4-2・ウエストエンドの守護者たち
◇◆◇◆◇◆ナニーが見たモノ◇◆◇◆◇◆
この『ウエストエンド』でイコガの事情を知らない者はいない。
僅か二歳にして髪を真っ白にした姿を争乱を生き残った住民たちが見ている。
あの時、乳母のナニーはイコガを隠した魔物たちを二日間に渡って説得した。
人間不信に陥った魔物たちは、大切な赤子を渡すことを渋っていたのだ。
「あなた方では人である坊ちゃまを守れても、お育ては出来ません。
私がちゃんとお世話をいたしますから」
何度も、何度も閉ざされた館の扉の前で訴えた。
ようやく許可を得て、案内の魔物と共に地下室に向かう。
護衛たちとナニーは魔物が開けた壁の中を覗き込んで一瞬息を止めた。
窓も、扉も無い部屋。
むせ返るような血の匂い。
小さな部屋の中におびただしい数の魔物の死体。
その隙間に小さな白い肉の塊が覗いていた。
「坊ちゃま……!」
ナニーたちは、それが幼い子供だと気づくのに時間がかかった。
◇◆◇◆◇◆アーチーの赴任◇◆◇◆◇◆
幼子を救出し、洗浄、治療が始まる。
当時のドクターは騎士団側の者で、争乱の後始末のために残った老人の従軍医師。
幼い子供を診るのは初めてだった。
仮死状態だったためか、血や水を飲んだ様子はなく、肺に異常はない。
ただ一時的に身体機能が停止していたため、完全に元に戻るのは困難な状態だった。
「重い障害が残るかもしれない」
真っ白になった髪を見れば、誰もがそれを予想出来た。
老医師は『ウエストエンド』の惨状に、この地に残ると言って軍を辞めた。
数年後、その彼を説得するためにやって来たのがドクター・アーチーだった。
『ウエストエンド』は魔物が多く住んでいる。
それは魔物たちが過ごし易い環境であるという事だ。
魔物の多さはその土地の魔力が多く滞留していることを指す。
そのためにその土地では人が必要とする食物や家畜といったものが育ちにくい。
アーチーの師はすでに高齢であり、食料の調達もままならない辺境地での生活は限界だった。
「お身体に障ります。 どうかセントラルにお戻りください」
「いや、しかし、この子を何とかせねば」
彼の前には『白化』した、まだ十歳にもならない子供。
その薄い青の瞳は何を見ているのか、ただ空を映していた。
自分の師が渋るのを見て、まだ若い医師は決意した。
「私が残りましょう。 必ずこの子を普通の状態に戻します」
アーチーは年老いた自分の恩師をセントラルの家族の元へと帰し、自分がイコガの主治医となったのである。
◇◆◇◆◇◆ロクローの父親◇◆◇◆◇◆
「おはようございます、コガ様」
「ん」
朝早く領主の部屋を訪れたロクローは目を見張る。
自分より早くイコガが起きているとは思わなかったのだ。
しかも着替えや身支度も終わらせている。
「えっと、体調はいかがですか?」
身体の具合を聞くのは毎朝の恒例で、イコガは特にその日の機嫌の上下で体調が決まる。
「ああ、大丈夫」
今日は気分が良さそうで少年執事はホッと胸を撫で下ろす。
「では朝食を運んで参ります」
いつも通りそう言うと、
「いや、食堂へ行くよ」
と、思いがけない返事が戻ってきた。
「は?」
ロクローが長身のイコガの顔を見上げると、何か文句があるのかと冷たい視線が下りてきた。
「先に行くぞ」
いつになく朝からさっさと動いている領主に驚き、ロクローはただその姿を見送る。
「はっ、お待ちください!」
慌ててその後姿を追いかけた。
ロクローの父親は国王直属の近衛兵で、怪我で一線を退いた後も国王の側近をしていた。
その父親が突然、辺境地の経営のために移動させられることになった。
「旦那様、お一人で行かれるのですか?」
「ああ」
妻は病弱で、とても魔物のいる土地で暮らせるような女性ではなかった。
一人息子はまだ幼く、母親と離せるわけもなく、彼はたった一人で任地に赴いたのである。
