第99魔 『杞憂』
「オックスゥゥゥッ!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
ルビーを肩に担いで、ソルベーは走っていた。
くそっ!
なぜだ!
どうしてダビドンの野郎は、あいつの首輪を外したんだ!
いつもいつも余計なことしやがって!
あのクソ野郎が!
あいつの姉貴もそうだ!
姉弟揃って、いつも好き放題しやがる!
なにがボルディゼンド商会会長の子供だ!
笑わせるぜ!
愛人に生ませた、ただの妾腹じゃねぇか!
それなのに高貴な生まれだなんだのと調子に乗りやがって!
あと、あのガキだ。
オックスの野郎め。
正直あんなヒョロいガキなんざ、いざとなりゃ楽勝で殺せると思ってたのによぉ。
それがどうだ。
ギャスガルの奴を、あいつはたったひとりで倒しちまいやがった!
あのギャスガルだぞ?
勝つためならどんな卑怯な手も使う、最低なクソ野郎に、あのガキは勝ちやがったんだ!
それに、あの目。
俺を睨みつけるあの目は、本物だった。
あれは本物の強者の目だ。
情けねぇ話だが、俺ぁ心底ぶるっちまった。
あんな毛も生え揃わねぇガキ相手によぉ。
それなのにだ!
それなのに、ダビドンの野郎は、なんであいつを解放しちまうんだ!
くそ、くそ、くそ!
このままじゃ俺はあいつに……。
いや、まだだ。
今ならまだ……。
何度も首輪の電撃を喰らわせた今ならまだ、あのガキも万全じゃあるまい。
目的の場所に到着したソルベーは、足を止めた。
地下牢獄の守衛室だ。
ガチャ。
ノックもせずにドアを開けて、前置きなしに叫んだ。
「全員、今すぐ来てくれ! 脱獄だ!」
室内でカードゲームや食事をしていた警備兵が、慌てて武器防具を装着する。
その数5名。
慌てもするだろう。
なにせこの施設ができてから3ヶ月。
初めての脱走騒動なんだからな。
しかし5人か。
もっといるかと思ったが、まぁ、これだけいりゃ大丈夫だろ。
「ついてこい、こっちだ!」
ソルベーはその5名を引き連れて、オックスのいる牢獄へ走った。
「ふふふ、あんたは、もうおしまいよ」
走りながら、声を聞いた。
声の主は、担がれたままのルビーだ。
「な、なに言ってるんだ。あんなガキひとりでなにができる!」
ソルベーの強がりを、ルビーは鼻で笑う。
「ふん、なんでもできるわよ、オックスは。卑怯な手しか使えないあんたと違ってね。本当はわかってるんでしょ? とんでもなくマズいことになったってね。だから応援を呼んだのよね? でもおあいにくさま。あんたはもうおしまいなの。なんたって、オックスを、あれだけ怒らせたんだから」
「う、うるさい! 黙れ、黙れぇ!」
「はいはい、黙りますよ。彼氏様。――かっこ悪い男」
くそっ!
こいつも俺をバカにしやがる!
どいつもこいつも俺をなんだと思ってやがるんだ!
ルビーだけは俺をわかってくれると信じてたのに……。
……まぁいいさ。
元彼のオックスをぐちゃぐちゃに痛めつければ、また素直なルビーに戻ってくれるはず。
今度は容赦しねぇ。
徹底的にやってやる。
なぁに、死んだってかまやしねぇ。
いや、むしろ殺した方が……。
あのガキがいなくなりゃ、ルビーは俺しか見なくなるんだからな、ククク。
そしてオックスのいる牢に到着した。
「へ?」
ソルベーは我ながら間抜けな声を出してしまった。
「えっと、ソルベーさん。脱走したって奴はどこに……?」
警備兵のひとりが周囲を見渡しながら言った。
「脱走? なにを寝ぼけたことを言ってるんですか?」
少し怒った風に言ったのは、ダビドンだった。
彼はキチンと施錠された牢の前に立っていた。
「だ、だって旦那が、あいつの首輪を……あれぇ!?」
ソルベーは再度すっとんきょうな声を上げた。
檻の中で転がっているオックスは、キチンと首輪と手枷足枷をつけている。
「あぁ、そのことですか。一緒に捕まえた奴の話から、こいつは危険人物だと判断しました。ですので特別制の最新式魔道具と、新品の枷に付け替えたんです。抵抗するものだから、少しだけ痛い目を見てもらいましたけどね。オホホホ」
「はぁ。そういうことですか」
オックスの野郎に痛い目を見てもらったって?
こいつ、そんなに腕っ節強かったっけな?
それともオックスのガキが、それだけ弱ってたってことか?
だがなるほど、
今のオックスについている拘束具を見る。
まるで新品のようにピカピカな銀色をしている。
これを作るのに、何人の奴隷を犠牲にしやがったのだろうか。
そんな恐ろしいこと、考えたくもねぇや。
付け替えたという古い拘束具と首輪の方はどこだ?
ダビドンの足元に転がってるな。
ん? そういえば、さっき来たとき、新しい魔道具や枷は、どこに持ってたんだ?
まぁ、いいか。
奴が持っていた袋かなにかを、俺が見逃してたんだろう。
「これが新しい首輪の制御用魔道具です。あなたにも渡しておきます。今までのやつの3倍は強力ですので、注意して使うように」
そういって、ダビドンはなにかを手渡してきた。
「ありがとうございます、旦那。すみません、なんだか俺ぁ早とちりしちまって」
担いでいたルビーを下ろす。
ダビドンから受け取ったのは、指輪だった。
今までの錆びた真鍮色とは違い、これもピカピカな銀色だ。
俺の彼女であるルビーは、顔を伏せている。
髪で表情が見えないが、落ち込んでいるようだ。
ざまぁねぇや。
当てが外れて、さぞガッカリしているんだろうぜ。
だがな。
彼氏である俺に対する暴言は看過できねぇな。
その罰は元彼くんに受けてもらおう。
この3倍強力って魔道具を使って、たっぷりとな、ククク。
ワクワクしながら、ソルベーは指輪を右手薬指に嵌めてみた。
サイズが合うか不安だったが、さすが最新式だ。
どういう原理かわからねぇが、指にはめた途端、ちょうどいいサイズに変化しやがった。
だが、どうやって外すんだ?
ま、いいか。
すぐに外れるよりも、外れない方がいいに決まってる。
こいつを奪われたり、無くしたりしたらら、大変だからな。
「さて、ボクの用事は終わりました。では存分にお楽しみください」
ダビドンはそういうと、5名の警備兵と共に去っていった。
楽しめ、だと?
たまには粋なこと言うじゃねぇか。
言われるまでもねぇ。
楽しんでやるさ。
思う存分な。フフフ。
さてと、さっきの続きを始めるとするか。




