第46魔 『大切なもの』
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「全能神ローレンシアに感謝を込めて」
シスター・ナトリが朝食前の祈りを捧げる。
「ろーれんしあさまにかんしゃをこめて」
テルルも一生懸命祈る。
オックスとルビーも祈りを捧げると、ようやく食事の時間となる。
まず、オックス以外の全員が、全て料理にちょっとずつ手をつける。
そして、それを見届けたオックスが、ようやく食事を始める。
いつものことだ。
このルーティンが当たり前になりすぎていて、誰も疑問に思わない。
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「はぁ……それにしても、一体いつになったら、森が安全になるのかしら。――モグモグ」
溜息をこぼすと、ルビーは肉のたっぷり入ったシチューを、せっせと口に運ぶ。
「村長さんは、討伐依頼を申請したって言うけど、もう3ヶ月よ。いくらなんでも遅すぎるわよね……」
スプーンの動きを止めて、シスター・ナトリが誰へともなしに呟く。
「はやくお医者様に来て貰わないと、シスター・リーチが……」
ルビーの言葉が尻すぼみに消える。
食卓に重い沈黙が流れる。
オックスは何も言わない。
ただ、何かを考えているような顔で黙々と食事を進める。
「そ、そうだ。あのね、オックス君」
強引にシスター・ナトリが話題を切り替える。
途端にオックスの顔が曇り、スプーンを止めて、言った。
「ダメだ」
「ま、まだ何も言ってないわ」
「肉をご近所に分けてもいいかって話だろ? ――ダメだ。それをするなら、俺はもう肉を捕ってこない」
「で、でも森が封鎖されて、みんなが困ってるのよ?」
「あと3ヶ月もすれば冬が来る。それまでに、できるだけ食料を貯めておかなくちゃならん。シスター・ナトリも、わかってるはずだろ? タンタル森林が封鎖されて、帝国からの行商人が村に来ない今は、自分の食料は自分でなんとかするしかないんだ」
「それは、わかってるけど……」
「近所に配りなんかしてみろ。あっという間に噂が広まって、村中で、うちもうちもと、大騒ぎになるぞ。在庫なんか、すぐに無くなっちまう」
「で、でも……」
「気持ちはわかる。だけど俺にとって大事なのは、この教会なんだ。シスター・リーチやテルルや、シスター・ナトリ、あなたなんだ。頼むから、辛抱してくれよ」
「ん? あれれ? ちょ、ちょっと!」
「どうした、ルビー?」
「あたしあたし! あたしいない! かわいいルビーちゃんの名前が、大事な人リストに載ってないわ! あらやだ、記載漏れかしら? もしそうなら、即時訂正を要求するわ!」
「えへへ、ぼくのなまえはあったよ!」
「そりゃそうだ。テルルは大事な大事な弟だからな。――ウリウリウリ」
「キャーーッ」
「えっと、無視かしら? あたしってば、すっごく空気なんですけど? ルビーお姉ちゃん泣きそうなんですけど?」
「だいじょうぶ。ルビーおねえしゃんはだいじだよ。ぼくだいすき」
「ふぐうっ……、テルル、あんたやるじゃない。よくも、このあたしを泣かせてくれたわね。――コショコショコショコショ」
「キャーーッ」
「オックス君、厳しい……厳しいよ。小さい頃はあんなに……」
それ以上、シスター・ナトリは言わなかった。
ナトリにもわかっている。
オックスの言っていることは正しい。
でも、理屈じゃないところで、何かが叫んでいる。
それは正しいけど、正しくないんだと。
「俺だって、なんとか出来るなら……」
オックスが小さく呟く。
そしてまた重い沈黙が食堂に漂う。




