4-11・妖精の失敗
「ただし、効果がなかった場合、今後は出入りは禁止だよ」
「はい、構いません。 治療のほうは自信がありますから」
老婆の迫力にサキサはゴクリと息を呑んだが、セリはニコリと笑った。
サキサは夕食を館の食堂で子供たちと一緒に並んで食べる。
セリのほうは二階の病人のいる部屋へ簡単な食事を持ち込んだ。
「一緒に食べてもいいかしら?」
三つのベッドに横たわる子供たちの側へ行き、世話をしている年長の子供たちの許可を取る。
金髪の女の子モーリの傍には美少年のキシシュが付き添っていた。
「いいけど、今夜は泊まるの?」
言葉も表情も少なかった彼も、セリが通ううちにだいぶ雰囲気が柔らかくなったと思う。
「ええ、あとで毛布をお借り出来るかしら」
セリが食事をしている間にキシシュが取りに行ってくれた。
「こんなところで寝るの?」
床に毛布を敷いていると小さなモーリが首を傾げる。
「……長椅子で良ければ持ってくる」
とキシシュが気の毒そうな目で言う。
「ありがとう、助かるわ」
気の利く少年だわ。
さすがに一人では運べなかったようで、サキサが手伝って別部屋にあった長椅子を運んで来た。
「本当にここで寝るのか?」
「ええ、サキサさんは用意してくださった部屋で休んでくださいね」
そんなことを言われても、サキサはセリの様子が気になる。
「いや、私にも是非見学させて欲しい」
「ぼ、ぼくも」
キシシュも声を上げた。
セリは「んー」と考え込む。
二人に妖精が見えなければ見学の意味はなく、妖精が怖がってしまっては治療が出来ない。
「では約束を守ってください」
用意していたクローバーを渡しながら説明する。
一つは部屋の外から覗き込むだけにし、絶対に近寄らない。
声も出してはいけない。
「二つ目は、今夜見たことを誰にも話さないということです」
治療としてはいるが、セリの論文には妖精の助けを借りるというだけで詳しいことは書かれていない。
「むう、遠くから見るだけでは何をしているかなど分からないぞ」
サキサは口を尖らせる。
子供のような仕草にセリは笑いながら「それでいいんです」と答えた。
世の中には専門家以外の人には理解されない、知らないほうが幸せなことだってあるのだ。
その部屋に寝ていたのはモーリという少女と、あと二人は三歳くらいの少女だった。
今はまだ体調が悪いという程度の症状だ。
セントラルの病院での経験上、その症状が年齢と共に酷くなっていくことをセリは知っている。
その子供たちは成人前後の魔力検査を待たずに亡くなってしまうのだ。
「せめてもう少し早く検査が行われれば」
このサウスでも魔力検査は行われるそうだが、一部住民だけで、ここの子供たちが受けられるとは限らない。
魔力があることが証明されれば助けれられる命もある、とセリは思っていた。
その子供たちのベッドを寄せ、セリは子供たちの足元に長椅子を置いてもらう。
今夜はセリたちがいるせいか、皆んな遅くまで起きていた。
サキサやキシシュの緊張が伝わってくる。
部屋の窓の向こうには海が広がっていた。
港の明かりが暗い海に映ってゆらゆらと波に揺られている。
「キレイね」
五歳くらいのモーリは、いつも窓の外を見ていた。
キシシュの話では、モーリは異国から来た子供で、親は倒れた彼女を置いて船で帰ってしまったらしい。
「何か理由があったのかも知れないわね」
貴族の落とし子ではないのなら、彼女の両親には何らかの理由があったのだろうと思う。
「婆様なら知っているんだろうけど、他の子供の手前、話せないこともある」
サキサは仲良くなった子供たちに同情的な視線を送っていた。
この施設にいる子供たちの多くは館の前に置き去りにされている。
こんなにかわいい子供たちが、何故捨てられ、養子として引き受ける者がいないのか。
それは、最近の流行りとして「魔力持ち」は敬遠される傾向にあることが関係していた。
