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第59魔 『オックスなりの正義』

「それじゃ、お世話になりました!」


 旅に出て3日目の朝。

 宿屋の前に立つルビーが、満面の笑みで敬礼をした。


「おねえちゃん……いっちゃうの……?」


 宿の看板娘タジンが、目を潤ませる。


「ごめんね、タジンちゃん。お姉ちゃんたちは、やることがあるの……」


「じゃあ、ようじがおわったら、かえりもここへきてくれる?」


「もちろ……」

「いや――」


 ルビーの言葉をオックスが遮った。


「タジンちゃん、ごめんな。帰りは別の宿を予約してあるんだ」


「そうなんだ……」


 タジンが肩を落とした。

 この世の終わりといった顔だ。


「でもいつか、ジルコ村に来ることがあったら教会に寄るといい。

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも、タジンちゃんを歓迎するよ。もちろん騎竜のペンタンもね」


「ほんとう! うん! ぜったいいく!」


 本来の明るさに戻ったタジンが、大きく破顔した。


「旦那さん――」


 オックスの声に、なぜかずっと俯いていた主人は、びくりと身体を震わせる。


「は、はい、なんでしょうか?」


「昨夜、大きな害虫が出たので、空いた部屋に放り込んでおきました」


「害虫……ですか、ハハ」


「24時間は動けないはずです。すみませんが後処理をお願いします。――それと、女将さん」


「はい……」


 主人と同じく俯いていた女将さんが小さく返事をした。

 まるで叱られている子供のようだ。


「俺たちはセシウスの街へ、魔物の討伐を依頼しに行くんです」


「え……それはタンタル大森林の……」


 驚きの顔を上げた女将さんへ、オックスは頷いた。


「ですので、捨て鉢になって道を踏み外さずに、もう少しだけ耐えてください。

 かならず以前の活気は戻ります。きっとです」


 オックスの言葉に、女将さんは、膝を落として泣き崩れた。


「おかあさん、どうしたの!?」


 嗚咽を上げる女将さんへ、タジンは駆け寄った。

 主人は顔を伏せたまま、なにかを耐えるように震えている。


「ど、どうしたのよ!」

 

 ルビーは3人の親子を見てオロオロした。


「行くぞ、ルビー」


 有無も言わせない口調で、オックスが騎竜ペンタンに騎乗して、手を差し伸べる。


「う、うん……でも……」


 オックスの手に引っ張られて騎乗したルビーが、なおも言い淀む。


「ハッ!」


 オックスの声を合図に騎竜が走り出す。

 

 遠ざかるルビーの背後から、声が聞こえた。

 ごめんなさい、ごめんなさいと、女将さんは、なぜか泣きながら謝っていた。



 ∮




 宿から離れて数分後、背後のルビーが話しかけてきた。

 

「ねぇ、オックス……どうして女将さんは、あんなに謝ってたの?」


「あぁ、実は経営が苦しいかろうと、少しお金を多めに払っておいたんだ。

 そのお礼じゃないか? なにも謝らなくてもいいのにな。ハハハ」


「え? お金払ったの? 昨日、魔獣のお肉で精算したのに?」


「無駄づかいではないと思うが」


「うん、オックスのお金だもん。どう使おうとオックスの自由だよ。

 でも、今朝の食事は、どうしてタジンちゃんに試食させたの? 」


「別に試食って訳じゃないさ。

 俺たちの料理を見て、タジンちゃんがよだれを垂らしてたから食べさせただけだ」


「そう、だったかしら……。

 じゃあ、『雷矢』と『氷矢』がなくなってるのは? 

 あと、帰りの宿を予約してるって嘘をついたのは、どうしてなの?」


「すまん、よく聞こえん! そんなことより、急ぐぞ!

