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第60魔 『断罪の追跡者(トレーサー)』

 オックス達が出発した日の深夜。


 暗い食堂のテーブル。

 宿屋の店主コウゾは頭を抱えていた。


 そこへ女将であるケイシャが現れた。

 コウゾは暗い顔を上げて、


「……タジンは寝たのか?」


「えぇ、それで……あいつらは?」


「あの子達を……追って行ったよ。怒り狂ってな」


 その言葉を聞き、ケイシャの顔面が蒼白となる。


「あんた……どうにかしないと、わたし達のせいで、あの子達が……」


「俺にどうしろって言うんだ! 俺には何もできない……できないんだ……くそッ!」


 タンタル大森林の魔獣が現れてから、街道の景気は一気に悪くなった。

 月に300人はあった客入りも、今ではほんの数名にまで激減した。


 増収を見越して母屋を増築した費用300万フィンは、借金で賄っている。

 支払いが滞れば、この家を奪われてしまう。


 いよいよセシウスの街へ出稼ぎにいくしかない、と思っていた3ヶ月前。


『この不景気を打開するいい儲け話があるのだが、あんた乗るかい?』

 

 胡散臭い話を持って現れた男がいた。

 盗賊の頭であるウジベンだ。


 ウジベンの提案は、ほとんど脅迫だった。


『おっと、お前さんは話を聞いちまったんだ。断らない方が身のためだぜ? いや、家族のため、だな』


 断れば、妻と子の命がない。

 コウゾは渋々と盗賊に手を貸すことにした。

 ただし、客を殺すことだけは、断固として許さなかった。


 この3ヶ月で4組の客が盗賊の餌食となった。

 コウゾの手引きによって、だ。


 その盗賊ウベジンは、昨夜自らが仲間2人を連れ、子供達を襲撃した。

 そして、醜態をさらした。

 奴らは不思議な金属で拘束されていた。

 それが解けたのが、1時間前。

 怒り心頭の盗賊達は、汚名返上とばかりにその子達を追っていったのだ。



「あんた……もういいじゃないか。宿を畳んで、3人で出直そうよ……」


「…………」


「もっと早くそうするべきだったんだ……。

 このままあいつらの言いなりになるくらいなら、わたしはタジンを連れて出て行くよ」


「……くそッ!」


 コウゾは立ち上がる。

 カウンターの中へ入っていった。

 間を置かず出てきた夫を見て、ケンシャは驚きの声をあげる。


「あんた、その格好……ど、どこへ行くの!?」


 コウゾは外套と一振りの剣を持っていたのだ。


「早足で飛ばせば間に合うはずだ」


「で、でも、あいつらは10人もいるんだよ?」


「俺が奴らを手引きしたせいで、あの子達が殺されるんだぞ!?

 俺に出来るのは、少しでもあいつらを足止めすることだろうが!」


「あんたが死んだら、タジンはどうなるんだよ!」


「それは……くッ」


「あんたが行ったところで時間稼ぎになんかなるもんか!

 一瞬で殺されるのがオチだよ!」


「くそッ! じゃあどうすりゃいいんだ……。くそっ! くそっ! くそ……」


 その場にへたり込んだコウゾは、何度も床を叩いた。


 ギィ。


 そのとき、入り口のドアが開いた。


「こんばんはぁ。遅くに申し訳ないね。今からだが、泊まれるかい?」


 現れたのは30代前半のがっしりした男だ。

 おっとりとした表情は、どこかとぼけた感じを与える。

 使い込まれた革の装備からすると、傭兵か冒険者か。


「いや、今はそれどころじゃ……」


「いいからいいから、ちょっと眠らせて貰うだけだから、よろしく頼むよ。

 ほら、荷物があるから手伝ってくれ」


 男は自分勝手にそう言うと、出て行った。

 コウゾは、仕方なしドアを開けて、男の後を追った。


 男は、騎竜を連れていた。

 先日泊まった2人の子供の騎竜と色は違えど、よく似ている。


「ちょっと多いけど、大丈夫かな?」


 男が目線で示す方向に、大きめのズタ袋が3つあった。

 麻で出来た袋は、ところどころ血が滲んでいる。

 あの子達と同じように、魔獣の肉でも持参したのか。


「あれは魔獣か何かですか?」


「そんなところだ。――ところで店主さん」


「はい、なんでしょう?」


「騎竜に乗った2人組の子供が来なかったかい?

