第63魔 『門前払い』
待つこと小一時間――ようやくオックスが現れた。
すぐにルビーは素材買い取りの結果を報告しようとした。
が、出来なかった。
オックスの険しい表情を見たからだ。
まさか……
「オックス……その、討伐依頼は……」
「その話は後だ。――行くぞ」
オックスは騎竜ペンタンの手綱を引いて、さっさと歩き出す。
「う、うん……」
オックス、どこへ行くの? 討伐依頼はどうなったの? どうして、そんなに怖い顔をしてるの?
そう聞きたかった。でも、ルビーは聞けなかった。
オックスの背中が、聞くなと言っているから。
さっきまであんなに嬉しかった小袋のお金が、なんだか価値を失ったように感じる。
魔物を討伐してもらえないのなら、どれほど大金を持っていてもなんの意味も無い。
シスター・リーチを助けられないなら、すべてが無意味だ。
それから30分ほどオックスの後を歩いた。そして到着した。
そこは、厳重な警備が敷かれたとても大きな屋敷だった。
屋敷の奥には、信じられないほど高い塔が立っている。
「オックス、ここは……」
建物も、塔も、門も、足元の敷石すらも、見たことがないほど豪華できらびやかだ。
高さ3メル強の壁に覆われた敷地は、比喩ではなく、ジルコ村全部よりも広そうだった。
――まさか、ここは領主様の……。
ルビーの予想は当たっていた。
「領主様のお屋敷だ」
振り返ったオックスは、余裕の無い表情をしていた。
その顔を見たルビーは、言いようのない不安に駆られ涙が出そうになった。
∮
門外に立つ2人の衛兵に、オックスは用件を取り次いで貰った。
うち1人が屋敷へ走って行く。
門の外でオックス達は待った。
残った衛士は20代中頃の男性。なぜか騎竜のペンタンを見て首を傾げた。
「……これは坊やの騎竜なのかい?」
「えぇ、そうですけど……」
もしかして盗んだと思われているのか?
オックスの年齢と服装からすると、そう思われても仕方はない。
だが焦ることはない。
いざとなればバッグの中にある『騎竜売買証明書』を出せばそれで済む。
「この騎竜は……。坊や、こいつをどこで?」
やはり疑われているのか?
「知人に譲って貰ったんです」
「知人?」
「村の外れに住むグスタンって人ですけど……」
一個人の名前を言ったって知るわけない。
本当は〝盗んだのではありません〟と言いたかった。
でもそんなことを言うと、まるで言い訳してるみたいだ。
いっそ証明書をみせてやろうかと思っていると、なにやら様子がおかしい。
衛兵の彼が驚いた顔をしているのだ。
そして彼はこう言った。
「グスタン……? じゃあ『ジルコ村』の……」
「え? グスタンさんを知ってるんですか?」
「い、いや、自分は何も知らないであります! それでは門番の仕事がありますので……」
衛兵が逃げるようにそそくさと門の中に入っていった。
まるで、これ以上の会話を避けるように……。
なんなんだ。
グスタンさんと面識があるのだろうか。それとも同じ名前を知っているだけなのか。
だが彼は確かに〝ジルコ村の〟と言った。
オックスは自分がジルコ村から来たとは一言も口に出していない。
それに、あのあからさまな態度は何だ?
少し気になった。だが、今はそれを考えている余裕は無い。
今考えるべきは、魔物討伐の――シスター・リーチの問題だけだ。
「ねぇ、オックス……」
沈黙を守っていたルビーが口を開いた。
「討伐依頼は……その」
言いにくそうにして、オックスを見つめている。
できればルビーを悲しませるような報告をしたくはない。
だが、嘘を言うわけにもいかない。
「ダメだったんだ。いや――正確にはダメじゃ無いんだが……。詳しいことは後で話すよ」
「……うん、わかった」
ルビーは暗い顔で口を噤んだ。
泣き出しそうなその表情を見ていると胸が痛む。
――大丈夫。領主様に会えさえすれば、きっと……
やがて屋敷から、衛士と1人の黒服の紳士が現れた。
白髪に白いヒゲの紳士は門を出ると、オックス達をいぶかしげにジロジロと見つめた。
立ち振る舞いや佇まい、服装に至るまで一分の隙も無い男だった。
よほど高度な教育を受けてきたのだろう。
いつもなら萎縮してしまうところだ。
だが、オックスは必死だった。
最後の望みに縋る思いで、真っ直ぐ紳士の目を見つめる。
オックスが挨拶を口にする前に、紳士がコホンと小さく咳払いをした。
「わたしはカールボン家、筆頭執事のレイン・フマルと申します。――それで、領主様になんのご用ですかな?」
「はい、タンタル大森林の魔獣討伐をお願いしたく参上致しました」
オックスとルビーは深く頭を下げた。
それを見たルビーも慌てて頭を下げる。
「タンタル大森林の討伐依頼を? 君たちのような子供が、ですか?」
「はい、村のみんなも、街道沿いの民も苦しんでいます! どうか……どうか領主様に取り次いでもらえないでしょうか!」
頭を下げたまま、オックスは懇願した。
「タンタル大森林、ですか。帝国とつながる唯一の陸路ですな」と、紳士の声。
「はい」
「魔物が出た場合、近隣の村長が討伐の依頼をする、と法律で定められておりますが?」
「村長は……依頼を出していませんでした。なのに村のみんなには依頼をしたと嘘をついてるんです」
「出していなかった、ですと? 村長が嘘を? いったいなぜです?」
「理由は……わかりません」
「ふむ、頭を上げてください。」
言われたとおりオックスは頭を上げた。
「では、即刻調査に向かわせましょう。それが本当なら、その村長を厳しく処罰せねばなりません。なんという村でしょうか?」
オックスは泣きそうになった。
これで村が……シスター・リーチが助かるんだ、と。
だが、次なるオックスの発言に空気が一変する。
「は、はい、ジルコ村です。エクサの森の西にある……」
「ジルコ……村? ――まさか」
途端に執事レイン氏の顔色が曇った。
冷静だった顔が、いまや狼狽の色を濃くしている。
「き、君の名前は?」
うわずった声でレイン氏が尋ねた。
「俺のですか? その……オックス、ですけど……」
「オ、オックス、ですと!? い、いかん!」
「え?」
「早くここを離れなさい! もうここへ来ちゃいかん!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 魔物討伐は……」
「――衛兵! この子達を街まで送ってあげなさい!」
豪奢な門が閉じていく。
ガシャンと大きな音を立てた格子の向こう、レイン氏は早足に立ち去った。
「くそッ、なんだってんだ! 話を、話を訊いてくれよ! ちくしょぉぉぉ!」
必死の訴えも虚しく、ルビーとオックスは半ば強制的に街へと連れ戻された。
ここが最後の希望だった。最後の望みだった。
それが……脆くもついえたのだ。
∮




