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4-8・サウスの妖精


 アゼルは薄い灰色のタキシードに上品な白のシャツを合わせていた。


胸元の幅広のタイは瞳と同じ鮮やかな青で、銀色のタイピンを付けている。


本来ならこのピンに家紋のカメオが付いていたのだ。


 サキサは光沢のある象牙色のドレス。


肩から胸元に掛けたショールには豪華な刺繍がされ、貧弱な部分を隠している。


短髪に、付け毛で結い上げた髪の毛を上乗せした姿は、知り合いでも一見ではサキサだとは気付かれないほどである。


それを置いても彼女は長身と整った顔立ちで人目を惹く女性だ。


「ダンス、お上手ですね」


アゼルが微笑む。


「ありがとうございます」


サキサも微笑む。


自分の家より家格が上であるアゼルに逆らうことなど出来ない。


古いシキタリだと吐き捨てることも出来ず、サキサはそっとため息を零す。




 二人は最初の内は和やかに当たり障りのない会話をしていた。


そのうちアゼルはサキサにそっと顔を寄せて囁く。


「君はセリのお守り役だね?」


脚はきちんとダンスのステップを踏み、顔は笑顔を張り付けたままだ。


「でしたら、何だと言うのです」


こそこそと小声で話をする二人の姿はまるで親密な恋人同士だ。


「セリがサウスに向かった時、警備隊に依頼したのは私だからね」


サキサは驚きを隠しながらアゼルの顔をまじまじと見る。


他人からはまるで熱く見つめ合っているように見えるだろう。


「セリは私の身内の、大切な想い人なんだ」


アゼルはまるで愛しい女性を見るように、ニコリと微笑んだ。




 サキサがセリと出会ったのは偶然ではなかった。


「セントラルから来る要注意人物を守って欲しい」


その依頼を受けた警備隊長は、相手が若い女性であることから自分の娘を指名した。


 愚かにも、サウスに若い女性が一人でやって来る。


しぶしぶ引き受けたものの気が乗らないサキサは、駅で対象者である地味な女性を発見する。


そのまま声もかけず、その女性が評判の良くない宿に入って行くのを黙って見ていた。


 そして、スリの少年が近づくのを見て、やっと彼女に非が無いことを思い出す。


「何をやってるんだ、私は」


慌てて話しかけ、宿を移るように誘導した。


その後も、彼女に対して申し訳ない気持ちもあり、サキサは彼女のわがままに付き合うことにしたのである。




「貴族の知り合いがいるとは思いませんでした」


サキサにとって、セリはごく普通の庶民のお嬢さんである。


魔法学校に通っていたというので庶民の中では裕福な家庭だったのだろう。


しかし、普通の庶民が貴族に守られているということはまずない。


「貴族から警戒されていると思ったのか」


「ええ」


セリが何か不味いことを知ってしまったのだろうとサキサは思った。


そのために弾みで口を滑らさないように見張られているのだと。


「ふふっ。 セリはそんなに迂闊な女性ではないよ」


口は硬いはずだ、とアゼルは言う。


むしろ、どちらかといえば行動的で、自分の興味のあることには飛び込んで行く度胸もある。


「ああ、それは分かります」


すでに思いがけず、街の孤児院に入り浸ることになっている。


そんなサキサの事情を聞き、アゼルは「セリらしい」と我慢出来ずにクックッと笑い声を漏らした。




 会場の全員の目が派手な美男美女のカップルに釘付けになっている。


「今のうちに」


セリはそっと暗くなった庭に出た。


 本来なら、もっと夜が深くなってからのほうがいいのだが、貴族の館に長時間お邪魔することなど出来ない。


せめて、この街に妖精がいることだけでも知りたい。


 庭の隅、明かりが届かない場所へと向かう。


会場はまだ宴が始まったばかりで外に出て来る者はいない。


セリは警戒を怠らないように周りを見回しながら歩く。


 一番の問題は警備をしている者たちだった。


だが、彼らは仲間であるサキサのいつもと違う美しさ、貴族の男性とダンスを踊っている姿を唖然として見ていた。


