表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

4-7・宴の夜


 サキサの身分を聞いたのは、アゼルに対して明らかにすべきだと思ったからだ。


薄々気づいていたのでセリに驚きはない。


さて、その上で事情を説明しなければならない。


セリはアゼルに向かって礼を取る。


「お手数をおかけして申し訳ありません、アゼル様」


「謝罪は無用だよ、セリ。


私が勝手に休暇を利用して遊びに来たんだ」


アゼルは微笑む。


「遠慮なく言って欲しい。 君は何を悩んでいるの?」


セリはチラッとサキサの顔を見た。


サキサはどちらかといえば否定的にアゼルを見ている。


でもここで彼に力を借りることが出来れば、おそらくセリの問題は解決するのだ。


 セリは素直にアゼルに悩みを打ち明けた。


「ああ、妖精が居そうな庭ね。 うん、分かった」


アゼルは脳天気そうな笑顔であっさりと答え、サキサは相変わらず彼を睨んでいた。




 翌日の夜、家に戻ったサキサは警備隊長である父親から話を持ち掛けられた。


「明日、ある貴族の別邸で宴があるので参加して欲しい。


若い独身の女性が多く招待されているらしく、お前にも招待状が来ている」


この街ではよくある話で、貴族の若者たちが集まってバカ騒ぎをするのだ。


そのため警備隊員は宴に紛れ込み、要人の娘などをさり気なく護衛するのである。


サキサはこれまでも貴族の子女として招待されたことはあるが、仕事以外で参加したことはない。


 正直、あれはセントラルから来る高位貴族たちの戯れだ。


そのお陰で、この街にはごと無い上に、拠所よんどころ無い子供たちが存在するのである。


「お前に護衛として行ってもらいたい訳ではないのだが」


隊長は上司としての指示だと言いながら、父親の顔を見せる。


「は?、それはいったいどういう意味ですか」


「いや、なに、お前もそろそろ身を固めてだな……」


言葉を濁し目を背ける父親に対し、娘は表情を歪めた。


一人娘故、跡継ぎだと厳しく育ててきたくせに、今頃になって女性らしくとでもいうのか。


「謹んで警備の任務に就かせていただきます」


美しく、たくましく育った娘は慇懃に礼を取った。


「まあその、ただし服装はこちらで選ぶ。 いいな」


そこは譲れないらしいので、娘はため息を吐きながら頷いた。




「セリ嬢、あなたも招待されたのか?」


翌朝、サキサはいつものようにセリを迎えに部屋を訪れたところである。


「ええ。 この通り」


宿のセリの部屋には豪華なドレスと装飾品一式が並んでいた。


送り主はもちろんアゼルである。


「これは、参加しろという圧力だね」


サキサが怒りの混ざる声を出す。


 いくら知り合いとはいえ、庶民のうら若い女性であるセリを貴族の宴に呼ぶなど嫌がらせにもほどがある。


「いえ、サキサさん。 アゼル様はああ見えてお優しい方なの」


「どこが?」という顔でサキサがセリを見る。


「私が古い庭園のあるお屋敷を探していると話したせいですね」


おそらくは希望通りの館を見つけてくれたのだろう。


アゼルは侯爵家という立場を使い、無理矢理に事を進める。


そして、下位の貴族や庶民はそれに従うしかない。


 セリは、セントラルでもアゼルには色々と力になってもらっていたとサキサに説明した。


「あの方には複雑な事情があるのです」


「ええ、そうでしょうとも」


サキサはふいっと横を向いた。


高位貴族の事情など知りたくもない。


そんなサキサの態度にセリは苦笑するしかなかった。



 

