第76魔 『ファルネラとマヌエラ』
次の更新は9月1日(水)だにゃ
「さぁ、どんどん食べてちょうだい! おかわりは、まだまだ沢山あるわよ!」
現れたのは、宿屋『馬のたてがみ亭』の女将ファルネラだ。
歳の頃は30代中頃。
立派な体躯の肝っ玉母さんである。
両手いっぱいの肉料理を、広いテーブルにどんどん並べていく。
「ファルネラさん、そんなこと言っちゃったら、オックスったら信じられない程たくさん食べちゃうわよ?」
ルビーが女将に耳打ちをする。
「いいの、いいの! なんたってあんたらのおかげで、当分肉には困らないんだからね! でも本当によかったの? あんなに大量の肉をもらえるなんて、なんだか申し訳なくてねぇ」
「いいんですよ。素材を取った余りのお肉なんだもん。ねぇオックス」
「そうだな。どうせ売り物にならなかったんだ。それに女将さんに美味しく料理してもらえれば、獲物達の供養にもなる」
「そう。じゃあありがたく頂戴するわ。その代わり腕によりをかけて料理を振る舞うからね。おかわりがいる時はベルを鳴らしてちょうだい」
そう言ってファルネラは部屋を出て行った。
「何回か泊まったけど、この部屋に入るのは初めてね」
ルビーが大皿の料理を少しずつ取り分けて、自分の前に並べていく。
広い部屋だった。
真ん中に8人がけの大きなテーブルがある。
ルビーとオックスは、入り口近くに向かい合って座っている。
「特別な部屋なんだろうな。お偉いさんがお忍びで泊まった時に使ったり」
オックスは、ルビーの前に並んだ皿をじっと見つめている。
「え? それって、あたしが特別扱いってことじゃない! なんだか偉くなった気分だわ! ……それじゃ、全能神様、いただきまぁす! もぐもぐ」
あたしって……あたし達じゃないんだな。
別にいいけど。
それに、お祈りの言葉は超適当で、まるで顔見知りなご近所さんへの挨拶だ。
シスター・リーチに見られたら、腫れ上がるまで尻を叩かれるだろうな。
帰って、シスター・リーチが元気になったらチクってやろう。
その罰当たりルビーは、皿の料理を端から平らげていく。
「あれだけ肉を提供すれば、扱いが丁寧にもなるさ」
毒味が終わった料理を、オックスが自分の皿に山盛り取っていく。
「全能神ローレンシアに感謝を。――いただきます」
そしてオックスの長い長い食事が始まった。
∮
「もう無理! これ以上一口だって入らないわ! マヌエラちゃん、あとは任せた! うっぷ」
そう言ってルビーは口を抑えた。
食事を初めて3時間。
とうとうルビーが降参となったのだ。
「驚いた……ものすごく沢山食べるのね。見ていて気持ちがいいわ。っていうか、その体のどこに食べたものが入ってるの? まるで魔法みたいだわ」
ルビーの隣に腰掛けた少女――マヌエラが、大きな目をまん丸にしている。
マヌエラはこの宿屋の娘で、女将であるファルネラの娘だ。
年齢は14才。
ルビーより一つ上だ。
母と違いほっそりとした身体。
キリッとした意志の強そうな眉が特徴の、気立のいい娘だ。
以降は、彼女がオックスの毒見役(内緒かつ承諾なし)となる。
「さすがにこんなに食べたら、お店としちゃ大赤字になっちゃわない?」と、ルビー。
「大丈夫よ。それどころか感謝してるわ。あなた達のおかげでお肉に不自由することがなくなったんだから。最近、物価がものすごく上がっちゃって困ってたの」と、マヌエラ。
「そういえば、今って帝国からのキャラバンが来てないんでしょ? そりゃ物価も上がるわよねぇ」
「へ? 帝国からの? 今もずっと来てるわよ?」
「そうなの? だってタンタル森林は……」
「ルビー!」
オックスはルビーの言わんとする言葉を止めた。
「あ……な、なんでもないわ」
危なかった。
タンタル森林が魔獣で封鎖されている話は、禁句なのだ。
討伐依頼の契約書の契約内容でも、そのことは口外禁止となっている。
理由はわかる。
噂が広まると、高名心に駆られた血気盛んで無謀な若者が、死に急いでしまうからだ。
だからこそ、Bランク以上の魔獣討伐は、掲示板で依頼できないようになっている。
(そう言った理由で、嫌な受付嬢に依頼しなければならなかった)
己の力を見誤ると、死ぬことになる。
そして己の力を見極めるには、それなりの経験が必要なのだ。
前途有望な冒険者保護の観点から、口外禁止について、致し方ない処置と言える。




