第28魔 『俺の名は』
誤算は、天使フェルミンの使った神器《悠久の檻》だった。
あれがなければ……。
――今頃『ブラセオの加護』を受け取っていたのだがな……
それがオックスの『プラン1』だった。
そしてプラン2は……。
オックスは悪魔ブラセオの言葉を思い出す。
『そのような指示は、受けておりません』
オックス自身の強化の可否を尋ねた際、大悪魔は言った。
『十翼』の悪魔であるブラセオが、確かにそう言ったのだ。
十翼に指示などできる存在は、世界にただ1人、いや1柱のみ。
それは【悪魔神】だ。
悪魔ブラセオは、『悪魔神の指示』でオックスをスカウトに来たのだ。
悪魔の神が、オックスを求めている。
ならば、絶対にオックスを殺させはしないはずだ。
そう当たりをつけた上での作戦『プラン2』だった。
しかしどうやら、その作戦も失敗に終わったらしい。
もしかしたら、十翼が最高位ではなかったのかもな。
ブラセオ以外の十翼による指示だったかも知れぬ。
ふ……魂まで消滅する今となっては、どうでもいいことだ。
刻を止められたあのとき、天使フェルミンに事情を説明して、命乞いをする道もあった。
そうすれば、命は助かったかもしれない。
だが、とオックスは思う。
だが、人間を侮蔑するあの天使に、屈したくはなかった。
1人の人間として、それだけはできなかった。
そのことについて、一切後悔はしていない。
――しかしまぁ、ツバを吐くのは、少しやり過ぎだったか……。すまぬな、天使様よ
もう身体の感覚は無い。
最後の瞬間が近づき、頭に浮かんだのは、
――リウムよ。そなたは、どうして私を……
やはり一番弟子リウムの、悲しそうな顔であった。
あの悲しみの表情の、その理由を知りたかった。
もう一度会って、リウムに対する自分の気持ちを確かめたかった。
どうしてこんなに心が動くのか……。
――意識が……薄れてゆく……
オックスの身体が、光の粒へと分散していく。
――あぁ、最後に、そなたへ……
オックスの身体は、完全に消滅した。
今や、崩壊は口元まで達している。
オックスの意識が、まどろみの世界に広がって……消、
その時ッ!
まばゆい光が、世界を照らした。
ビシャッ! ドガァァァァッ!!
同時に、巨大な雷の柱が、オックスを襲う。
周囲を覆っていた刻の結界は、瞬時に消滅した。
∮
「な、なにがッ! この結界を破るのは、十翼でも不可能な……ま、まさかッ!」
空中で後退る天使の目が見開かれた。
「バカなッ! 魂は消滅したはずですッ!」
蒼い炎の中でオックスの身体がーー分解したはずの身体が、少しずつ再構成されていく。
「まさか復活だとッ! おのれッ! させるかッ! ――《戦乙女装束》ッ!」
光に包まれた天使が、再び聖なる鎧を身に纏った。
「大人しく塵に還れッ、ゴミ虫がぁッ!」
天使の槍が、バリバリと雷を纏う。
戦場の天使が雷槍を振りかぶった……そのとき!
「ガァァァァァァァァァッ!」
虎の悪魔【暴食のボーリ】が襲いかかった!
「くッ!」
天使は辛うじて身を躱す。
大虎は空中を蹴ると、身を翻して、再び襲いかかる。
「邪魔するな、糞悪魔がぁぁぁぁぁッ! ――天技ッ《聖荊鎖》ッ!」
天使の叫びに応えるように、幾本もの荊の蔓が周囲の空間から現れた。
蔓は瞬く間に、ボーリの足を、首を、胴体を拘束する。
「愚かな主が滅ぶ様――大人しくそこで見ているがいいッ!」
もがく虎から、天使が視線を移す。
「なにッ?」
だが炎の中にオックスの姿が……ない?
「ど、どこですッ! どこに消えたのですかッ! ――ハッ!」
振り返った天使が、息を呑む。
そこに見つけたのは、宙に浮く1人の人物だった。
黒いフード付きのマント姿。
深くかぶったフードで顔はわからない。
「オックス……なのですか?」
「……」
天使の問いに、人物は無言でフードを脱いだ。
現れたのは、目を閉じた黒い髪の男だった。
オックスに比べると、身体は細く、髪は長い。
「誰ですか、お前は……?」
天使が盾を構えて、問うた。
恐ろしいほどの魔力が、気力が、男から溢れ出ている。
この男が、オックスであるはずがない。
あってたまるものか。
「俺は――」
男が、目を見開いた。
その瞳は赤。
鉄が燃え、灼熱を発するような赤色の光を放っている。
すると一陣の風が、男の髪を舞い上げた。
露わになったその額には、
「俺様の名は、魔人オックス――今から、貴様を殺す人間の名だ」
黒い模様――悪魔神ノーベリウムの紋章が刻まれていた。




