第1魔 『死後の世界』
『あなたは必要ないのですよ』
オックスの二番弟子だった男、ロジウムはそう言った。
オックスは床に倒れたまま動けない。
なぜ、と声に出そうとした。
だが呼吸すらままならない状態では、混乱の視線を投げかけるのみ。
その視線をうけ、ロジウムはニンマリと嗤う。
『おやおや、随分と苦しそうですね?
大丈夫ですよ、オックス様。
あなたの築いた地盤は、そっくりそのまま俺が引き継ぎます。
なので安心して、とっととお逝きください。
ハーッハッハッハッ! ヒーッヒッヒッヒィ!』
グラスを傾けワインを床へ落としながら、高笑いするロジウム。
その横で、暗い視線を投げかけている女性がいた。
一番弟子のリウムだ。
意識が無くなる最後の瞬間、リウムの囁くような声を、オックスはたしかに聞いた。
『オックス様……ずっと……お慕い申し上げておりました』
∮
「ん……ここは……?」
オックスは目を開けると、首だけ動かして、周囲を見渡した。
白い――ただただ白い空間が広がっている。
「そうか……私は死んだのだな」
寝台で横になったまま、再びオックスは目を閉じて、呟いた。
オックスは、己の状況を理解した。
オックスは死んだ。
いや、殺されたのだ。
最後の瞬間を思い出そうとする。
だが、記憶があいまいで、どうにも思い出せない。
わかるのは、ただひとつだけ。
「弟子達が……裏切ったのか」
それだけはハッキリと覚えている。
涙が一筋、頬を伝う。
はぁ、と大きくため息を吐いた。
「私の何が気にくわなかったのだ……」
すると次第に記憶が戻ってきた。
40歳の誕生日に、弟子達から高級ワインをプレゼントされたのだ。
喜んだオックスはそれを皆で飲もうと、全員に杯を回した。
そして、
「乾杯の後、私だけが飲んだのだな」
猛毒入りの高級ワインを……。
死ぬ直前、一番弟子の女性、リウムは悲しそうな顔を浮かべていたのを思い出す。
その隣では、二番弟子の男、ロジウムが、毒入りのワインを床へこぼしながら嗤っていたのだ。
「どういうことなんだ……。一体なぜ……」
オックスはもう一度、深く溜息を落として、考えた。
ロジウムは何を考えているのだ。
死にかけとはいえ、私が本気を出せば、道連れにすることだってできたのだぞ。
道連れ……と呟いたあと、オックスは首を振った。
「いや、ダメだ。あのときロジウムの側にはリウムが……」
なるほどな。だからリウムの隣に立っていたのか。
いざとなれば、同じ門弟を盾代わり、か。
「しかし、あの心優しいリウムが、なぜ謀略などに加担を……」
しばし答えの出ない自問自答を繰り返した。
やがてようやく立ち上がると、もう一度周囲を見た。
「ここは……白亜の神殿、か」
神話で言い伝えられた通りの場所だ。
死者が訪れる、黄泉の入り口ーー白亜の神殿。
大人2人が、両手を広げても足りない程に太い柱が、計12本。
その内の4本は、オックスのいる寝台を広く囲むように立っている。
神話によるとこの宮殿は、死者がどんなに歩けど、端にたどり着けないという。
見た目通りの広さではないのか。
壁は無い。
神殿の周囲は、何もない黒い空間が、どこまでも広がっている。
「しかし、妙に身体が軽いな」
試しに魔力を練ってみた。
「《火炎烈弾》!」
突き出した右手から火球を放出する。
轟ッ! 轟ッ! 轟ッ! 轟ッ! 轟ッ! 轟ッ! 轟ッ……。
たちまち人の頭ほどの火の玉が、連続で発射された。
赤い火の球は高速で闇の彼方へ飛び去っていく。
《火炎烈弾》は、火魔法と土魔法の高等混合魔術である。
10発ほど放ち、オックスは、ほう、と軽く感嘆の声を上げた。
「えらく魔力伝導率がいいな。まるで昔に戻ったみたいだ」
これほどの威力で、しかも連続で撃てる者は世界でも数えるほどだ。だが……、
「今や、その『世界』のことわりから、私は外れてしまったのだな。――ん?」
何やら気配がした。
見上げると、天井の吹き抜けにまばゆい光がある。
その光が、ゆっくりと舞い降りてきた。
まるで見計らったようなタイミングで。
「――聖人オックスよ」
やがて光が、人の形を成した。
現れたのは、神々しい女性だ。
綺麗に結い上げた金の髪に、青い瞳、それに眩しいほど白いドレス。
白く輝く大きな翼を、腰から広げている。
その数4枚。
美しい場面だ。
なのに、芝居がかっている気がして、どうにもむずがゆい。
そもそも、現れるタイミングが良すぎるのだ。
もしや目覚めるのを、どこかでジッと待っていたのか?
それなら、最初からオックスの横に座って、本でも読んでいればよかったのだ。
女性がオックスの前に降り立った。
「現世での働き、見事であった」
まるで台本のセリフだな、とオックスは思った。
若干、緊張気味に見えるのは気のせいだろうか。
妙に白々しい気分だ。
だが、オックスは大人なので、空気を読んだ。
「もったいなきお言葉、畏れいります。」
与えられた役割通り(推測)に、オックスは跪いた。
初対面の相手に、なぜ畏れいらなければならないのだろうか。
オックスにはわからない。
台本を書いたのは誰だ? 舞台監督を呼べ!
「わたしは【純潔】の四翼、天使フェルミン。あなたを迎えに参りました」
演技は続く。
天使には一切の照れがない。
それどころか誇らしげな雰囲気すらある。
ある種のプロ意識に、オックスは敬意を抱いた。少しだけだが。
「なんと! 私ごときを、天使様が、わざわざお迎えに?」
へりくだって言った。
少しやり過ぎたか、と背中に汗が滲む。
どうにも加減がわからない。
「くふふふ、四翼の天使が迎えに来るなど、前例が無いことです。名誉に思いなさい」
「ははぁッ」
天使は満足そうに笑った。
一瞬、素の表情が見えた気がする。
しかし、どうやらオックスの態度が、お気に召した様子だ。
ふむ、この路線で間違いなかったな。
芝居を継続するとしよう。
(後書き)
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