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4-5・子供たちの現実


「ほお、あの子たちを治せるっていうのかい?」


老婆の迫力に押され、セリはどうにも言葉を濁してしまう。


「いえ、そうではなくて。


あの、やってみたいといいますか」


まだ完治するという保証はない。


セリにしてみれば、何よりこの場所に妖精を呼び出すことが出来るかの確認が先だった。


「ふん、じゃあ人体実験でもしようっていうのかい」


孤児や囚人を使っての新薬や、治療の研究は珍しくはない。


それに対してはセリは首をぶんぶんと横に振る。


「そんなこと、考えていません。


私は治る見込みがあるなら、すぐにでも治療したいと思っています。


ただ、その治療を行うには色々と確かめたいことがあるのです」


老婆はセリの顔をじっと見ている。




「そんなに言うなら確認とやらをやりな。


治療を受け入れるかどうかは本人に聞いておくれ」


いくらセントラルの医療関係者とはいっても、治りもしないのに子供たちにぬか喜びなどさせたくはない。


そんな老婆の言葉に、セリは頷いた。


「はい。 そのためには何度かここに通わせていただく必要があります」


まずは子供たちの信用を得たい。


サキサのほうを見て、セリは丁寧に礼を取った。


「お願いします。 出来ればこの館に泊まり込みたいのですが」


それには老婆もサキサも驚いた。


 ここは下町の一部だ。


見も知らぬ若い女性を泊めることなど考えたこともない。


「さすがにそれは許可出来ない」


焦るサキサの言葉に老婆もウンウン頷いている。


「そうですか。 ではしばらくの間、毎日通わせていただきますね」


「ああ、それなら」


欲しかった答えを得られてニコリと笑うセリを見たサキサと老婆の顔は引きつっていた。




 帰りの道すがら、セリはサキサに何時なら通うのに都合が良いかを確認する。


サキサは仕事の上司に相談して連絡すると約束してくれた。


「もう一つ、確認させて下さい。


サキサさんは、あのご婦人とはどういうご関係ですか?」


気安い間柄のように見えたのに、どうしてあの場所をそんなに警戒するのだろう。


「それは」


サキサは言葉を濁して目を逸らした。




 二人は宿の食堂で向かい合って夕食を摂る。


「あの施設が警戒されるのは、あの子たちに何か事情があるからではないですか?」


サキサの目が大きく開かれ、セリを見た。


 セリは不思議なものに心を魅かれる。


あの館にはセリの好きな謎が多かった。


「考えてみたんです。


あの場所は貴族や上流階級が住む別荘地のすぐ近くでした」


「そ、それが何だと」


セリは周りを見回す。


賑やかな食堂の中は誰も聞いていないようでいて、気になる話題というのは耳に入るものである。


「場所を変えましょうか?」


二人はセリの部屋へ移動した。




 セリの考えはさぼど外れていなかった。


「ああ、セリ嬢の言う通り、あの子たちは貴族の落とし子だ」


セントラルから遠いこの地で開放的になった貴婦人や、妻子の目を盗んで愛人を囲う者たち。


「あの子たちは魔力の気配が濃く、容姿が整っています。


大方どこかの貴族の血を引いているのだろうとは思いました」


世間から隠したいが、血筋が高貴であるため無下にも出来ない。


そういった子供たちなのだろうとセリは思った。


上流階級のごたごたに巻き込まれないよう、サキサたち街の警備隊も自然と警戒するようになる。


 サキサは大きなため息を吐いた。


「私としてはセリ嬢を巻き込みたくはないのだ」


セリも「分かっています」と頷く。


「それでも私の手で助けられるなら助けたいです」


あの子たちは、セントラルの医療施設にいた子供たちと同じ、ただ死を待つばかりなのである。




 セリの論文はしばらくすれば多くの医療機関でその成果を上げるだろう。


魔力が体内に溜まるために起きる子供たちの異常。


それを魔力を放出することによって治療する方法の提案書なのだ。


