第5魔 「【暴食】は残さず食べる」
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気がつくとオックスは、荒野に投げ出されていた。
一瞬で汗が額ににじむ。かなりの気温だ。
「転移魔法だとッ? まさか実在していたとは」
悪魔や天使は、空間を跨ぎ移動する術と肉体を持つ。
しかし人間は、今いる空間を越えることはできない。
それを可能にするのは〝ゲート〟と呼ばれる門を作る〝転移魔法〟だ。
だがそれは〝神話〟の中だけのこと。
実際には存在しない奇蹟の魔術である、とオックスは思っていた。
今までは、だが。
「ん? またか……」
首から下が動かなくなる。
無駄な抵抗はせずに、見える範囲で周囲を確認する。
荒涼とした灼熱の大地は、遙か先にある地平をさらけ出している。
色といえば、点在する灌木が、単調な風景に淡い彩りを添えるのみ。
むき出しの太陽が、視界にあるささやかな凹凸に、短い影を作る。
そんな中、大悪魔ブラセオ(羽は消えている)が静かに立っている。
礼服を着て涼しげに佇む姿は、彼の持つ異質さを際立たせていた。
オックスの視界に映る人物が、もう1人。
袖のない毛皮のドレスに身を包む女悪魔だ。
こちらは、不思議なほど風景に馴染んでいる。
この場所で生まれ育ったと言われても、すんなり納得できるだろう。
「初めまして、オックス様」
粗野な外見のイメージとは裏腹に、短いながらも礼を尽くした挨拶だ。
髪は金と黒のストライプ。
筋肉質な女悪魔だ。武器は持っていない。
「あーしは……」
その時、中空に異変が……。巨大な何かが現れようとしている?
またしても転移魔法か。奇蹟の大安売りだな。
しかし、こいつはまさか……。
「クロムホーンだとッ!」
オックスが驚愕の声を上げる。
現れた巨大な魔獣は【クロスホーン・ゾアーク】だ。
長く堅い角で敵を粉砕する、危険度Aクラスの準レアモンスターだ。
オックスも一度だけ、討伐に参加したことがある。
対象は、目の前のこれよりも、小さいサイズだ。
それでも体長はオックスの五倍以上で、10メルはあった。
討伐は成功したものの、そのとき12人いた冒険者の内の、3人が死亡した。
眼前にいるのは、体長15メルを越えている。
どぉぉぉぉぉぉんッ!
轟音と共に着地するや、クロムホーンは、
「ぐおぉァァァァァッ!」
威嚇するように吼えた。
ビリビリと大気が震える。
数十秒の咆吼を終えると、眼前の女悪魔を見据える。
だが状況を図りかねているのか、警戒しているのか、その場を動かない。
「どうしたんすか? かかってくるっすよ。
ホラホラ、武器は持ってないっす。怖くない、怖くないっすよ」
女悪魔が、にこやかに両手をヒラヒラさせる。
言葉がわからないなりに、意図だけは伝わったのか。
女悪魔の挑発に、魔獣は怒りを持って応えた。
一気に加速して、突進する。
ニヤリと笑う女悪魔も、魔獣に向かって走り、
「フンッ!」
跳躍した。
信じられない高さまで飛び上がる。
見る間に右腕が、虎縞に巨大化していく。
それを魔獣の頭に――、
「行くっすよぉッ! どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
振り下ろしたッ!