 赤髪の可愛らしい女の子と、黒髪の小憎らしい糞坊主なんだが」


 ドキッとした。

 嘘をつくべきか一瞬迷った。だが、これ以上罪を重ねたくない。


「はい……。その子達は昨夜、うちに泊まりました。あの、実は……」


「オレはね、店主さん。迷ってるんだよ」


 店主の言葉を遮った男が腕を組んで、店主を見つめている。

 その表情は先ほどまでのとぼけたそれではない。

 どこかひやりと冷たいものを感じさせた。


 ジロジロ、コウゾはまるで品定めをされている気分だった。

 ざわり、と胸に嫌な予感が去来する。


「迷ってらっしゃるので? あの、一体何を……」


「その袋を開けてもらえるかい?」


「は、はぁ……」

 コウゾは言われるままに、血の滲む袋のひとつを開けてみた。

「いひぃぃッ!」 

 そして、腰を抜かした。

「こ、これは!」


 袋の中身は、すべて人間の生首だった。

 コウゾを脅していた盗賊――ウベジン達の首だ。


 シャラン、と男の方から音が聞こえた。

 尻餅をついたまま顔を向けると、男が剣を抜いている。

 コウゾの全身から血の気が引いた。


「オレは迷ってるんだよ。盗賊の一味であるあんたを、殺すべきかどうかってな」


「ひっ、ど、どうか、命だけは! こ、こいつらに脅されて仕方なく……」 


「…………」男は冷たい目で見やる。


「どうか! どうかお願いします! もう盗賊のいいなりになんかなりません! どうか……」


 コウゾは地面に頭を擦りつけた。


「…………」男は無言。悩んでいるのがわかる。殺すべきか否か。


「どうか……どうか……」


 必死に命を乞うた。

 自分のためではない。

 ケンシャのために。

 タジンのために。


 そんなコウゾへ男は声をかけた。


「ところで店主さん、こいつらに襲われた人たちがどうなったか、知ってるかい?」


 その質問に、コウゾは顔を上げて男を見上げた。

 男の眼光は鋭く、氷のように冷たい。


 被害者がどうなったか。

 それはコウゾが無理矢理考えないようにしてきたことだった。

 コウゾはゴクリと喉を鳴らして、精一杯弁明した。


「あ、あの、こいつらは約束しました! 金品を巻き上げるだけで、絶対に殺さないと!」


「ふーん。で、あんたはそいつを信じたわけだ」


「ま、まさか……」


 考えないようにしてきた最悪の結末が……とコウゾは目の前が真っ白になった。


「こいつらが殺したのかって? いいや、こいつらは殺さなかった」


 その言葉を聞き、コウゾは安堵のため息を吐いた。

 だが安心したのはこの一瞬だけだった。

 

「だが、襲われた人たちは全員死んだよ」


「え……」


「殺されたんじゃない。自ら死を選ぶまで、弄ばれたんだ。だからあんたとの約束を破ったわけじゃないっちゃないな。まぁ、この話も、全部苦し紛れに言ったこいつらの嘘かもしれんが」


「死んだ……。ぜんいん……しんだ……」


 コウゾが手引きした被害者は、主に中年の男性だった。だが。幼い子供を抱えた若い夫婦もいたのだ。

 愛娘タジンより少し年長の女の子が……。

 その全員が、コウゾの手引きで死んでしまった。


 それから男は、盗賊から聞き出したという、被害者の凄惨な末路をコウゾへ語った。

 ある商人の男は、同僚と死ぬまで殴り合わせたという。

 若い夫婦は、夫の目の前で何日も何日も伴侶を凌辱されたらしい。それどころか、この獣どもは年端のいかない娘まで……。

 

「げぇぇぇぇッ!」


 話を聞きながら、コウゾは何度も嘔吐した。

 吐いて、吐いて、胃液しかでなくたっても、コウゾは吐き続けた。


「わかったかい? あんたは立派な盗賊の一味ってことだ」


 嘔吐するコウゾへ男が言い放った。


「で、だ。まだ命乞いをするかい?」


 男の言葉にコウゾは顔をあげる。

 コウゾの目に映る男は、先程までとは違い、なぜか悲しそうな顔をしていた。


「いえ……わたしには、もう……」


「そうかい」


 言うと男は、コウゾの胸へ、スッと剣を差し込んだ。

 意識が途絶える間際、コウゾは命を振り絞り、言った。


「妻と……娘だけ……は……」


 そこまで言うと、コウゾの目から命の光が消えた。


「悪いな。殺人を犯した盗賊は一族郎党皆殺しなんだ」


 コウゾという男だった死体の服で血を拭いつつ、その胸から剣を抜くと、男はため息を吐いた。

 

「妻と子供か……。まったく嫌な役目だよ。なぁオクタン」


 言って、後ろにいる騎竜に顔を向けた。

 オクタンと呼ばれた騎竜は、何を言われたのかわからないのだろう、目をパチパチとさせて男を見つめ返している。


「さて、嫌なことはさっさと片付けて、オックス様を追うとするか」


 男は抜き身の剣を手に歩く。そして主人のいない宿屋のドアを開けた。


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