 宴の当日、セリの宿にアゼルが直接迎えに訪れた。


豪華な馬車に周りがざわつく中、セリは淡い青の品の良いドレスに白い靴と、白い真珠の上品な耳飾りを身に付けている。


アゼルと二人、馬車の中で向かい合って座った。


 セリはどうにも落ち着かない。


胸には装飾品の一つ、アゼルの侯爵家紋章のカメオが花のコサージュに埋もれていた。


「アゼル様、いくら何でもこれは……」


これを付けるかどうか、セリはずっと迷っていた。


「ん?、『ウエストエンド』の紋章のほうが良かったかな」


意地悪そうな視線を受け、セリは真っ赤な顔で抗議した。


「なんてことを!」


「あはは、まあ、今日は我慢してよ。


一応、侯爵家当主である父には了解は取ってあるんだ。


君は身内だということにしてね」


「え」


「嘘だよ」


セリはそれを聞いて呆れた。


「もう、アゼル様!」


素の表情で怒るセリを、アゼルは楽しそうに見ていた。


実を言えば、まったくの冗談でもないのだ。




 アゼルは急に真面目な顔に変わる。


「君はイコガに気に入られた珍しい女性の医療研究者だ」


「は?」


セリの報告書は思ったより多くの反響を呼んでいた。


妖精を含む魔物といえば『ウエストエンド』であり、それに関する魔法使いといえばイコガしかいない。


そのイコガとの関係が噂された女性としてセリの名が挙がったのだ。


当然だ。


ずっと魔鳥便で恋文のやり取りをしていた事になっている。


「うちの両親は、というか、一部の高位貴族と王族はというべきかな」


思ったより恐れ多い話にセリは驚いて目を丸くした。


「『ウエストエンド』に関して、彼らがずっと引け目を感じているのは知ってるだろう?」


だから、


「その当主であるイコガのお気に入りを自分の派閥に取り込もうとする者たちもいるのさ」


と言う。


セリはアゼルの話を茫然と聞いていた。


「そ、そんな。私には何の力もありません」


「分かってるさ。


だけど、君はコーガの唯一の弱点になったかも知れないんだ」


「弱点……」


「ま、それでうちの侯爵家が君の研究を後援することで、他の勢力から守る形にした」


だから受け入れて欲しい、とアゼルは言うのだ。


 セリは俯いていた。


そんな恐れ多いことになっていたとは知らなかった。


「私が不注意でした」


「いや、セリには何の落ち度もないさ」


暇な人間が多いだけだとアゼルは笑う。




 その暇人の多い館に到着した。


「ようこそおいでくださいました、アゼル様」


この館の当主は、自分の家が選ばれたのは庭が古いだけだと知ったらどんな顔をするのだろう。


「本日はよろしく」


アゼルはほんのりとした作り笑顔だけで挨拶をする。


 侯爵家の名前は出さない約束で宴を主催し、セリが目立たぬよう同じ年ごろの女性たちを集めてもらった。


しかし、どうしても庶民のセリを招待するには箔が足りない。


アゼルの苦肉の策が自分が持っていた家紋の入ったカメオだった。


「女性用の飾りにしてもらいたい」


宝飾店に持ち込み、急いで加工してもらう。


首飾りではあまりにも目立つため、さりげなく花のコサージュに埋める形にした。


「気が付く方は気づくでしょう」


アゼルはその出来に満足して頷いた。




 暮れかけていた空に白い月が目立つようになる頃、宴が始まる。


急な開催であるため、参加者はそれほど多くはない。


しかし、セントラルから侯爵家の後継ぎが来たと知って、女性たちの目の色は変わっていた。


 彼女たちはたった一晩でも情けを受けられれば、その後の生活が劇的に変わることを知っている。


うまくいけばセントラルという都会へ行けるかも知れない。


正妻とまではいかなくても愛人でも生活は保障される。


「正式な挨拶はなしで。 皆、気兼ねなく楽しんで欲しい」


アゼルはまだ遠巻きにしている若い女性たちに微笑みかける。


 その隣にすらりとした美女が立ち、囁いた。


「アゼル様、それでは宴が始まりません。 どうか一言、ご挨拶を」


深く礼を取る美女にアゼルは頭を掻く。


「そうか、仕方ないな」


それでは、とセントラルの社交界で鍛えられた笑顔と度胸で挨拶をし、館を快く提供してくれた主に感謝を伝える。


そして優雅な音楽が流れて、ダンスと歓談が始まった。


「最初のダンスの相手をお願い出来るかな?」


アゼルが、先ほど自分に苦言を呈した美女に手を差し出す。


「え、ええ」


その美女サキサは、とてもうれしそうには見えない笑顔でアゼルの手を取るのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