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第68魔 『肉がうまい』

「ねぇ、オックス」


 せっせと肉を切り分け、次々に鉄板の上へ置きながら、ルビーが言った。


「なんだ? もっとガンガン焼いて構わんぞ? しかしロックボアの肉は絶品だな。程よい脂……それに肉の臭みも、まったくないときた。塩はまだあるか? モグモグ」


 肉を頬張りながらオックスが答えた。

 山盛りあった肉は、すでに1/3がなくなっている。

 驚くべきことに、かれこれ2時間は食べ続けているのだった。(ちなみに眼前で調理をした場合は、オックスは食べることができる)


「お塩は山ほど持ってきてるから大丈夫よ。って、どんだけ食べるのよ……。はぁ、もうそれはいいわ。オックスが自分の体以上のお肉を食べてるのに、お腹が膨らんでないってのも、突っ込む気にならないし。あのね、そうじゃなくて」


「どうした? モグモグ」


「えっと……あたし達だけで討伐って……やっぱり無理かな?」


 オックスの動きがピタリと止まった。

 ナイフを持つ手を下ろして、ルビーの顔を見つめる。

 ルビーの赤い瞳がジッと見つめ返してくる。

 冗談……ではなさそうだ。

 なのでオックスも真面目に答える。


「……それは前に言っただろう。俺の錬成術は隙が大きいんだ。Aランクの魔獣なんて無理に決まってる」


「でも、実際に討伐に行く冒険者にもさ、魔術師や錬成術師がいるわけじゃない? 魔術もオックスの錬成術と同じように時間がかかるでしょ? じゃあ、その人達はどうやって戦ってるのかな?」


「そのことなんだが……じつは、冒険者のおっちゃんに、酒を奢って聞いたんだ」


「あー、あの歯抜けの?」


「そう、あの歯抜けの」


「そういえば、なんか話してたわね。あたしはあの人、生理的に無理だったけど。前歯全滅って、見た目強烈よね。もちろんマイナスの意味で」


「言ってやるな。あの人も万年Dランクで苦労してるんだぞ。入歯も買わずに、少ない報酬で子供3人も養ってるんだ。満足に肉も食えない(金銭的にも物理的にも)ってのに、立派なもんじゃねぇか」


「計画なしに子供作って、そんなの自業自得じゃない。で、その貧乏子沢山歯抜け中年冒険者さんがなんて?」


「歯がないので聞き取りづらかったんだけど、歯抜けさんが言うには、魔術師のいるチームは、最低でも4人で編成されているらしい」


「4人?」


「うむ。1人目は、前線で攻撃しつつ敵の動きを止める役」


「剣士ね」


「2人目は、魔術師をガードする盾役」


「それも剣士かしら?」


「そして3人目は、全体の補佐をする役だ。最後に魔術師で4人ってわけだ」


「全体の補佐?」


「これはだいたい弓を使うやつが受け持つんだと。目が良くて、冷静な奴ってとこじゃないか?」


「じゃあ、あたしにもできそうね。つまり、あと2人いれば……」


「ただし、並の奴じゃだめだぞ? Aランクの攻撃に、せめて数秒耐えられなきゃな」


「Aランクの攻撃って、いまいちピンとこないけど……ねぇ、傭兵ギルドは? そこで凄腕の2人を雇えないかな? そうしたらすぐにでも……」


「傭兵ギルドで、か……うーん。できればそれは避けたいな」


「どうして? オックスの秘密を知られたくないから?」


「それもあるけど、単純に信用ができないんだ。大して知らないやつに――しかも腕の立つ奴に背中を任せるなんて、俺には無理だ」


「信用か……。食事のことといい、オックスって本当に人を信用しないよね。もしかして、前世で誰かに騙されたりしたのかしら?」


「前世のことはわからんが……すまん」


 オックスはルビーから視線を外した。

 脅迫的なまでの自分の潔癖症が、周りに迷惑をかけているのを、改めて申し訳なく思った。


「あ……」


 意図せず訪れた微妙な空気に、ルビーが言葉に窮した。

 

 焚き火がパチパチと音を立てる。

 鉄板に乗ったままの肉から煙が上がり始め、焦げる臭いがした。

 肉が炭になる前に、ルビーが皿に移しながら、少しおどけて言う。


「あ、謝らなくていいわ。だって、今ならあたしにもわかるもの。菓子屋の親父さんもあんな人のいい顔して、お釣りを平気でチョロまかすのよ? 人って、みかけによらないったらないわ。ルビーちゃんも、ちょっと人間不信になっちゃいそうよ」


 軽口を叩いて、沈んだ空気を盛り上げるのは、ルビーの得意技だ。

 孤児院の教会が、明るく楽しい場所なのは、ひとえにこの赤髪娘の貢献に寄るところが大きい。

 (まぁ天然系ドジっ子女子な、シスター・ナトリの存在もバカにならないが)


 オックスはルビーに気を使わせてしまった自分を反省して、再びルビーに顔を向ける。


「菓子屋の親父なら、釣りをチョロまかされるだけですむんだがな。いいか、ルビー。俺たちは失敗ができないんだ。なにせシスター・リーチの命がかかってるんだからな。それに……」


 そこまで言って、オックスは言葉を止めた。

 ん? 待てよ? 俺は何を言おうとした?


「それに? なに?」


 ルビーが顔を上げて、オックスの目をじっと見つめてくる。

 その目が、いや、ルビーの体全体が、いつぞやのようにキラキラと光った気がした。


 そしてオックスは自分が言おうとしたことに気がついてしまった。

 急に恥ずかしくなって、慌てて目を逸らす。


「な、なんでもない!」


 ルビーから肉の乗った皿を少し乱暴に受け取る。

 そして熱くなった顔を隠すように頭を下げると、乱暴にナイフを使い、誤魔化すように肉を頬張った。


「なんなのよ。でも、うーん。やっぱり討伐依頼を出すしかないのかぁ。あーあ、せっかく矢の操作が上手くなったのになぁ」


 ルビーが呟いた。

 オックスは何も言わず、味のしない少し焼けすぎた肉を、黙々と食べ続ける。


 耳が熱い。

 危なかった。


『――それに、ルビーを危ない目に遭わせたくないんだ』


 危うく、そんな臭いセリフを口にするところだったのだ。



(後書き)


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