第10魔 「【怠惰】と【嫉妬】はケンカして怒られる」
転移が完了して、オックスは目を開ける。
見えるのは岩肌の露出した山岳地帯だ。
オックスの立っている場所は、高台に当たる。
下を見ると、盆地があり、小さな集落が見える。
だが、人間の住み処ではない。
「あれは……ホブゴブリンかッ!?」
ホブゴブリンは【危険害獣】に指定されている亜人種だ。
ゴブリンの上位種で、知能は高く、力も強い。
大きい個体だと、体長2メルを越える。
その戦闘能力は高い。
武器を持ったホブゴブリンは、人間にとって、わかりやすい脅威だ。
一体を討伐するのに、Cランクの冒険者が2人は必要になる。
その危険害獣指定亜人種が、下の集落に、およそ20体は生息している。
ここまで集落が育つと、周囲の村に危険が及ぶ。
討伐クエストの中でも、高位の冒険者が緊急招集される案件だ。
そのとき、あのぉ、と幼い声が聞こえた。
相変わらず身体が動かない。
なので、首だけを声の方へ向ける。
そこに立つのは、お腹を出した涼しい格好の少女だ。
眠そうな目でオックスを見上げている。
年の頃は10代中頃。
ボサボサした鈍色の髪を、胸の辺りまでのばしている。
少女はぺこりと頭を下げる。
「はじめまして。ウチは【怠惰】の四翼、ダームスタ言います。
《以後、あなたに忠義を……》――あ痛ぁぁッ!」
誰かがダームスタの頭を、ガツンと殴った。
「馬鹿ダームッ! なに、いきなり【契約】しようとしてんだよッ!」
現れたのは青い髪をした、10代前半に見える少女だ。
耳が隠れる程度の髪の長さが、少女の性別を曖昧にしている。
服装は、短いスカート姿だ。
これがズボンだったら、性別の判断がつかなかっただろう。
そのボーイッシュな少女が、腰に手を当て、プンスカと怒っている。
ダームスタは、頭をさすりさすり抗議する。
「いきなり殴るな言うてるやろ、この馬鹿力の男女ッ!
ええやないかッ! どうせ最後には契約するんやしッ!」
「だ~か~ら~、その契約をして貰うために、ボク達の力を見せなきゃならないんじゃないか!
それに、戦闘アピール次第で誰が一番かわいがられるか決まっちゃうんだぞ!?
もっとやる気を出せッつーの!」
「は~面倒くさいわぁ……。それに危ないやないの。ほら見てみいな。
あない、ようさんのホブゴブリンさんがいてはるんやで?
掴まったら一生慰み者の苗床コースや。くわばらくわばら。
――ああ、そうかぁ。シーボは男やさかい、その点は平気やなぁ。ふへへへへ」
「誰が男だッ! いいから、さっさと――」
するとシーボと呼ばれた青い髪の少女が、暴れるダームスタを持ち上げて――
「ちょっ! 何すんねんッ!」
「おとりになれぇぇぇぇぇぇッ!」
ぶん投げたッ!
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁッ!」
絶叫をあげながらダームスタは、約20M下方の窪地の真ん中へ(岩の地面に)顔面から突っ込んだ。
ぐちゃッ
「――痛たたたた」
潰れたような音がしたにもかかわらず、ダームスタは平然? と立ち上がる。
「……もう、何すんのん。乱暴やわぁ。って、ありゃ?」
周囲を見渡すと、ダームスタは自分の置かれている状況を理解する。
棍棒や槍といった得物を持ったホブゴブリンが、ダームスタを取り囲んでいる。
その数12体。
ダームスタの額に汗が滲む。
「ふへへへ。えっと……。お邪魔します、でええんかな……?」
ジリジリと、ホブゴブリンがにじり寄る。
大半の股間が膨らんで見えるのは、気のせいではあるまい。
「あかーんッ! こら、あかんッ! 嫌なモテ期到来やで、これッ!
――おい、シーボッ! 早よウチの貞操を助けんかい、ボケぇぇッ!」
「言われなくても――」
高台から青髪の少女が、なんと1メルはある大岩を持ち上げ――、
「わかってるってーのッ!」
ぶん投げたッ!
ズーンッ!
2体のホブゴブリンが岩に潰された。
そのすぐ側でダームスタが叫んでいる。
「うぉい、ごるぁ、ノーコン!
ウチに当たったらどないすんねぇんッ! ――って危なッ!」
ズーンッ! ズーンッ! ズーンッ! ズーンッ! ズーンッ……
ダームスタの苦情を無視して、青髪は次々に大岩を投げ続けた。
グチッ! グチッ!
1匹、また1匹とホブゴブリンが潰されていく。
残り1匹になると、青髪少女は直径2Mの大岩を持ち上げた。
「これで、最後だぁぁぁぁッ! 死ねぇぇぇぇぇぇッ!」
ブンッ!
「わわわッ! どこ投げてん――ぐちゃ」
大岩は最後の敵を潰した。
ただし、ダームスタも一緒に。




