第42魔 『罪の味』
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ナトリの部屋の中で、オックスは椅子に腰掛けている。
その額に包帯を巻き終えると、ナトリはホッと息を吐いた。
「これでよし、と」
「……ありがとうございます、シスター・ナトリ」
「あのね、オックス君。アザって言うのは、擦っても消えないのよ?」
ナトリが膝をついて、オックスに目線を合わせる。
「……」
若い修道女の大きくまん丸な瞳を、オックスは無言で見つめ返す。
「オックス君は悪魔なんかじゃないわ。なんてったって、全能神ローレンシア様の印を授かってるんだから」
「ボクは……あくまじゃないの?」
おずおずと尋ねるオックスへ、ナトリは大きく頷く。
「オックス君の背中の印は、あの聖人オックス様とまったく同じなのよ? 悪魔なわけないじゃない」
「せいじんオックスさま?」
「そうよ。とってもとーっても偉い方なの。オックス君の名前は、聖人オックス様から頂いたって聞いてるわ」
「でも、ボクは……」
「……誰にいじめられたの?」
「それは……いえません」
「ほら、やっぱり」
「……え?」
「オックス君は、自分をいじめた相手だって、そうやって庇うでしょ? そんないい子が悪魔な訳ないわ。悪魔なら、喜んで名前を喋るわよ」
「でもボクは、あいつらがきらいです……せいじんさまとはちがいます」
「……あのね、オックス君。聖人オックス様だって、完璧なわけじゃないのよ?」
「え? 『せいじん』なのに……?」
「うん、潔癖すぎて、悪いことは少しだって許せなかったらしいの。そのせいで、昔いろいろとやり過ぎちゃったみたいね。今はそうでもないらしいけど」
「でも、シスター。それはいけないことなの? だって、わるいことは、わるいことでしょ?」
「確かにそうなんだけど……うーん、どう言ったらいいかな。――そうだ! オックス君はお掃除するでしょ?」
「うん」
「油汚れは、水じゃ落ちないでしょ?」
「うん」
「油汚れを落とすときは、灰や油を使うわよね?」
「うん」
「それと同じよ。汚れのない聖人様は、どんなにがんばっても、悪い人を改心させられないと思うの。出来たとしても、せいぜい汚れた床を剥ぎ取るみたいに、悪い人へ罰を与えるだけじゃないかしら」
「バツを、あたえるだけ……」
「悪い人にも、それなりの事情があるかも知れないわ。それを理解してあげられるのは、自分でも悪いことを経験した人じゃないかしら。神父様でも、元犯罪者の方が結構いらっしゃるのよ?」
「じゃあ……わるいことは、わるいことだけじゃないの?」
「うん、わたしはそう思うな。だって、神様がわたし達をそうお創りになったんだよ? 必要ないなら、最初から悪いことが出来ないようにするはずよ」
「わるいことが……ひつよう?」
「立場上言っちゃいけないかもだけど……オックス君は、もうちょっと悪い子になってもいいと思うな」
「でも、ボクはシスター達みたいに、もっといいひとに……」
「じゃん! オックス君、これなーんだ?」
ナトリがポケットから包みを取り出し、封を解いた。
「え? それは……『おかし』? もうなくなったんじゃ……」
「むふふ、こっそり盗んで隠しておいたのだよ。――どう? わたしは良い人? それとも悪い子かしら?」
「それでも……シスター・ナトリはいいひとです」
「ふふ、ありがとう。でも悪い子なのよ。つまりわたしは、良い人でもあり、悪い子でもあるってわけ。でもって、もし死んじゃって、神様に怒られたら、こう言ってやるわ――」
言葉を切って、ナトリはビシッと指を突き出す。
「『だって神様が、お菓子を盗むわたしをお創りになったんじゃないですか!』ってね」
言ってウィンク1つすると、お菓子を一切れ取り出してかじった。
残りをオックスの口に突っ込むと、
「はい、共犯! これでオックス君も『悪い子』仲間だね!」
修道女はニヤリと笑う。
オックスの口に、甘い味が広がっていく。
それは甘くて美味しい罪の味だった。