お陰で、セリはうまく抜け出ることが出来たのである。




「お願い、私の話を聞いて」


セリは小さな袋から取り出した妖精の石を月の光に晒す。


石の表面に光が浮かびあがる。


ふわりと緑の濃い匂いがして、光の中から妖精が姿を現した。


薄い羽根を背にした、大人の手のひらくらいの大きさの中性的な妖精である。


【なあに?】


こてんと首を傾げ、青い髪をした妖精の声がセリの頭の中に響く。


「こんばんは。 突然、呼び出してごめんなさい」


セリは妖精に会えた安堵と、これからのことを考えて周りの警戒を怠った。




 ガサリと草を掻き分ける音がした。


ハッとセリが振り向くと人影が迫っている。


「妖精さん、また後で」


慌ててそう言って隠そうとしたが間に合わなかった。


「何をしているのです、こんなところで」


セリが警戒していた警備の男性だった。


妖精には気付いていない、というか、彼には見えていないようで胸を撫で下ろす。


「いえ、あの」


妖精の許可を取らずに、魔力を遮断する袋に石を戻した。


「とにかく、会場にお戻りください」


このままでは何か企んでいるのでは、と怪しまれる。


セリは大人しく従うしかない。


「は、はい」


出来るなら、妖精との間に話しやすい関係を作りたかった。


セリは妖精の機嫌が悪くなったのを感じながら、仕方なく歩き出す。

  



 会場に戻ったとしても、庶民であるセリはダンスなど踊れるわけはない。


料理が並んだテーブルの近くで皿を抱えて、ただ食べているというポーズで男性たちの誘いを断り続けていた。


「美味しいかい?」


サキサが隣に来て座ると、ようやくホッと息を吐いた。


「いえ、味は分かりません」


首を横に振りながら、涙目でサキサに訴える。


 セリが小さな声で庭であったことを話すと、サキサは頷きながら会場の中心を見やる。


そこには金色の髪の脳筋が女性を振り回すかのようにダンスを踊っている。


あれでは女性のほうが気の毒だと思う。


「アゼル様はダンスがお上手だと聞いていましたけど」


サキサの視線の先に気づいてセリが話しかける。


「ああ、彼は鍛えられているせいか、力が強すぎるのだ」


アゼルとサキサの場合、お互いの力が均衡していたためにバランスが良かったのだ。


それに気づいてサキサはため息を吐く。


「あれじゃ、まるで舞踏じゃなくて武闘だ」と心の中で呟いた。




 夜は深まっていく。


しかし、あれからセリは外に出ることが出来なくなっていた。


サキサと二人で庭に出ようと立ち上がると、男性が誘いに訪れ、それを断るのに忙しくなる。


アゼルが誘おうとすれば、それこそ「庶民のくせに」という視線がセリに飛んで来るのだ。


「どうすればいいの」


セリは頭を抱えていた。




 突然、ザワリと空気が震えた気がした。


セリは思わず立ち上がった。


この魔力には覚えがある。


「まさか」


「セリ嬢、どうしたのだ?」


サキサも釣られて立ち上がり、庭に向かったセリに着いて行く。


その後から、今度こそ話しかけようと男性たちも何人か着いて来た。


 一歩、庭へ足を踏み出したセリの前に黒い正装姿の男性が現れた。


警備が動こうとするのをアゼルが止める。


「ご安心を、あれは私が招待した客です」


まるで闇の中から出て来たような漆黒の髪に同じ色の瞳をした若い男性。


サウスの同じ年頃の者ならばだいたい顔は覚えているサキサでも知らない顔だ。


アゼルの知り合いならセントラルからの客かも知れないと思い、警備の者たちを下げさせた。



 

「コガ様」


驚いた顔のセリの瞳から涙が溢れそうになっている。


誰にもその顔を見せぬよう、イコガはセリの手を取り、庭へと連れ出して行く。


「待って!」


追おうとしたサキサをアゼルが止める。


「あれは私の身内だ。


彼がいればセリのほうは心配いらないよ」


アゼルは、サキサを安心させるように微笑んだ。



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