第2魔 『天使フェルミン』
それにしても〝四翼〟とはな。
神話では確か……。
そうそう。
死者の迎えはエンジェルと呼ばれる、羽のない天使の仕事だ。
天使や悪魔は羽の数で階級が変わるという。
最高で何枚だろうか。
神話では十翼が最高位だ。
これには諸説あり、十二翼の天使や悪魔が居るとかいないとか。
むむ。
賓客待遇は、居心地が悪いな。
できれば、通常の扱いをして欲しいものだ。
「身体に異変はありませんか?」
「はい。それどころか、すこぶる調子がいいですね」
これは演技ではなく、言葉通りだ。
長年患った足腰の痛みが、嘘のように消えている。
「それはなにより。
もっとも肉体の状態が活発な、20歳の肉体を再現したので、そのせいかもしれませんね。
これも前例がないことですよ?」
「20歳?」
「ご覧なさい」
天使が言うと、オックスの前に大きな鏡が現れた。
そこに映るのは、艶やかな金の髪に、張りのある肌の自分だった。
なるほど、確かに20歳の身体だ。
生前、少々髪が寂しくなっていたオックスは、素直に喜んだ。
今度は毛髪ケアを怠らないようにしよう。
上着をめくり、背中の紋様があるのも確認する。
それにしても、また特別扱いか。
どうにも、裏がありそうだな。
「では本題に入りましょう。
これからあなたは、天界へ昇ります。
そこで天使の一員になるのです」
ん? 今、何かとんでもないことを言ったか?
「て、天使? この私が、ですか?」
なるほど。
だからこそ、この特別待遇なのか。
しかし、天使とは……。
自分の腰から羽が生えたところを想像してみた。
くっ!
あまりの滑稽な絵面に、オックスは吹き出しそうになる。
だが、大人なので我慢した。
生前の髪が薄い姿だったら、耐えきれなかっただろな。
薄毛の天使……か。まさに噴飯ものだぞ。
恥ずかしくて人前に出られなく……くっ、おっと危ない危ない。
あやうく噴きだすところを、再度耐え切ったぞ。大人だからな。
「そうです。
脆弱で愚かな人間から、高次な存在へと進化できるのですよ。
喜びなさい」
天使が恭しく言った。
この発言に、オックスの眉がピクリと動く。
――脆弱? 愚か?
「……地上へ戻ることはできないのですか?」
「戻る? あのゴミ溜めにですか? どうしてです?」
――ゴミ溜め?
「……確かめたいことがあるからです」
低くなったオックスの声に、天使は鼻で笑いながら、
「フ、オックスよ。薄汚い現世での些事は、捨て置きなさい」
――薄汚い? 些事だと?
「天使フェルミンよ。私は……」
オックスが食ってかかろうとした、その時、空間が揺らいだ、次の瞬間、
「どっせいッ!」
「ぶへぇッ!」
突如現れた黒い物体の叫び、天使フェルミンの悲鳴。
天使フェルミンは、柱のひとつに向かって、吹っ飛んだ。
今まで純白の天使がいた場所では、黒い物体――人物が片足を突き出す格好で立っていた。
突き出された足は、天使の顔面のあった位置で止まっている。
ドゴォォォォッ!
柱を破壊して、なお勢い衰えること無く、天使は宮殿の場外へと消えていく。
少なくとも天使にとってこの宮殿は、無限の空間ではないようだ。
高慢な態度の天使が消えた事実にオックスは溜飲を下げると同時に、ま、まさか、死んでないよな? と少しだけ心配してしまう。