辺倒にしか見えない男が?
これは経験の不足と、先入観が招いた判断ミスだ。
奴が剣を手放した瞬間、魔術詠唱の可能性を考えるべきだったのだ。
その結果、数秒の後手。
だが、なめるなよ。
これ以上、魔術の詠唱などさせるものか。
再び驚愕の踏み込みを見せるオックス。
そして、男の太い足に雷撃の剣を……
勝利を確信したオックスに、男はニヤリと笑いかけた。
まずい。
詠唱は終わっていたのか。
まさか、この短時間で?
いや、ブラフに決まっている。
「見ろ! この瞳を!」
ギャスガルが、閉じていたはずの目を見開く。
バカな!
奴の目の上を走る傷は古傷ながら明らかに深く、その眼球が潰れていることは明白だ。
普通なら瞼が癒着して開くことなどできないはず。
このときのオックスの行動は、戦闘経験の無さが招いた油断であった。
相手の言葉をまともに聞いたのだ。
そして、言われるままギャスガルの目を見てしまった。
そこには、異様な黒い瞳――白目の部分まで漆黒に染まっている瞳――があった。
「なっ!?」
瞬間、オックスの剣が、止まった。
相手の足に突き刺さる寸前、切先がピタリと動きを止めたのだ。
オックス自体も、突進の姿勢で動かなかった。
いや、動けなかった。
この状況……マズい。




