4-4・サウスの施設
セリは、そこに連れて行って欲しいとサキサに頼んだ。
「ふむ」
サキサは灰色の大きな瞳でじっとセリを見る。
「いいだろう。 だが、一つだけ約束して欲しい」
彼女はセリに「必ず自分が同行する時だけ」行くようにと念を押した。
「何だかセリ嬢は危なっかしくてな」
どうやら、信用されていないらしい。
見た目がごく普通の若い女性であるセリ。
おとなしそうに見えるし、特に美人であるとか、男性好みというわけでもない。
医療者と聞けば、どこの医療機関にでもいる、医術者の側で指示を受けて手伝いをしている者という印象である。
特に研修という名目での今回の旅では、セリはそれぞれの施設で見学のみさせてもらっている。
何事にも口を出さず、時折何かを紙に書いている、という程度だった。
これでも面倒事に巻き込まれないように気をつけているのだ。
セントラルの上司からは、
「中央から来た、というだけで、まるで査察にでも来たのかと勘違いされるでしょう」
と言われていた。
地方でも公的な施設は、ほぼ国や王家が出資している。
経理の面では数年に一度、役人の監査が入ることがあったが、医療の現場にそんなものはない。
だが、何故か異常に施設管理者が小娘のセリを警戒したり、持ち上げたりすることがあった。
セリには何の権限もないのに。
「ただの見学ですから」
何度もそう言い、治療に関しても頼まれない限り手伝うことはしなかった。
休日は自分で選べるため、セリはサキサの休みに合わせた。
「仕事のほうはいいのか?」
「ええ。 仕事というより現場を見学させていただくだけですので」
毎日、何もしない者がうろつくのも良くないだろうと、気になる場所にのみ足を運んでいる。
セリ自体は目立つ容姿ではないし、知らない人から見れば見舞い客か付添人だと思われているだろう。
口出しすることもないので、どこからも文句は出ていない。
しかし、サキサと連れだって歩くと大半の者が振り返る。
背が高く、鍛えられた姿勢の良い美女は目立つのだ。
セリはふと、彼女ならイコガの隣に立っていても美男美女でお似合いだろうと思った。
背丈の釣り合いもちょうど良い。
セリも女性にしては背は少し高いほうだが、容姿に自信はない。
「ふぅ」とため息を吐くとサキサが怪訝そうに口を開いた。
「どうした?、嫌なら戻ろうか」
あまり気乗りしないようで、サキサは何かあればすぐ帰ることを勧めてくる。
「いえ、何でもありません」
セリは苦笑いで頭を振った。
着いた場所は高台の高級住宅地のすぐ下に当たる場所だ。
海というか崖が近い。
確かに街中ではあるが、その周辺は雑多な建物が多く下町の様相が強かった。
ぐるりと石塀で囲まれた古い二階建ての建物。
サキサがその門の前でセリに顔を向けた。
「もう一度、言うぞ。 中では勝手に行動するな。
それと、慣れても決して一人で来てはいけない」
「はい」とセリは頷いたが、サキサの目はやはり信じてはいないようだった。
好奇心旺盛で暴走気味なセリを見る祖父と同じ目だ。
セリは懐かしさと気恥ずかしい気持ちで目を逸らす。
門の扉には鍵も掛かっていない。
セリは首を傾げる。
「ああ、普段はちゃんと鍵をかけている。
今日は事前に知らせてあったからだから心配するな」
サキサがセリの心情を先読みする。
もしかしたらサキサにはそういう能力があるのではないかとセリは疑った。
「セリの表情が読みやすいだけだ」
「ふえっ」
サキサに笑われてセリが変な声を出す。
門から建物までの間は結構広いが、木々は無く、殺風景で庭とは言い難い。
二人の女性が明るい声で話しながら歩いて来るのを、窓からいくつかの顔が不思議そうに見ていた。
「すまんが、婆様はおいでかな」
サキサが、出迎えた十歳くらいの少年に声をかけた。
「こっち」
頷いた少年は奥へと案内するが、言葉は少なく表情も乏しい。
