表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/109

第63魔 『門前払い』

 待つこと小一時間――ようやくオックスが現れた。

 すぐにルビーは素材買い取りの結果を報告しようとした。

 が、出来なかった。


 オックスの険しい表情を見たからだ。

 まさか……


「オックス……その、討伐依頼は……」


「その話は後だ。――行くぞ」


 オックスは騎竜ペンタンの手綱を引いて、さっさと歩き出す。


「う、うん……」


 オックス、どこへ行くの? 討伐依頼はどうなったの? どうして、そんなに怖い顔をしてるの?

 そう聞きたかった。でも、ルビーは聞けなかった。


 オックスの背中が、聞くなと言っているから。


 さっきまであんなに嬉しかった小袋のお金が、なんだか価値を失ったように感じる。

 魔物を討伐してもらえないのなら、どれほど大金を持っていてもなんの意味も無い。

 シスター・リーチを助けられないなら、すべてが無意味だ。


 それから30分ほどオックスの後を歩いた。そして到着した。

 そこは、厳重な警備が敷かれたとても大きな屋敷だった。

 屋敷の奥には、信じられないほど高い塔が立っている。


「オックス、ここは……」


 建物も、塔も、門も、足元の敷石すらも、見たことがないほど豪華できらびやかだ。

 高さ3メル強の壁に覆われた敷地は、比喩ではなく、ジルコ村全部よりも広そうだった。

 

 ――まさか、ここは領主様の……。

 

 ルビーの予想は当たっていた。


「領主様のお屋敷だ」


 振り返ったオックスは、余裕の無い表情をしていた。

 その顔を見たルビーは、言いようのない不安に駆られ涙が出そうになった。



 ∮



 門外に立つ2人の衛兵に、オックスは用件を取り次いで貰った。

 うち1人が屋敷へ走って行く。

 門の外でオックス達は待った。


 残った衛士は20代中頃の男性。なぜか騎竜のペンタンを見て首を傾げた。


「……これは坊やの騎竜なのかい?」


「えぇ、そうですけど……」


 もしかして盗んだと思われているのか?

 オックスの年齢と服装からすると、そう思われても仕方はない。

 だが焦ることはない。

 いざとなればバッグの中にある『騎竜売買証明書』を出せばそれで済む。


「この騎竜は……。坊や、こいつをどこで?」


 やはり疑われているのか?


「知人に譲って貰ったんです」


「知人?」


「村の外れに住むグスタンって人ですけど……」


 一個人の名前を言ったって知るわけない。

 本当は〝盗んだのではありません〟と言いたかった。

 でもそんなことを言うと、まるで言い訳してるみたいだ。


 いっそ証明書をみせてやろうかと思っていると、なにやら様子がおかしい。


 衛兵の彼が驚いた顔をしているのだ。

 そして彼はこう言った。


「グスタン……? じゃあ『ジルコ村』の……」


「え? グスタンさんを知ってるんですか?」


「い、いや、自分は何も知らないであります! それでは門番の仕事がありますので……」


 衛兵が逃げるようにそそくさと門の中に入っていった。

 まるで、これ以上の会話を避けるように……。


 なんなんだ。

 グスタンさんと面識があるのだろうか。それとも同じ名前を知っているだけなのか。

 だが彼は確かに〝ジルコ村の〟と言った。

 オックスは自分がジルコ村から来たとは一言も口に出していない。

 それに、あのあからさまな態度は何だ?


 少し気になった。だが、今はそれを考えている余裕は無い。

 今考えるべきは、魔物討伐の――シスター・リーチの問題だけだ。


「ねぇ、オックス……」

 

 沈黙を守っていたルビーが口を開いた。


「討伐依頼は……その」


 言いにくそうにして、オックスを見つめている。


 できればルビーを悲しませるような報告をしたくはない。

 だが、嘘を言うわけにもいかない。


「ダメだったんだ。いや――正確にはダメじゃ無いんだが……。詳しいことは後で話すよ」


「……うん、わかった」


 ルビーは暗い顔で口を噤んだ。

 泣き出しそうなその表情を見ていると胸が痛む。


 ――大丈夫。領主様に会えさえすれば、きっと……


 やがて屋敷から、衛士と1人の黒服の紳士が現れた。

 白髪に白いヒゲの紳士は門を出ると、オックス達をいぶかしげにジロジロと見つめた。

 立ち振る舞いや佇まい、服装に至るまで一分の隙も無い男だった。

 よほど高度な教育を受けてきたのだろう。


 いつもなら萎縮してしまうところだ。

 だが、オックスは必死だった。

 最後の望みに縋る思いで、真っ直ぐ紳士の目を見つめる。

 オックスが挨拶を口にする前に、紳士がコホンと小さく咳払いをした。



「わたしはカールボン家、筆頭執事のレイン・フマルと申します。――それで、領主様になんのご用ですかな?」


「はい、タンタル大森林の魔獣討伐をお願いしたく参上致しました」


 オックスとルビーは深く頭を下げた。

 それを見たルビーも慌てて頭を下げる。


「タンタル大森林の討伐依頼を? 君たちのような子供が、ですか?」


「はい、村のみんなも、街道沿いの民も苦しんでいます! どうか……どうか領主様に取り次いでもらえないでしょうか!」


 頭を下げたまま、オックスは懇願した。



「タンタル大森林、ですか。帝国とつながる唯一の陸路ですな」と、紳士の声。


「はい」


「魔物が出た場合、近隣の村長が討伐の依頼をする、と法律で定められておりますが?」


「村長は……依頼を出していませんでした。なのに村のみんなには依頼をしたと嘘をついてるんです」


「出していなかった、ですと? 村長が嘘を? いったいなぜです?」


「理由は……わかりません」


「ふむ、頭を上げてください。」


 言われたとおりオックスは頭を上げた。


「では、即刻調査に向かわせましょう。それが本当なら、その村長を厳しく処罰せねばなりません。なんという村でしょうか?」


 オックスは泣きそうになった。

 これで村が……シスター・リーチが助かるんだ、と。

 だが、次なるオックスの発言に空気が一変する。


「は、はい、ジルコ村です。エクサの森の西にある……」


「ジルコ……村? ――まさか」


 途端に執事レイン氏の顔色が曇った。

 冷静だった顔が、いまや狼狽の色を濃くしている。


「き、君の名前は?」


 うわずった声でレイン氏が尋ねた。


「俺のですか? その……オックス、ですけど……」


「オ、オックス、ですと!? い、いかん!」


「え?」


「早くここを離れなさい! もうここへ来ちゃいかん!」


「ちょ、ちょっと待ってください! 魔物討伐は……」


「――衛兵! この子達を街まで送ってあげなさい!」


 豪奢な門が閉じていく。

 ガシャンと大きな音を立てた格子の向こう、レイン氏は早足に立ち去った。


「くそッ、なんだってんだ! 話を、話を訊いてくれよ! ちくしょぉぉぉ!」


 必死の訴えも虚しく、ルビーとオックスは半ば強制的に街へと連れ戻された。


 ここが最後の希望だった。最後の望みだった。

 それが……脆くもついえたのだ。



 ∮


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品を読んで頂きありがとうございます!

少しでも気になった方は、ブクマと作品の評価をしてくれるようれしいです!(☆☆☆☆☆をタップするだけです)

★★★★★で、応援していただけるとすごく励みになります!

ブクマも超うれしいです!>

script?guid=on
 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