この国の歴史では、魔法を使える者が使えない者を冷遇し、魔法によって支配されていた時期があった。
今では徐々に魔力持ちは数を減らし、魔力自体が弱体化している。
身分が高い者ならば表立って批判はされないだろうが、魔力持ちだというだけで怖がられる。
庶民の魔力持ちならもっと立場は微妙になるのだ。
「子供たちには何の罪もないのに」
ただ魔力を持って産まれたというだけだ。
港の明かりが減って、波にぼんやりとした月が映っていた。
小さな子供たちは寝静まり、セリはモーリをそっと起こす。
昼寝を長めにさせておいたが、やはりまだ幼いため、ぐずり出す。
「ごめんなさい、モーリ」
セリが申し訳なさそうに頭を撫でる。
なかなか起きてくれない他の子供は諦め、まずはモーリに妖精を引き合わせることにする。
用意しておいたクローバーを一本、ハンカチに包んで落ちないように髪に結ぶ。
寝ぼけ眼のモーリは何をされてもうつらうつらと身体を揺らしていた。
セリは部屋の明かりを消して窓を開け、精霊の石を取り出して月の光に晒す。
くるくると石の上に光が踊り、小さな妖精が姿を現した。
「こんばんは、妖精さん。 昨夜の約束を覚えているかしら」
虫のような二対の透き通った羽を持つ、青い髪の中性的な妖精。
イコガの顔を思い出したのか、ブルブルと震えだす。
ウンウンと頷いて、周りを見回す。
「大丈夫よ、今日はいないから」とセリが言うと、とても安心したように大きく息を吐いた。
セリは妖精の機嫌を損ねないよう、気をつけながら事情を説明する。
【それで?】
セリは笑顔を絶やさず、手のひらの妖精にお願いをした。
「この部屋に居る小さな子供たちの魔力をほんの少しづつ吸い取って欲しいの」
妖精はこてんと首を傾げる。
【そんなことでいいの?】
「ええ。 ただこの子たちは身体が小さいから量を加減して欲しいのだけど、出来るかしら」
妖精は子供たちの頭の上に乗る。
【ふうん。 身体に似合わず大きい魔力を持っているね。
これを吸い取ればいいのかい?】
「ええ、お願い出来る?」
やってみる、と返答がきた。
ゆらゆらと船を漕ぐモーリの頭の上で妖精が躍る。
妖精の身体が淡く光を発していた。
この光景はセントラルの病院で見た光景に似ている。
妖精の身体が光るのは魔力を使っている証拠なのだ。
セリは黙って見守るしかなかった。
【あっ】
突然、青い髪の妖精の声が大きくセリの頭に響いた。
「どうしたの?」
【ごめーん】
ブルブルと震えだす妖精にいったい何があったのかとセリがそっと問うと、
【怒らない?】
涙目で訴え始めた。
「教えてもらわないと分からないわ」
【全部吸っちゃったの、この子の魔力】
「え?」
【本当にごめんなさい。
この子の魔力がとっても美味しいから、魔力の元まで吸い取っちゃったー】
「ええええええ」
セリが驚いた声を上げてしまったため、見守っていたサキサとキシシュが飛んで来た。
妖精がさらに怯えて固まった。
サキサたちのことは後回しにして、セリはなるべく穏便に妖精に訊ねる。
「魔力の元まで、ってことは、この子にはもう魔力は無いの?」
【そうだよー。 う、うぇーん、ごめんよおおお】
セリはポカンと口を開けている。
「セリ嬢、何があった」
「セリおねえちゃん、どうしたの」
妖精の姿は見えるが声は聞こえないサキサとキシシュは、訳が分からず、出来るだけ小声でセリに話しかける。
セリの顔がまるでギギギと音がしそうなくらいぎこちなくサキサを見上げた。
「この妖精さん、モーリちゃんの魔力を全部吸い取ってしまって」
サキサはウンウンと頷いて先を促す。
「モーリちゃんの魔力の元まで吸い出してしまって」
キシシュが妖精の顔をじっと見ている。
「モーリちゃん、もう魔力自体が無くなってしまったの」
「ええええ」
サキサも大声を出しそうになって慌てて口を手で押さえた。




