第15魔 『【憤怒】のドブニ』
ブワッッ!
ドブニの発する圧が倍に膨れ上がった。
殺気をまともに受けてだろう、悪魔ブラセオの顔が歪む。
無関係なオックスですら、死にかねない状態なのだ。
ブラセオの受けている圧は、いったいどれほどか。
周りを見ると、拘束されているリザードマンの数名が、泡を吹いて白目を剥いている。
5人の戦士を覆っていた蟲たちが、ボロボロと地面に落ちていく。
ブラセオの長髪が、風を受けたようになびく。
数秒の壮絶な間……そして、
「……わかりました。では構えを解いて下さい」
ブラセオが……なんと、大悪魔であるブラセオが折れた。
「……」
無言でドブニが構えを解く。
瞬時に周囲の殺気が解放された。
オックスの心臓も、通常の鼓動を刻み始める。
本能の警報が鳴り止んだことを安堵しながら、オックスは驚いていた。
大悪魔ブラセオが折れた件についてだ。
まさか、この高位悪魔が折れるとは。
言うなれば、ブラセオはドブニの力に屈したのだ。
それもオックスや、ハッシ、リザードマン達の眼前で、だ。
悪魔はプライドの塊だと聞く。
高位になればそれだけ、プライドも高くなろう。
そのプライドを、殺気だけでへし折るとはな。
ドブニとは、いったい何者なのか。
「グガガッ!」
悪魔ブラセオの腕に、小さなリザードマンが現れた。
ブラセオが地に降りて、子供を解放する。
「ゼブド、ブジダッタカ……」
槍の戦士が、子供を抱きしめた。
「ニイチャン……ゴガガ」
子供が戦士にすがりつく。
ドブニは何も言わずに背を向ける。
その背に、
「マッテクレ」
槍の戦士が声を掛けた。
「なんだ?」
振り返らずに、ドブニが問う。
「オマエ、ツヨイナ?」
「強さに満足しているかと問うているのなら――否、だ。わたしは弱い」
「ソウカ。オレモオナジダ。オレハヨワイ。ダカラ――」
戦士が子供を押しやる。
「ショウブダ」
「……引けぬのか?」
「ヒケナイ。オレガミナヲマキコンダ、コレハケジメダ」
「そうか」
ドブニが戦士に向き直る。
その声色は変わらない。
だが、オックスの目には見えた気がした。
ドブニの背に、悲しみの影が。
「オトウトノコト、カンシャスル――オレノナハ『ダムド』ダ」
「こちらの無作法だ。礼には及ばん。――わたしの名は『ドブニ』」
「イクゾーーセンシドブニ!」
ダムドが構え、ドブニも剣に手をかける。
「受けて立とう、勇士ダムド――いざ」
再び圧力が溢れ出す。
脅威の殺意を、決死の気力で押し返したか。
ダムドが槍を突き出す。
「グガァァァァァァァッ!」
いくつもの槍先が現れ、ドブニを襲う。
凄まじい槍技だ。
幾多の槍先がドブニを捉えた。
いや。
ドブニの身体が、蜃気楼のように消える。
チン。
場にそぐわぬ軽やかな音が響いた。
ダムドの後ろで、納刀を終えたドブニが、背を向けたまま立ち上がる。
その上着は、一部が裂けていた。
ダムドは槍を突き出したまま、動きを止めている。
そして、ニコリと微笑んで、言った。
「ミゴト……ダ」
ボチャッ……。
ダムドの右手が、槍を握ったまま地面に落ちた。
ブシャーーッ!
身体が斜めに割れて、大量の血が噴き出す。
「ニイチャンッ!」
崩れ落ちるダムドを、子供が駆け寄って、支える。
最後まで、この子は勝負の邪魔をしなかった。
小さくても、この子は――ゼブドは立派な戦士だ。
仰向けに倒れた戦士の兄は、だが既に……。
「ニイチャン、ニイチャンッ! ゴワァァァァァッ!」
ゼブドが泣き叫ぶ。
誇り高い戦士の死に顔は、穏やかで晴れやかだった。
見事なり。
オックスは動かない戦士を見つめて、心中で最大級の賞賛を送る。
ドブニは、オックスに向けて歩を進める。
途中、大悪魔ブラセオの隣に着くと、足を止めて、言った。
「……二度とするな」
返事を待たず、再び歩いて、そしてオックスの前に跪く。
「《以後、あなたを主君と仰ぎ、忠義を尽くすと誓おう》」
その隣にハッシが現れ、同じように羽を出さないまま、跪く。
「《以後、あなたに忠義を尽くすとお約束しましょうぞ》」
そして、5人目と6人目の強力な悪魔が、オックスと契約を交わす。




