第29魔 『【憤怒】の驚愕』
憤怒のドブニは愕然とした。
この禍々しい殺気は、なんだ!
悪魔ブラセオを警戒しつつ、ドブニは意識を己の主へと向ける。
そこに見えるのは、まず、空中で捕縛されている【暴食のボーリ】だった。
そして、天使フェルミンと対峙する黒ずくめの人物。
――誰だ? 殺気は……そいつからだ。
ドブニには、その人物がいつ現れたのか、まるでわからない。
――これはなんだ?
ドブニは考える。
【暴食のボーリ】が主君の救出に走ったところまではいい。
そこから唐突に青い炎の珠が現れたかと思うと、今の状況だ。
まるで、場面が飛んだようにしか思えぬ。
それに、主君はどこに消えた?
代わりに現れたあいつは誰だ?
もしや……。
「何が起こった? あれは――主君なのか?」
ドブニから呟きが漏れ、それに答える声があった。
「あの天使が時間操作をしたのでしょう。そして、あれは間違いなくオックス君です。まさか、【悪魔神】の加護を賜るとは……」
言った悪魔ブラセオは、愕然と立ち尽くしている。
この悪魔がこれほど驚く姿を、ドブニは初めて見た。
――時間操作? それに、あれが主君だと?
金の髪は黒く、青い瞳は燃えるような赤へと変貌を遂げている。
時間操作に関しては、そういった能力があることは知っているので、まあいい。
だが、【悪魔神の加護】とブラセオは言ったか?
「バカな……」
困惑するドブニが、短く呟く。
悪魔神が人間に加護を授けるなど、聞いたこともない。
その心を読んだのか、悪魔ブラセオが、らしからぬ深刻な顔で呟く。
「悪魔神の加護ですよ。間違いありません。オックス君が、あの天使に負けることは、もうないでしょう。――ですが」
「なんだ?」
「力に飲まれるやもしれません」
「力に飲まれる? どういうことだ?」
ドブニの問いに、ブラセオは答えなかった。
ただジッと動向を見守っている。
「主君……」
ゆっくりと確実に押し寄せる漣に似た不吉な予感を、ドブニは胸に感じていた。
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