仕事は山積で、何年も帰れない間に妻は病死した。
父親である彼は一人になってしまった息子に告げる。
「執事としての仕事が出来るようになるまで、こちらに来てはならん」
息子は遊ぶことも、寝る間も惜しんで、がむしゃらに勉強に励んだ。
母親を死に追いやったのは父親だ。
いや、あの呪われた土地の領主だ。
悲しみや怒りをすべて『ウエストエンド』の領主に向けて、ロクローはいつかその地に復讐するために心血を注いでいく。
そして最年少で執事の資格試験に合格したのである。
しかし、ロクローはこの地に来て驚いた。
「こんなへっぽこな領主だなんて」
毎日必ず熱を出し、寝込む。
仕事は領地とは名ばかりの村の中を歩くだけ。
「ロクロー、お前の仕事はなるべくコガ様が体調を崩されないようにすることだ」
ため口でも構わない。
何を言おうと、何をしようと、すべてはご領主のためであれば咎めるものはいない。
その筆頭が自分の父であることがロクローには不思議だった。
「ふっ、あの我がままな国王に長く仕えていたのだ。
あれを思えば、コガ様はまだ静かな分、気楽なものだ」
そう言って筆頭執事である父は笑った。
それでも目を離せない状態であることは間違いがない。
「ロクロー。 私が王都へ出かけている間、コガ様を頼む」
「承知いたしました」
先日、父は国王に呼ばれて王都へと出かけて行った。
◇◆◇◆◇◆護衛騎士ラオン◇◆◇◆◇◆
「なんだと!、『ウエストエンド』に国軍が」
ラオンは異形と呼ばれる獣人の血を引いた騎士だった。
見かけ上は体格の良過ぎるほどの大柄な軍人だ。
だが、その身体は魔力に触れるとさらに爆発的に膨らみ、獣人の本性を顕わにするのだ。
当時の領主はイコガの父親のイマールであった。
その領主と奥様、そして生まれて間もない第二子であるアゼルの護衛として王都に同行していた。
その不在の間に『ウエストエンド』に王軍が入り、魔物を一掃しようとしたのである。
「なんてことを!」
領民はおとなしい魔物や、自分と同じ魔物の血を引いてはいるが普通に暮らしている者たちだ。
「それに、第一子であるイコガ様がいらっしゃる」
領主イマールはラオンに「妻子を頼む」とだけ告げ、王宮へ向かった。
あの時、無理にでも同行すれば良かった。
いや、お止めして、一緒に『ウエストエンド』に戻るべきだったとラオンは今でも悔やんでいる。
ラオンが『ウエストエンド』に戻ったのは、争乱から三日目のことだった。
イマールの奥様からイコガを頼まれたのだ。
ラオンは奥方様の実家に彼女とアゼルを預け、急いで戻った。
だが、そこで見たものは放心状態の僅かな領民と、真っ白な髪と肌、薄い青い瞳の幼子だった。
「コガ様……」
自分が側にいたなら、決してこんなことにはならなかった。
ラオンは自分を責めた。
そうして数日後には領主イマールが行方知らずになっていることを知る。
「お前のせいではない」
駅長と呼ばれる黒衣の魔物が、線路の脇に立つラオンに声をかけた。
今は争乱の影響で列車は走っていない。
あれからずっとラオンは列車を待っている。
自分が主と定め、忠義を誓ったイマールの帰りを待っているのだ。
「お前はコガを助けてやれ」
赤い目をした異形の騎士は、黒衣の魔物の、顔があるはずの場所をじっと見つめた。
「イマール様は姿を消しただけだ。 いつか帰って来るかも知れない」
その時、息子たちが生き残っていなければ悲しむだろう。
「一番身近にいたお前もだ」
ラオンの頬に枯れたはずの涙が零れる。
「俺は、誰も助けられなかった」
領主の誇り高い護衛騎士であったのに。
たくさんの血が流れた。
まだその血の跡が残る町で、ラオンはだた後悔の日々を送っている。
あの日から、ラオンの家は駅の地下になった。
主が来ればその魔力ですぐに分かる。
復活した鉄道の音を聴きながら、ラオンは今もイマールの帰りを待っている。