 セリのように「妖精を使った」治療方法というのは普通は出来ないので、魔力を扱うことが出来る大人が行う必要がある。


幼い子供が自力で魔力を使うことは実際には出来ないからだ。


正しく指導する者が必要になる。


その治療方法が確立されるにはまだまだ時間がかかるし、それが出来るのは大きな医療施設に限られる。


 まして、あの老婆の館のように医療施設でもない場所でその治療を行えるとは思えなかった。




 セリはこの街に住む妖精を探したいと思っている。


「この街で木々など緑の多い場所はありますか?」


出来れば、あの館の近くにあれば一番良いのだが。


サキサは首を横に振った。


「もっと郊外ならあるが、街の中は無理だな」


潮風が強いため、大きな木が育ちにくい土地柄なのだそうだ。


「妖精が好みそうな場所を探してみます」


セリは明日のサキサの仕事に差し支えないように話を切り上げた。


くれぐれも勝手に出歩かないように念を押して、サキサは帰って行った。

 

「皆んな、心配症なんだから」


セリはクスクスと笑いながら、部屋のある二階の窓から彼女を見送った。 




 この街の夜はまだまだ賑やかで明るい。


空を見上げても星や月もはっきりとは見えなかった。


「夜中でもこんなに明るいとは」


妖精が好みそうな場所を探すのは大変そうだった。


 セリは柔らかな布の袋をそっと取り出し、手のひらに包み込む。


片手にすっぽり収まるほどの大きさの袋の中には、イコガから贈られた『妖精石』が入っている。


妖精を呼び出すことは可能だろうが、彼らの機嫌を損なうわけにはいかない。


彼らの好みそうな環境が必要だ。


「静かで自然の魔力が多い場所、この街のどこかにあるはず」


セリはサキサにもらった街の地図を取り出し、長い間、眺めていた。




 翌日からセリはサキサと共に老婆の施設へと通った。


セリの普段の仕事はただの見学なので、予定を切り上げ、すべてこちらに向けることにする。


サキサはどうしても外せない用事がある時以外は一緒にいてくれることになった。


「これも仕事の内だ」


と言っていたが、セリは彼女の仕事自体、詳しくは知らない。


 老婆の館には大人の使用人が数人いるらしいが、彼らは滅多に顔を見せることはなかった。


食事を作ってくれたり、最低限の掃除をしたりはしてくれるのだが、子供たちと接することを避けているようだ。


 セリは、十名ほどの子供たちと一緒に遊んだり、施設にある本から妖精が出てくるお話を選んで読んで聞かせたりした。


まずは興味を持ってもらうことが必要なのだ。




 それから、サキサに子供たちの相手を頼み、セリは庭の手入れをする。


イコガからの文にも妖精が宿り易い草木が書いてあった。


出来るなら妖精を見るためにもクローバーが欲しいと思う。


「門から外へ出ることは禁止だよ」


普段、子供たちは滅多に外というか、庭にも出ないらしい。


「手伝う」


キシシュと呼ばれていた美少年がセリの側に来た。


 ここの子供たちは皆、この街でただ静かに生きていたいだけだと、セリは思う。


周りの大人たちも彼らのことは見て見ぬふりだ。


でもそれだけでいいのだろうか。


セリは簡単な仕事を頼み、黙々と働く彼の姿を切なく見つめていた。




 そんなことをしながらひと月が過ぎた。


「あら?」


庭の整備がほぼ終わり、セリがサキサと共に植木などを専門に扱う店に行った帰りのこと。


 緑の匂いがした。


顔を上げると白い土塀が連なっている、その奥からのようだ。


「ん?、どうしたのだ」


「サキサさん、この塀の向こうへは行けませんか?」


今日の二人は安全な大通りから一本離れた、高級住宅地を歩いていた。


「この辺りは貴族や富豪の避暑用の別荘ばかりなのだよ?」


当然、入ることなど出来ないということだった。


 なるほど、とセリは頷く。


妖精がいる場所は、人の貧富や身分などには何一つ関係が無い。


セリは妖精の手掛かりを得られたことにニンマリと微笑んだ。



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