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4-6・心配性の男


 セリは新しい可能性を見つけた。


「サキサさん!。


どこか大きな庭園を、できれば鬱蒼うっそうと草木が茂っているようなお庭を持っている方を知りませんか?!」


「は?、いや、その」


あまりの勢いにサキサはタジタジとなる。


まあまあ、とセリを宥め、「とにかく、今は戻ろう」と子供たちの元へと急がせた。


セリは不満そうだったが一応脚は動いている。


名残惜しそうに何度も振り返っていた。


「一体何があった」


「妖精が居そうな場所を見つけたんです!」


それが大きな庭を持つお屋敷ということらしい。


「そういう場所ならセントラルにもあったのではないか?」


最初からそちらを調べれば良かったと、サキサにそう言われてセリは目を逸らす。


「ええ。 でもセントラルは年中灰色の空でした」


おかげで植物が育ちにくく、私邸の庭園は庭師の手が存分に振るわれている。


「上流階級といっても新興の家が多いので、庭は新しいものが多いですし。


古い庭園はもう本当に高貴な家柄なので……」


セリなどが簡単に入れるような場所ではない。


 


「植物が少ないということか?」


「いえ、そうでもないんです。


セントラルでは公園や病院といった国の施設が充実しているのです」


王がいるため、建国から長い長い年月をかけて守られてきた。


それはもうすでに自然に根付いているのと同じくらいに。


その点、サウスではそういう施設がまだまだ新しいのだ。


 でも、セリはこの街にも妖精が存在することを知った。


「確かにサウスのあの辺りなら、古くからの別荘地だな」


サキサの言葉にセリは期待の目を向ける。


「どうにかしてお邪魔することは出来ないでしょうか。


出来れば、月の輝くような夜に」


サキサは「更に面倒なことを言うな」と顔を顰めた。


「調べておくよ」


とは答えたが、正直、あまり伝手はない。


しかし、セリや子供たちのためにとここまで手を貸して来た。


今さら「無理だ」と突っぱねることも出来なかった。




 セリが不器用ながら庭いじりに明け暮れ、ひと月が経つ頃には何とか植木が根付いた。


「気候が良い土地のお陰ですね」


海からの風は暖かい。


たまに強い雨風はあるが、まだ幸いにも嵐には遭遇していない。


 セリがそんな医療従事者らしくない生活を送っていると、宿にセントラルの上司からの手紙が届いた。


一日の仕事を終え、深夜、宿のベッドの上でそれを手に取る。


何か怒られそうな気配を感じて恐る恐る封を開く。


 サウスの医療機関からの報告は受け取ったことと同時に心配しているという内容だった


セリは今まで長くてもせいぜい十日ほどで次の場所へと移動していた。


今回、サウスでは早くもふた月が経とうとしている。


資金が足りずに動けなくなっているのではないかと心配されていたのだ。


セリはじんわりと胸が温かくなるのを感じながら読み続ける。




 最後に思わぬ文があった。


「えっ、アゼル様が?」


何度もセリの安否を問い合わせているらしい。


「あまり心配をかけぬよう、アゼル様にも手紙を」ということだった。


いやいや、友人とはいえ、高位貴族であるアゼルに簡単に手紙など出せるはずはない。


しかも相手は独身の男性なのだ。


セリは大きくため息を吐いた。


 


