第31魔 『絶望の闇と希望の光』
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
フェルミンが、血をまき散らして、のたうち回った。
千切り取った羽を放ると、魔人は満足そうにそれを見下ろしている。
「ん? 一気に魔力が減ったな。もしかして〝羽〟が弱点なのか? おいおい、ずっと弱点をさらけ出して戦ってたのかよ――って聞けよ、人の話を」
ズンッ!
魔人の足がフェルミンの腹にめり込む。
「ガハッ!」
内臓が損傷したのか、フェルミンは吐血した。
血を吐きながら、転げ回る。
回復を……ダメだわ!
魔力が乱れて、傷の回復ができない!
「俺様には獲物をいたぶる趣味はない。お前と違ってな。って充分いたぶってるか。――おい、ここは笑うところだぞ? ひゃーっはっはっはっはッ! イーッヒッヒッヒッヒーッ!」
返り血に濡れた顔で、魔人が爆笑した。
「ひッ……」
怖い、怖い、怖い、怖い、誰か、誰か、誰か、誰か……、
「ひぐッ。バークリウム様ッ、バークリウム様ぁぁぁぁッ! 助けてくださいぃぃッ!」
「さっきから誰だよ、バーなんとかって。もしかして、お仲間〝淫乱〟天使か? 残念だったなぁ。この周囲一帯は〝次元干渉〟で、転移できないようにしてあるんだ。いくら待っても助けは来ねぇよ。と言うわけで――さっさと死ね」
振りかぶると、天使の頭に躊躇なく剣を振り下ろした。
「……あ」
迫る剣を見ながら、フェルミンは思った。
どうして、わたしがこんな目に……。
バークリウム様に言われたとおり、迎えに来ただけなのに。
感謝されこそすれ、恨みを買った覚えは、微塵もありません。
なのに、どうして、どうして、どうして、どうして……。
登場シーンも必死に練習して、上手くやれたのに。
必死にがんばって、ようやく夢の四翼になれたのに。
ようやく憧れのバークリウム様から、お声がかかるようになったのに。
あぁ、こんなことになるのなら、もっとバークリウム様に甘えておけば良かった。
バークリウム様、バークリウム様……。
最後のご挨拶もできず、先立つわたしを、お許し下さい……。
死を覚悟したフェルミンは、心の中で精一杯の祈りを捧げた。
まさに当たる寸前――だが、剣は止まった。
「え……?」
見開いたフェルミンの瞳に映るのは、やはり魔人オックスだった。
その魔人がなぜか苦悶の表情を浮かべている。
剣を持つ右手を、まるで左手が押さえているように見える。
魔人はよろよろと三歩後退った。
「天使様……逃げて……ください」
魔人が言った。
いや、その目は赤から黒へ変化している。
「オックス……? も、もしやオックスなのですか?」
恐る恐る、天使フェルミンが尋ねた。
「私では……抑えきれません……早く……今のうちに……がぁぁぁぁぁッ!」
「ひぃッ!」
な、何が起こったのかわかりません。
と、とにかく、逃げないと!
オックスが魔人を抑えている今は〝次元干渉〟をされていないはずです!
は、早く転移を……あぁ、なんてことなの!
魔力が乱れてゲートが開きません!
な、ならば早く、できるだけ早く、できるだけ遠くへッ!
フェルミンは、残った羽で飛び立った。
もしかしたら、助かるのかも知れないと思ってしまった今は、一度諦めた命が、いかにも惜しくなっていた。
「……あぁッ!」
だが、上手く飛べずに、二十メルほどで床に落下する。
後ろを振り返ると……。
「逃がすかーーーーーーッ! おらぁーーーーーーーーーーーーッ!」
「いひぃッ!」
赤い瞳の魔人が、こちらに突進してくる。
今更飛んでも、絶対に間に合わない速さだ。
もうダメだわ……。
天使フェルミンは、ギュッと目を閉じた。
せめて、ひと思いに死ねるように祈りながら、最後の瞬間を待つ。
「死ねぇぇッ!」
ギィンッ!
フェルミンの耳に金属音が届いた。
え? え? まだ……生きてるの?
なぜ……? ど、どうして……?
恐る恐る目を開ける。
すると、そこは――白の世界であった。
温かい光が溢れて、フワリと甘い香りがフェルミンを包み込んだ。
この香りは、フェルミンの大好きな、とても……そう、とてもよく知る香りだ。
そして、これは……あぁ、まさか……天使の羽?
やはり、これは……では、やはり、この香りは……。
「ふぅ、間一髪でしたね」
頭上から声が降ってきた。
見上げると、
「フェルミン、大丈夫……とは言えませんね……。ごめんなさい。転移を阻害されていて、来るのが遅れました」
サラサラとなびく白銀の髪に、美しい顔――。
あぁ……。
あぁ、そこには、……そこには、大天使バークリウムの顔が……あった。
「ば、ばーぐりう゛ぶざばぁ、ばーぐりう゛ぶざばぁぁぁぁッ!……う゛ぅぅぅぅぅ……ふぐぅぅぅ……」
フェルミンの目から、大粒の涙が溢れ出る。
バークリウムは優しく頷くと、すぐに顔を引き締めて、魔人へ向き直る。
「はじめまして、魔人君。わたしは天使バークリウム。【純潔】の十翼を担っております」
愛しい大天使の、威厳に満ち満ちた声を聞きながら、
「これ以上、うちのかわいい子をいじめないでくださいまし」
フェルミンの意識は、光に溶けると薄れて消えた。