 森で狩りをしないと昼飯抜きになっちまう! ハッ!」


 オックスはわざと音が出るように騎竜を急がせた。

 その後も、ルビーが何か言っていた。

 が、荷の音や騎竜の駆け音で、聞き取れなかった。

 

 ――やれやれ、これでやっと嘘をつかないですむ

 

 そう。

 

 先の説明は、全てオックスの嘘であった。

 

 追加のお金なんて、払ってないし、払うつもりもなかった。

 なにせ、オックス達は命を狙われたのだ。

 

 あの宿屋は、金を持っていそうな客の寝込みを襲う『盗賊宿』だった。

 最初に店主は、オックスの鞄をわざと落として、金の音を確認したのだ。


 ――思えば、最初からおかしかったな


 初めて会ったとき、女将さんはオックス達の宿泊を明らかに渋っていた。

 

 昨夜、夕食時に現れた中年男は、獲物の偵察に来た盗賊だ。

 オックス等が寝静まった深夜に部屋へ侵入してきたのは、こいつを含めた3人の男達だった。


 ベッドの下に隠れていたオックスは『雷矢』で男達を感電させた後、(一番遠くの)空いている部屋へ男を放り込んだ。

 そして『錬成術』でガッチガチに身体を拘束。

 さらに部屋の扉を『氷矢』でカチンコチンに凍らせていたのだ。


 その後、ペンタンが盗まれないように、窓から抜け出したオックスは、厩舎の周りを錬成した金属製の柵で囲っておいた。

 ちなみに、ルビーが起きる前に、その柵(と昼間に創った貨車)は消している。


 騒動の間ルビーは、もう食べられないと寝言をいいながら、スヤスヤと眠っていた。

 まったく……寝付きのいいことで。


 朝食をタジンに食べさせたのは、タジンに食べさせる素振りをしながら、女将さんの顔色を伺って、薬物の混入の有無を確認するためだ。もちろん、少しでも違和感があれば、タジンに食べさせなかった。

 (正直、盗賊宿の飯などを食う気分ではなかった。だがルビーの腹が盛大に鳴ったのと、はらぺこ娘に上手い言い訳を考えつかなかったのだ)

 

 今頃、店主と女将さんは、冷凍部屋扉の解凍に悪戦苦闘しているに違いない。

 それくらいの苦労は当然だろう。

 実質、店主たちの罪を、オックスは見逃してあげたのだから。

 


「ふ……我ながら甘いな……」


 ボソリと、つい呟いてしまった。


「え? オックス、今何か言った?」


「デザートが甘くて美味しかったって言ったんだよ!」


「そうだよね! あー今思い出しても、よだれが出ちゃう!

 それに昨日のスープと言ったら……」


 ルビーの無邪気な発言に、オックスはホッと胸をなで下ろす。

 

 ――ルビーは知らなくていいことだ

 

 この純粋な少女には、人間の汚いところを見せたくない。

 



 ――かの聖人ならば、どうしただろうな


 曲がったことが許せない彼ならば……。

 盗賊男だけでなく、店主まで罰していたに違いない。

 その後の事なんて考えなかっただろうな、となぜかオックスは断言できた。

 

 容赦のない断罪は、看板娘のタジンを路頭に迷わせる。


 ――無理だ。そんなこと、俺にはできん……


 甘いと言われようが、オックスにそんな選択はできない。

 あの親子は――少なくとも、タジンと女将さんは悪ではない。

 最初にあったとき、女将さんは確かにオックスを逃がそうとしてくれたのだから。

 そんな人達を裁くなんて……。


 ――俺は聖人様とは違うんだ


 どちらが正しいのか、オックスにはわからない。

 

 確実にわかることは、ひとつだけ。


 ――ルビーもシスター・ナトリもシスター・リーチも、テルルだって、俺と同じ決断をしただろうな


 それだけは自信を持って言える。


 そのとき、ルビーがオックスの肩を叩いた。

 振り向いたオックスへ、ルビーはニコリと笑って、言った。

 

「ねぇオックス! すっごくいい宿だったでしょ!」


「あぁ、そうだな。さすがルビーだ」


 言うと、オックスは前に向き直った。

 チクリと胸が痛む。

 オックスはまたひとつ、ルビーに嘘をついたのだ。


 そんなオックスの気も知らず、ルビーは嬉しそうに言った。


「あたしの目に狂いはないのよ!」


 幼馴染の暢気な声を聞きながら、オックスは、ふと思った。


 ――グスタンさんなら、店主達をどうしただろうか?


 暢気で温厚な師匠の顔を思い浮かべる。

 なぜか湧き上がった疑問に、不思議と答えは出せなかった。

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