 翌朝、宿の食堂へ足を運ぶといつものようにサキサが来ていた。


「おはよう、セリ嬢」


何故か笑顔が強張っていた。


「おはようございます、サキサさん。


どうかされましたか?」


首を傾げながら朝食の席に着くと、思わぬ声が聞こえて来た。


「おはよう、セリ」


「ひっ」


金髪の脳筋が、いつの間にか後ろに立っていた。


「アゼル様?」


ニコリと微笑んだアゼルは、勝手にセリの正面に腰かける。


直立不動になっていたサキサにもアゼルは座るように促し、朝食を三人分注文した。




「アゼル様、何故ここに?」


セリの問いにアゼルは満面の笑みで答える。


「休暇だよ」


決してイコガに文句を言われ、脅し同然に「様子を見て来い」と送り出されたとは言えなかった。


 先日、魔鳥便で『ウエストエンド』から届いた手紙には、体調を崩し寝込んだイコガの様子が書かれていた。


それは彼の主治医や執事からの、セントラルに対する怨念に満ちていたのである。


このままではイコガが無理を押して動くかも知れない。


それだけは避けたいとアゼルも思ったので、自分で動くしかなかったのである。




 サキサにとってセントラルの貴族は面倒臭い人種でしかない。


今回も夕べ遅くに到着した列車で来た貴族から警備兵が呼び出された。


しかし、警備隊長である父親の口から尋ね人の名を聞いてサキサは驚いた。


セリの名を聞き、貴族の案内を申し出たのは何かあれば自分が守らなければと思ったからだ。


 何食わぬ顔で食事を摂りながらアゼルの様子を窺う。


学校の同期だったという二人は静かに話をしているように見えるが、どこか緊張している。


高位貴族を相手にしている庶民のセリの緊張は分かるが、青年のほうもまるで腫れ物に触るようにしているのが不可解だった。




 味も分からない食事が終わり、三人で食後のお茶を飲む。


いつもならすぐに出かけようとするセリだが、アゼルが動かなければ立ち上がることも出来ない。


「で、君はここで何をしてるの?」


アゼルがさり気なくセリの様子を気にしている。


その手が土いじりで荒れているのを目ざとく見つけたのだ。


「いえ、何も」


セリは何事もなかったかのように手を隠し、目を逸らす。


「さっそくだけど、私もあまり長い休暇は取れなくてね。


何か困っているのなら力を貸すよ」


彼なら大抵のことは解決できるだけの力があるのは間違いはない。


それを借りるには気安い間柄でも代償は必要になるだろう。


サキサの背に冷や汗が流れた。


 セリが何かを言い出す前にそれを遮る。


「失礼ながら、我々にも仕事がございます。


久しぶりの再会で名残り惜しいとは存じますが、そろそろ出かけたいと思います」


「ああ、そうだね」


アゼルが立ち上がると、壁際にいた若い男性がさっと近寄ってきた。


従者か護衛なのだろう。


見かけは地味だが、動きに隙が無い。


「お前は残れ」


と言われて一瞬顔を顰めたが、すぐに無表情になり深く礼を取った。




 宿を出ると案の定、アゼルも同じように出て来た。


「私は休暇中だ。 何をしても気にしないでくれ」


微笑む彼はセリから目を離す気はないようである。


 セリとサキサが並んで歩き、アゼルはその後ろをだたフラフラとついて来た。


「どういう関係なんだ。 ただの同期ではないのだろう?」 


サキサは、アゼルには聞こえないようセリに話しかける。


「ご迷惑をかけてごめんなさい」


「いや、迷惑など今更なのだが」


苦笑いを浮かべ、それでも納得のいく答えが欲しかったサキサは、もう一度セリの顔を見る。


唇をぐっと噛んだセリの顔は、貴族に付き纏われて、ただ困惑している風ではなかった。


もっと悲壮な、悲し気な顔だった。


「夜にでもお話します」


セリはアゼルを振り返る。


「彼と一緒に」


そしてセリたちはいつものように館に入ると、いつものように子供たちに接する。


その間中、アゼルは館の主である老婆と何やら和やかに話し込んでいた。




「では、話してもらえるのだな」


宿ではなく、今夜は落ち着ける場所ということで個室のある飲食店に誘われた。


「ほお」


アゼルも感心するほどの高級店だ。


やはり警備隊長という親を持つサキサは、ただの庶民ではなかったのだとセリは思い知る。

 

 三人で食事をした後、人払いがされた。


セリは大事な話の前に、


「サキサさん自身のことを話してもらえませんか」


とお願いした。


 サキサは頷く。


まだ若いとはいえ、アゼルは侯爵家次期当主だ。


彼に信用してもらわなければならなかった。


「私の家は、代々国からこのサウスの警護を仰せつかっている騎士職なのだ」


彼女もまた貴族家の一人だったのである。



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