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第78魔 『どうしたい?』

次の更新は9月5日(日)だワン

 ∮


 一人には広すぎる部屋だった。

 この部屋に泊まるのはオックスだ。

 扉続きである隣が、ルビーの――ここよりだいぶ狭い――部屋だ。


 当然、お嬢様もどきは文句を言った。

 なんであたしが狭い方なのよ、と。

 だが、オックスは真面目な顔で頑として譲らなかった。

 理由を聞いても答えない。

 ただ、どうしてもだ、と繰り返すのみ。

 こうなると、オックスは厄介だ。

 絶対に譲らないのだ。

 

 そして、結局はルビーが折れた(揉めたのは食事前)。


 いつもどんなわがままにも(文句を言いながらも)応えてくれるオックスが今日に限って……、とルビーは、ただならぬものを感じたのかもしれない。

 だからなのか、それ以上ごねたりはしなかった。


「ねぇ、オックスはどう思う?」


 オックスの部屋へ入るなり、ルビーはそう言った。

 腰につけた剣と矢筒を外す。


「可能性はあるだろうな」


 オックスも、ルビーの荷物の隣へ、自分の荷物を下ろした。

 腰につけた剣を外し、ベッドの枕元に立てかける。


「そうだよね。偶然にしちゃ出来過ぎだもん」


 担いてた弓を外す。

 それを手にしたまま、部屋中央にあるテーブル備え付けの椅子に、腰を下ろす。

 親の形見である弓を、両手でギュッと握りしめた。


「ルビーはどうしたい?」


 部屋の奥、入り口ドアを見張れる位置に移動したオックスが、壁によりかかり、腕を組んだ。


「どうって?」


「真相を確かめたいのかどうか、だな」


「どう、なんだろ。よくわかんないや」


「だよなぁ」


「ねぇ、オックスは、お父さんや、お母さんに、会ってみたい?」


「い……」


 いや、子供を捨てる親になんて会いたかねぇよ、の言葉を寸前で止めた。

 言っちゃいけない言葉だからだ。

 これは自分の親はもちろん、ルビーの親をも否定する言葉だ。

 親を恨むのは仕方ない。

 だがそれを言っていいのは、実の子供だけなんだ。


「……言われてみれば、興味はあるな。どんな顔してるのか、とか。頭髪はどんな危機的状態なのか、とか」


「あたしも興味あるなぁ。夢だったんだぁ。仲良くなって、一緒にご飯作ったりしてさぁ」


「……うん。いいな、それ」


「そんで、あたしが作った料理に文句言いながら食べたりするの。失敗して焦げちゃったお肉を、みんなで大笑いするのよ」


「……そうか」


「でもね、お父さんもお母さんも、残さず食べてくれるんだぁ……あたしが食べなくてもいいよって言っても、聞いてくれないの。おかしいでしょ? そんな夢をずっと見てたの……小さい頃からずっと……」


「……なぁ、ルビー」


「……なぁに、オックス?」


「明日帰るってのは止めて、少し調べてみないか?」


「その弓使いの冒険者さんについて?」


「あぁ、年配の冒険者に話を聞けば知ってるんじゃないか? 有名な冒険者だったそうだし。それに女将さんも、明日には名前を思い出すかもしれないしな」


「……やめとくわ。シスター・リーチのことが気になるし、その冒険者がお母さんだったとしても、もう死んじゃってるし」


「だが……」


「それに、その人がお母さんだとしたら……お母さんは、あたしより恋人のセドリクスさんを選んだの。赤ん坊だったあたしを捨てて、男を選んだのよ。さっきあたしはそんな生き様を〝素敵〟って思ったけど、赤ん坊がいるなら話は別だわ。赤ん坊を残して死ぬことを選ぶなんて、あたしには理解できない。そんな酷いこと、あたしには……」


「……」


「だからいいの。さ、この話はおしまい! 明日から旅が始まるんだし、早めに寝ましょ! じゃ、オックス、おやすみなさい」


 パン、と手を叩き、ルビーは、弓だけ持って隣の部屋へ去って行った。


 話の途中から、オックスはルビーを見ないようにした。

 意識して、自分の足元へ視線を外していたのだ。

 泣いているのがわかったからだ。

 だって、泣き顔なんて見られたくないだろ?

 とくに幼馴染なんかにはな。


 自分も部屋着に着替えようと、オックスが上着を脱いだ。


「ん?」


 そして驚いた。


「なんだ、これは……」


「どうしたの!?」


 隣室へ続く扉が開き、早々に着替え終えたルビーがオックスに駆け寄る。

 一度寝るとどんな騒音でも目を覚さない幼馴染の少女は、起きている間は、いかにも耳ざとい。


「なによ、これ!」


 ルビーが声を上げた。

 その視線は、オックスの右手――正確には右肩――へ注がれている。


「いつの間に、こんな……」


 呟くオックスも、自分の右肩を見つめている。

 右肩にある紋様を、だ。


 それが、まるで木炭のように黒く変色していた。

 もともとは、青い紋様だった。

 生まれてから今までの12年間、ずっと。


 この現象はいったい……。


「痛く、ないの?」


「痛みはない。ただ熱を持ってるな」


「あのね、オックス。実はあたし、気づいてたんだ。右肩のアザだけ、なんか色が変わってるなぁって」


「え? いつの話だ?」


「村を出て最初の宿に泊まったでしょ? そのときよ。でも少し他と色が違うかな、ってくらいだったの。それがこんな……」


「気になるが、様子をみるしかないだろうな。痛みもないし」


「冷やさなくて大丈夫? 〝氷矢〟で氷作ろうか?」


「そこまでせんでもいいだろう。いっそのこと、このまま消えてくれたらうれしいんだけどな」


「……オックス、怒らないで聞いてね。あたしは、オックスのアザ、嫌いじゃないんだ。綺麗だし、なんか見てると目が吸い込まれるって言うか……。あ、オックスがアザを気にしてるのは知ってるわよ? でも、あたしは好き。なんか好きなの。って、こんな時に、あたしなに言ってんだろ。ごめんね、変なこと言って」


「……」


 オックスは別に怒ったりはしなかった。

 それどころか、ルビーの言っていることが理解できたのだ。


 もし全身のアザが消えたら……。

 そんな妄想を幾度繰り返してきたことか。


 バンダナを外して、髪を短くして、ときには上半身裸で川を泳いだり、他の子供のように半袖半ズボンで普通に生活をする。

 そんなごく当たり前で平凡な生き方――それがオックスの夢だったのだ。


 なのに、そのアザに変化が訪れた今。

 いざアザが消えるのを、リアルに想像してしまった今。


 すると――なぜか。

 そう、なぜだか寂しい気分になったのだ。


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