第33魔 『無慈悲な槍』
「グルルルルルルルッ」
本能が危機を察知したのか。
大虎の悪魔ボーリが、数歩後退って唸り声を上げる。
大天使バークリウムは、魔人を見つめている。
凍てつくように、それでいて眼前の敵を全て焼き尽くすように、魔人を見据えた。
そして静かに問うた。
「魔人君にお尋ねします。なぜ、あの子を――天使フェルミンを、あそこまで傷つける必要があったのですか?」
バークリウムの質問に、魔人はフンと鼻を鳴らす。
「おいおい、大天使様ってのは、そんなこともわからないのか? そりゃ、あいつがケンカを売ってきたからだろ? 正当防衛だ。せーとーぼーえー」
「違います」
あまりのキッパリとした物言いに、魔人がピクリと大きく眉を上げる。
「ほう……お前に、なにがわかるってんだ?」
「あなたは、ただ力を行使したかっただけです。自分より弱い者に対して」
「思いたきゃ勝手に思ってろ」
「ではそうします。――さて、もう一つ質問といいますか、お願いがあります」
「なんだ?」
「その身体、オックス君に返して頂けませんか?」
「ダイテンシサマってのはバカなことを言うんだな。どうやって自分に身体を返すってんだ?」
魔神は重心を崩すと、ニヤけ面のまま禍々しい黒剣を左手に持ちかえて、トントンと自分の肩を叩いた。
わざと隙を見せてるのだろうか。
それともバークリウムを侮っているのか。
天使は動じずに、真っ直ぐに魔神を見つめて、毅然と言う。
「あなたはオックス君ではありません」
「ククク、オックスじゃない、だと? じゃあ俺様は、俺様以外のいったい誰なんだよ?」
「誰でもありませんわ。〝欲望〟と〝力〟が、オックス君の身体を借りて喋っているに過ぎません。――そこな虎の悪魔さん?」
「ガルルルル……なんすか……?」
突然話を振られて、虎の目が泳ぐ。
「その男は、オックス君の名前をかたり、身体を乗っ取ろうとしている悪霊です。――あなたにも、それはわかっていますよね?」
「ガルルルル……で、でも、身体はオックス様で……」
痛いところを突かれたのか、【暴食】は言い淀む。
「あなたの事情はわかります。なので、魔人に刃向かえとは言いません。――ただ、今からわたしのやることに、手出しをしないで頂けますか?」
「ことわ……」
ズガンッ!
言い終える前に、突然現れた巨大な槍が、虎の身体を貫いた。
一瞬呆気にとられた顔をすると、虎――【暴食のボーリ】は次の瞬間、
「ガファァァッ!」
ビタビタビタビタッ!
信じられないほど大量の血を吐いた。
「残念です。さて――」
ジタバタと虎が暴れるも、槍はまるで床と結合しているようにビクともしない。
「オックス……さ……ま」
ひと言いい残すと、【暴食のボーリ】は目を閉じて、動かなくなった。
「フン、えげつないな。答えを聞く前から攻撃してたわけだ」
串刺しの虎を冷たく見やって、魔人が言う。
その顔に笑みはない。だが、哀れみもまたない。
「……もう一度いいます。オックス君に身体を返して頂けませんか?」
「しつこい女はモテないぞ? ――くっ!」
ゴバンッ!!
飛びのいた場所に、巨大な槍が突き刺さった。
魔人オックスは空中で、ニヤリと笑う。
「なるほどね、小さなゲートを一瞬開けて、亜空間で生成した槍を射出するってわけか。すごい技だ。だが、種が知れてしまえば、どうということもない――《次元干渉》ッ!」
「くッ……!」
突然、バークリウムが飛びのいた。
ゴバンッ!
巨大な槍が、バークリウムのいた場所に突き刺さった。
「……小細工は通用しませんか。さすがです。では、正攻法といきましょう。――聖天技ッ《聖戦姫重装》ッ!」
白銀の重装備を身に纏い、天使バークリウムが巨大なランスを構える。
「いざ――参ります」
「――来い、十翼ッ!」
そして『魔人』対『大天使』の壮絶な戦いが幕を開けた。