ただ、何故か魔力の気配が濃く、顔立ちが整っている。
セリは言葉を失い、サキサを見上げる。
サキサは何も言うなと目で頷いた。
奥の部屋には老婆が一人。
子供たちに囲まれ、ゆったりとした椅子に座っている。
他に大人の姿は見えない。
「おや、客は警備隊長の娘さんじゃったのかえ。 久しぶりだの。 何の用じゃ」
しわがれた声でうれしそうにサキサを呼び寄せる。
「婆様、今日はこちらのお嬢さんがどうしてもというので連れて来た」
「ほお。 こんなところへようこそ。
で、お前さんは何の用でここへ来たのじゃ?」
老婆がセリに低い声を出した。
セリはサキサの後ろに隠れていたが、一歩前に出て優雅に挨拶をする。
この辺りは魔法学校で周りに貴族などの上流階級の者が多かったため、見様見真似で覚えた仕草である。
多少古いとはいえ、これだけの館を持つ者が普通の庶民であるはずがない。
「セナリーと申します。
セントラルで医療関係の仕事をしておりました。
今回、修行として国内の様々な医療機関を視察させていただいております」
ほおほおと老婆が頷く。
「じゃが、ここは医療施設ではないぞ?」
そう言って、セリを連れて来たサキサを見上げる。
「このお嬢さんは一流の医術者を目指しているそうだ。
不治の病といわれている患者がいれば見たいというので連れて来た」
セリは、周りにいた十名程度の子供たちの気配がざわりとするのを感じた。
老婆は「ほっほっ」と笑う。
「そういうことなら構わぬよ。 キシシュ、案内しておやり」
「あ、あの。
お邪魔するのに手ぶらでは失礼かと思いまして、これをお受け取りください」
セリはこの街のことには詳しくない。
何か手土産をと思ったが何が良いか分からず、サキサに相談した。
彼女の返答はしごく簡単なものだった。
皮の小袋を差し出す。 寄付金という名目のお金である。
「ほお、気の利く子だね」
老婆は少し渋い顔になったが受け取ってくれた。
そこは老婆が経営する孤児院だったのである。
キシシュと呼ばれたのは、先ほど玄関まで出迎えてくれた少年だった。
「病人がいる部屋はこっち」
二階の日当たりの良い角部屋に、子供用の寝台がいくつか並んでいる。
白いレースのカーテンがかかった窓を開け、五、六歳くらいの少女がひとり、外を眺めていた。
「モーリ」
キシシュがやさしく声をかけ、その少女に近寄る。
「おにいちゃん!」
どうやら兄妹らしい。
美形の兄と同じように、その少女もたいそう愛らしい顔をしている。
そして、同じように魔力の気配が濃い。
セリが納得していると、こそっとサキサが囁く。
「あのな、あの二人は実の兄妹ではないぞ」
うぅ、そんなに顔に出ていましたか。
同じ施設で育った子供たちは皆、身内として育つのだと言われた。
セリは寝台に寝ていた三人の子供たちに、いつも通り簡単な問診を行う。
その間、傍にはキシシュという少年がずっと付き添っていた。
モーリと呼ばれた少女は、金色の髪に珍しい深い紫の瞳の色をしていた。
薄汚れている風でもなく、この施設の子供たちは皆が大切にされているのが分かる。
セリは、少し離れた扉の近くに立っていたサキサに声をかける。
「私が治療することは可能ですか?」
妖精を使った治療方法であることは話してある。
「んー」と考え込んでいサキサは首を横に振る。
「治療に関しては婆様の許可がいるだろう」
「そうですね」
子供たちにしてもいきなり妖精を見せると騒ぎになる恐れがある。
妖精の存在自体を信じてくれるかどうかも分からない。
セリとサキサはその部屋を出た。
「治るのか?」
こっそりとサキサが問うと、セリは少し首を傾げた。
「まだ分かりませんが、やってみる価値はあると思います」
セリは『ウエストエンド』で本当の妖精の気に触れてから、魔力の気配に敏感になっている。
ここにいる子供たち全てに魔力の気配がした。